2017
04.25

進歩 CT撮影

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姉の病院の付添はほぼ半日がかりでした。
検査は恐れていた通りCTによる撮影でした。
6年前の検査の時、CT室へ行く廊下で大の字になって拒否され、情けなくて涙が出たこと、忘れられません。
何10年と医者から遠ざかっていた姉も、手術という大きな経験をしてからは、少しはお利口になったのでしょう、まずはCT室前まで連れて行くことができました。
待つ間に、
「あのね、レントゲンなんだよ。普通のレントゲンは立って撮るけど、CTはベッドに横になって撮るんだよ。寝ているだけなのよ」
「輪切りの写真っていうの、あれ、体を切られると思ってる? まさかそんなことあるわけないんだよ。ほら、みんなピンピンして出てくるでしょ」

呼ばれました。技師さんに状況が伝わっていたのか、とても優しくしてもらってベッドの上へ。
情けないほど不安な顔の姉を残してドアを出ました。
ものの数分で終了。
診断は当初の予想通り、腹壁瘢痕ヘルニアでした。要観察。

診断はでました。そしておまけも。
画像を読んだ医師が主膵管の拡張を見つけたのです。
連休明けにまた病院です。
今度はMRIをと言われましたが、それは姉には無理かもしれない。
体の固定とあの大きな音。絶対無理だろうなぁ。
大きな病気じゃないといいのですが。


s-ぴろりすっかりくたびれた私を笑わせてくれる広島の孫、小学1年生。
「いちねん いっくみ いちばん ○○です」

宿題 「へ」のつくことば。
「へりこばくたーぴろりきん」
孫が今一番興味のあることは人体の不思議。
百科事典の鬼です。

追記
百科事典の「鬼」と思わず書いたのには訳があって、孫は人体の不思議の前は「宇宙の不思議」だったのです。
夢中になる様子は虫を通り越しています。木星の衛星の名前をふいに言われたり、婆たじたじです。



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2017
04.21

心配事

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姉の内科通院に付き添うために施設に迎えに行きました。
一時的に血圧が高かったので経過を見ることになっています。
血圧は安定してきたので問題なしということですが、新たな問題が見つかったのです。
左腹部がかなり大きく膨らんでいて、何か塊のようなものが触れられるのです。

紹介状をもらって、来週大きな病院を受診です。
姉は60年、どこの病院も行ったことがない医者嫌い、というか病院が怖い。
以前のブログ<MRI>に姉の病院嫌いのことを書いています。
姉は検査の結果大きな子宮筋腫があることが分かって手術をしました。
もちろん簡単ではありませんでした。死ぬほど手術が怖いのです。でも死ぬのはもっと怖いのです。
ちょっとやそっとでは書けないほどの苦労や心労があって、東日本大震災の1週間後、てんやわんやの手術でした。

ああ、それがまた、恐怖のCTやMRI。
検査から騒ぎが始まるのです。また手術となったらどうなるのか。
言って聞かせて理屈の通る姉ではないのです。

ひとつが終わるとまたひとつ。難題が常に私の周りから無くなりません。
なんか不幸自慢みたいですけれど、決してそんなこと。
平安無事に暮らしたいのです、わたしは!

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『医療ソーシャルワーク』
家族会から依頼されて駄文を書きました 中皮腫の特集です 
2冊送られてきました


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2017
03.03

霧の朝

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通院のために姉を施設に迎えに行きました。
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こんなに深い霧はめったにない。
白い景色の中を車で30分。
那珂川を渡る道路はさらに霧深く、慎重に慎重に右折。

白くしか見えないけれど、この信号の少し先は常磐道が走っています。
畑の脇の道を通ると、畑からは水蒸気が大量に立ち上って風に流されていました。
こんな景色も、いいもんだなって、気分よくドライブです。

姉の血圧は安定していないけれど、また経過観察ということで帰ってきました。
施設入所していますが、病気の時は家族が面倒をみなくてはならず、そして、姉が痴呆になどなったら、別な施設を見つけなければなりません。
私が元気なら私が責任を持ちますが、私ができなくなったら・・・
姪である私の娘たちに世話を掛けることになるでしょう。
娘たちは嫌とは言わないでしょうが、できればね、そうなってほしくない。
私が姉を見送りたい。あーあ、こんな話ばっかり。

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姉を送りとどけて、施設が運営しているカフェで一人昼ごはん。
施設の農業班が作っている野菜で作ったメニューが中心で、味噌汁の中身は5種類の具が入っていました。
ここのコーヒーがとても美味しいのです。ふーっと、気持ちの中で息をつき、気分がゆったりしましたよ。

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きょうはひな祭り。小さなお皿にちらしずし、タンカンも添えて。
奄美大島に行った時に、枝も折れそうに生っていたタンカン。指をくわえて見ていたから。
「こんなに生っているのに、誰も食べないんですか?」と庭にいた人に聞いたら、
「食べるよ。まだ時期が少し早いのよ」と言われたのでした。
1個いただいて食べたかったね、と。


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2017
02.16

老人に

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知的障害のある姉は施設に入所しています。
先日その施設から電話があって、姉の血圧が安定しないので一度受診して貰いたいということでした。
お正月に風邪を引いて姉は我が家にいましたが、治って施設に戻りました。
その頃から、今まで安定していた血圧が高い時で170ぐらい、140~150ぐらいがひと月続いたというのです。

きょう病院に行きました。
ここ10日ぐらいの血圧の記録を見て先生は、直ちに服薬を始める必要はないので、経過を見ていきましょう、と話してくださいました。ホッとしました。
母もホームに居るので心配ないとはいえ、97歳の高齢。姉にはもう少し元気でいてもらわなくては。

姉の入所しているところは知的障害者の施設ですが、入所者の年齢をみると、姉を始め1/3が60代から上ではないでしょうか。
入所者の高齢化が問題になっています。
元気なうちはこの施設で暮らすことができるのですが、寝たきりや徘徊をするようになれば、この施設では対応できないので、退所しなければなりません。
その時に私が引きうけるとなれば文字通りの老・老介護。その時には老人介護施設を探すしかないと思っています。
施設同士、なんらかの連携はあると思いますが、その時に備えて、調べたり見たりしておかなければならないと考えています。
自分のことも含めてです。


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施設では能力に応じた活動をしています。農耕班の作る野菜・お米はとても美味しいのですよ。
みな積極的に元気に仕事をしています。(去年の秋の写真です)
姉はパン工房で袋詰めの作業をしています。



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おまけ。
施設には5匹ぐらいの猫たちがみんなに可愛がられて暮らしています。
前にも一度載せたことがあるのですが、可愛いのでもう一度みてもらいたいですのニャン。



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2016
12.29

れこちゃん

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年の瀬なのに、一人世帯は何のことはない日常を過ごしています。
娘と孫は来ているけれど、明後日31日には宇都宮へ帰るので、元旦は一人。
お節も作る気がなく、彩椛の好きな、きんとん・数の子くらいは作って持たせましょうか。

明日は施設にいる姉の「望年会」に彩椛とママも連れていくつもりです。
彩椛はたぶん驚くでしょう。今までに会う機会のなかった大人たちの集まりに出るのです。
ぴょんぴょん跳んでる人も、首からタオルを下げている人も、ウォーとしか話さない人も、彩椛が知らなかった人たちです。
多くの説明はしないつもりです。ショックを受けるかもしれません。
ママはそれでもいいと言ってます。
ママにとっては母方の唯一の伯母、小さいころから偏見なく遊んでいた「れこちゃん」だから、彩椛も何かを思えればそれでいいのだそうです。
「れこちゃん、久しぶりだわ。楽しみ」とママ。
彩椛は小さい頃、「ねこちゃん」と言ってたっけね。

望年会のあとは年末年始帰省のために姉を連れ帰ります。
いつもそんな(損な)年末です。
「損な」? 本心を言えばそうです。
97歳になったとはいえ、母は惚けずに元気でホーム暮らし。兄がいるのに末っ子の私が姉の保護者なのですから。

さて、義母。
昼、彩椛とママと一緒に行ってみました。
ボンベはまだありました。
年末年始、役所に連絡は難しいでしょうが、年明け早々何とかケアマネジャーに話を通じさせたいと思います。


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お人形さんたくさん持っているけれど。
買ってもらってすぐに左腕がもげてしまったけれど。
顔色も褐色の人になってしまったけれど。
髪はレゲエのお姉さんになってしまったけれど。

彩椛といちばんの仲良しはやっぱり、このこ。



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2016
08.13

姉の勝ち

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きょう2回目。

午後姉を母のところに連れて行きました。
向こうには泊まらないんだよというのに、お泊りバッグを離しません。
布団を干したままだったので私だけ家に戻りました。
夕方母からメールで、施設長が補助ベッドを部屋に入れてくれたので姉を泊まらせると。

ホームの夕食は間に合わないから持って来てくれ、と書いてあったので時間をみて夕食時に届けました。
言い出したら人の話を聞かない強情な姉。結局みんな負けてしまうんです。
おとなしそうなのに、こうして自分を通して今日まで来たのです。
私はその点、姉の思うようにばかりは動かないので、姉は私を煙たがっています。
面倒くさいからと、とりあえず言うことを聞いてしまう母を、姉はちゃんと見ているのですよ。

s-モルツ


お世話をかけたので、夕食を届けるときに施設長にビールをちょっと持って行きました。
チャッカリ自分のビールも買って、ありあわせの私の夕飯です。
近所では賑やかにバーベキュー。匂いを肴にプシュー!!
黄色いトマトが可愛いでしょ、柿みたいね。
姉の施設の農耕班が作って販売しています。


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2016
08.13

きれいごとじゃすまない

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姉の障害の程度は重い方ではなく、それほどの手助けがなくても自立していけます。
けれど一緒に生活するとなるとこれが、忍耐の日々になるのです。
他人だったら、一時過ごすだけだったら、おとなしい可愛い人と思われるでしょう。
でも、一度決めたら(ほとんど理屈に合ってない)絶対自分を通す頑固さ、超・超スローモーな動作、食事マナーがなってないこと、これが私を悩ませます。
姉が悪いんじゃないと分かっていますが、長く一緒に暮らしてこなかった私はキツイことを言ったりします。
だから姉は私のことを好きでないはず。

姉は母のホームに行きたいのです。
けれどその母は、絶妙なタイミングでメールを寄越します。
姉の夏帰省をどうするかと聞いてきたのも、昼の間はホームに連れて来ればということも。
一応私も心配してるのよ、というポーズだけはしっかりと。
もうこうなったら、面倒だ、私が引き受けるわよ、というギリギリのタイミングなので、「今からじゃ遅い」と言ってやると、「そう、それじゃお願いね」
すべてメールでのやり取りです。全くぼけてない、恐るべし97歳。

私意地になってます? よね。


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2016
04.05

姉の年齢

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先日施設にいる姉に会いに行きました。
ずいぶん久しぶりに会いました。
私の名を呼んで子どもみたいに抱きついてきました。
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子どもみたいと書きましたが、姉は知的能力はたぶん小学生の子どものまま。
それが先日会ったとき、
「私、今年いっぱいパン工房で働いたら、来年からは自由な生活すると決めたんだよ」
というので、私は言いました。
「そうなの。でも何かすることがあるっていいことだから、体がきつくないなら働けるうちはお手伝いしたらどうお?」
すると姉は、
「だって私、来年は70歳になるんだぁ。ゆっくりしてもいいって言われたんだよ」

ああ、私との歳の差からしたらそうなるわね。当たり前のこと。
でもこの姉が70歳って・・・考えられない。
ずっと変わらないでいて、子どものままみたいに思っていた。

赤ん坊の時に長くは生きられないと言われたと聞く姉だけれど、老人施設のことも考えなければならないのね。
姉が年を取れば、私も同じく年取るんだもの。


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2016
03.17

MRI

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定期通院のため病院へ。きょうは年に一度のMRI撮影がありました。
結果は、新たな梗塞の痕はなし、血管の状態もよし、血液検査も異常なし。

MRI撮影は機械に横になって、体を縛られヘッドホンを掛けて、頭を固定するために顔の上に仮面みたいなものをかぶせられ、ガチャン。
「これだもの、姉が恐怖するのも仕方ないな」
と思ううちに、機械がスルスルと動き始めました。
いつもこんなだったかしらと思うくらい、きょうのMRはうるさいと感じました。

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なぜMRIで姉を思ったのかは、順序立てて話したほうが分かると思いますが長くなるのできょうはカット。
とにかく病院嫌いが高じて60年、どこの病院にも行かなかった姉が、MRIを受けなければならない事態になりました。
知的障害がある姉です、病院は恐いのです。
何が恐いって、聴診器・血圧計・心電図・レントゲン・CT・MRI・・・
1度だって病院に行ったことがないくせにです。

姉に検査を受けさせるためには、語りつくせないほどの苦労を重ねました。
専門病院に行く前に、まずは診察室に慣れさせようと、夫が懇意にしている病院に連れて行くことから始めたのです。
そして病院巡りが始まりました。大きな総合病院を4つ。どこに行っても断られます。血圧すら計れないのですから。
でもついに、事情を理解してくれる良い医師に巡り合い、麻酔で眠っている間に、CTとMRIの撮影をしてもらったのでした。

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ああ、今思い出してもすごい日々でした。よくやりました、自分を褒めても良いと思います。
夫も陰日向になって助けてくれました。夫の協力がなかったらできなかったことでした。

夫としみじみ語り合いたくなりました。
語れば長い姉の話、どこから始めて、何を書きたいのか分かりませんが、時々書こうと思います。
きょうはMRIで姉を思ったので書いてみました。


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2015
07.30

広報誌

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ブログを始めたいと思った時、日記風に日常を書く以外に何か書けることと言えば、姉のこと母のことだったのですが、これがなかなか難しくて書けないでいるうちに夫が病気になり、闘病記のようになってしまったのでした。

姉のことにはちょっと触れたことがありますが、書こうとすると気持ちばかりが先に立って、何をどう書けばいいのか分からなくなります。
が、今日ちょうどいい話題ができたので思い切って書いてみます。

2歳違いの姉は現在、知的障害者支援施設に入所しています。
中学卒業後45年間、家族以外の社会との交わりが薄いまま、父亡き後は母と暮らしてきました。
その母が高齢となって体力的に、なによりも精神的にギブアップしたのです。
とりあえず母を介護付有料老人ホームに入居させるべく、急いで走り回ってどうにか入居させることができました。

残った姉は外の世界へ出る意思を全く持っていなかったのですが、これも、あれこれ手を尽くし、施設の方々の支援協力があって、デイサービスに通うことができるようになりました。
その間、パニックに陥った姉に夜も昼も付き合い、今になれば笑い話ですが、口で言い表せないほどの辛い日々を過ごすことになりました。
夫の協力があったからできたことです。
約2年間、いろいろな出来事を繰り返しながらも姉は落ち着いてきました。
けれど私が一過性脳虚血で入院したこともあり、姉と一緒に私も老いていくこと、私に何かがあったら姉はどうするのかなど考えた末に、知的障害者支援施設に入所させることにしました。


レース 1

夏の庭は 見るべき花が ありません
かわりに レースの花を
(編みっぱなしですが)



そして姉はその施設で新たなことに挑戦しながら暮らし始めたのでした。
母と家にいる頃には食べること、お風呂に入ること、テレビを見ること以外何もしない姉でしたが、集団の中で、施設の指導員の方々のおかげで、施設が経営しているパン工房でお手伝いができるまでになったのです。
今日届いた施設の広報誌に、姉のその様子が紹介されていました。
姉の仕事ぶり、みんなとカバーしあいながら協力している様子などが書かれてあって、読んで胸が熱くなりました。
私には施設入所を姉に押し付けたという思いがあり、姉は幸せなのだろうかと後悔することもあったので、姉のがんばりを認めてくれる文を読んで感激したのです。

多くの方がたに助けられてきょうがあります。
姉も私も幸せ者だとつくづく感謝したことでした。


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