2017
07.06

最後の言葉

Category: 思うこと
「最後の言葉」にまたまた反応しました。
夫がなにも言い残さなかったことに淋しさを感じているからだと思います。

幾人かの闘病記などに記されている、別れのシーンや言葉に涙した私でした。が私にはそんなシーンも言葉もなかった。
それが何なのだ、と言われれば、答えに窮します。ドラマみたいなことがあると思っていたのか、と問われれば、いいえと答えます。
でも、死期を悟った病人がさりげなく残す言葉、それが感謝の言葉だったら、残された者が、その後を生きる時にどんなに支えになることだろうと思うのです。

今朝の朝日新聞「声」欄に <「ありがとう」 亡夫が守った約束> と88歳の方の投書が掲載されていました。

投稿者が60代の頃に、亭主関白のご主人に言ったことがありました。
「あなたに『ありがとう』と言われたことがありませんね」
ご主人はその時、「死ぬ前にいうよ」とけろりと答えました。
・・・
晩年。老人ホームに入居したご主人の面会に行った冬の日、カーディガンを背中から着せかけた奥さんに「ありがとう」とご主人。
そしてその日の夜、心臓発作で帰らぬ人になったのです。約束を守られて。


夫の「この女・・・」発言となんという違いでしょう。
「ありがとう」や「愛している」の言葉が欲しかったわけではないのです。
「この女・・・」が最後の言葉であるはずのないことは、私がいちばん知っています。
でもね、なんだか淋しい、この投稿者が羨ましいと、思ったわけですよ。



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2017
06.25

無知と貧しさ

Category: 思うこと
「タンクローリー炎上 125人死亡」のニュースに胸が痛みます。

パキスタンでタンクローリーが横転し、爆発・炎上。125人が亡くなり、100人以上が負傷したということです。
なぜ、こんなに大勢の犠牲者がでたのでしょう。
それは、横転したタンクローリーから流れ出た石油をすくい集めるために、バケツ片手に人々が集まり、何人かが煙草吸っていたからではないかということのようです。
これに似た事故は過去にナイジェリアとケニアでも起きているそうです。

このニュースを見て、無知と貧しさということを思いました。
横転したトラックから石油が漏れていると聞いて、数100人がバケツを持って集まるという貧しさ。
家の燃料の足しにしようとしたのでしょうか。いえ、たぶん売るためなのではないかと私は思うのです。
子どもは混じっていなかったのでしょうか。いたのではないでしょうか。
日本も貧困家庭が増加しているという報道があって、胸が痛くなりますが、比較にならないこれらの国の貧しさに胸が塞がります。

流れ出た石油の周りで煙草を吸っていたという、常識が育たない環境ゆえの無知。
育つべき常識にさえ触れる機会がないままに、大人になった人々。
やはりこれも貧しさが底辺にあるのでしょう。

ああ、今幸せを受け取っている私たちは、幸運の星のもとに生まれただけだということが言えるかもしれない。
ああ、今こうしてキーボードなど叩いている自分。胸が塞がると書いただけで良いのだろうか。

世界中の子どもたちがもれなく教育を受け、働く人になり、経済を発展させることで貧しさから抜け出すこと。
遠くても、まわり道でも、これがいちばん近道なのかもしれないと思ったことでした。
(でも、いっぽうでは、資本主義経済の歪みが、豊かな国では広がっているそうな。なにが良くて、なにがいけないのか、一概には言えなくなっているという人もいるようです)


追記: 昨日見たときは、「石油」と書いてあったので「ガソリン」ではないのかと疑問に思いながら書きました。
今朝見たらガソリンとなっていました。石油じゃ引火しないよな、と思っていたので訂正されてよかったです。
が、石油って書いてあったと思っていた私の見違いかもしれません。こんなに「ガソリン」「ガソリン」て書いてあるのに見落としていたのか、私、自信がなくなった・・・


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2017
06.09

原子力

Category: 思うこと
何を思って、何を書けばいいのか分からないのですが。
6日に大洗町の日本原子力研究開発機構の事故のニュースを聞いた時、「え、また?」と思いました。
茨城県では約20年前に、東海村で臨界事故が起きています。
その時は核燃料を作る工程で、マニュアルを守らずに、バケツで溶液を混ぜたと聞きました。
今回はウランやプルトニウム入りのビニール袋が破れたと。
「なんだそれ、子どもの水遊び砂遊びじゃあるまいに」と思いました。

私の住んでいるところから、東海村のJOC、大洗町の原研まではともに25kmくらいです。
JOCの事故の時は夫の会社が10㎞しか離れていなくて、屋内退避、換気装置停止の命令が出て、帰ってくるまで心配だったことを思い出します。
茨城には日本初の東海原子力発電所と東海第2原子力発電所があります。
先の大地震・大津波の時、東海第2が「フクシマ」になったかもしれないことはあまり知られてないかもしれません。
外部電源を失ったあと、ディーゼルポンプがかろうじて動いていたことは、いくつかの幸運が重なったからだと知っていますか?

身近にこんな危うい施設があって、危うい作業が続いていること、こんなことがあって初めて知ります。
私たちの故郷は「フクシマ」から30km。
なんだか、何を言っていいのか分からないけど、原子力から逃れられないんだなぁ私、と思ったのでした。

何を書けばいいのか分からない情けない記事のあとはお口直し。
黄色のスカシユリ。元気でしょう?

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2017
04.26

ヨーコさん

Category: 思うこと
週刊誌の広告に、<「オノ・ヨーコ」の幻覚型認知症>という見出しを見ました。
<バイタリティも巨万の富も病魔を阻めなかった!!>とも。

彼女のことを、「この女がビートルズをダメにした」と言うファンもいましたね。
その彼女に酷ないい方かもしれないけれど、みんな平等なのね。
病気や命、お金ではどうにもできないということを知らしめた。その点でよかったと思うのですが、こんなこと書くとまた非難を受けるかな?
断るまでもなく、私は彼女の病気を喜んでいるのではないですよ。

高度な医療を受けたところで治らない病がある。
命に終わりがあることは人の知恵が及ぶところではない。
それが人間に平等にあることにホッとしたのでした。
ごめんなさいね、ヨーコさん。こんなこと書いちゃって。
お詫びに。



ジョンの愛は 永遠ですね ヨーコさん


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2017
03.08

『竹林はるか遠く』『続・竹林はるか遠く』

Category: 思うこと
次の1冊の点訳が終わりそうです。『続・竹林はるか遠く』
もしかしたら没になるかもしれない点訳ですが、ぜひやりたかったので見切り発車です。
まず正編を読んでから取り掛かりたいと思い、図書館から借りて読みました。

終戦直前、ソ連軍の侵攻から逃れるために、朝鮮半島羅南から母娘三人で苦難の南下。
ようやく日本に帰れたものの、母親は病死。娘二人が戦後の混乱を物乞いのような暮らしをしながら誇りを持って生き抜く。

私が戦争の記録を読み始めた最初の本は、父が買ってきた『父の戦記』だったのではないかと思います。
父も「戦記」を寄せようと思っていたようですが、朝鮮半島の山の中で、戦闘も知らず、ボーイスカートの延長のような伍長さんだった父の筆は、進まなかったようです。
初版本を読んだのは高校1年生だったか?
戦争の本当の姿を見せられて、私はずいぶんショックを受けました。
戦争を憎みました。罪のない市民が殺すか殺されるかの戦争に投入されて、体も心も失ってしまうことが悲しかった。
そうして私はこの本から、事実はどんな小説にもかなわないとわかり、ドキュメンタリーに傾いていったのでした。

『竹林はるか遠く』『続・竹林はるか遠く』 
はじめにアメリカで出版されて、いくつかの箇所で記述に誤りがあると指摘され問題になったそうです。
けれどその部分をも含めて、戦争によって軍人でない市民の苦しみや、これでもかこれでもかと襲ってくる苦難に立ち向かう、勇気と力が描かれている本だと思います。
作り物ではない強いメッセージを受け取りました。

☆☆☆ ――――――――――――――――――― ☆☆☆




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s-IMG_1474.jpg  
  マルタ騎士団の象徴 マルタ十字
  数100年間 
  数多の人々が踏んだであろう 石段
  すり減った階段が 分かりますか



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2016
12.21

近所でなくて

Category: 思うこと
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今朝の地方版を飾った写真です。
家からそう遠くない団地の1軒のお宅。10年くらい前から始まったイルミネーションは年々派手になって今年はこんなに。

子どものサッカー繋がりでこの装飾を手伝っていたのが、夫の仕事仲間・飲み友達のNさん。
初めの頃、Nさんは夫にも声をかけたのでしたが、興味がないと断ったようです。
小さく始めた装飾だったのに、いつか庇に電球を飾り、ついには屋根にと作業が難しくなって、高所作業に慣れているNさんは重宝がられていたようです。
何かあったとき誰が補償してくれるんだ、と夫はNさんにいい加減に止めるように言っていましが、どうなっているのか、この派手なイルミネーションを見て一番に思いました。

それにしても、このお宅の家族はこの間、どんな暮らしをしているんでしょう。
大勢の見物人が来てガヤガヤ声はするだろうし、車の音だってするだろうし。
私には理解できません、自宅をイルミネーションでこんなに飾ることが。
隣近所だったらいやだなー。


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2016
11.12

無言の指

Category: 思うこと
s-P_20161107_105035.jpg家族会会報発送作業の手伝いに月一度上京する日でした。
朝7時に家を出ます。駅まで20分弱を歩いて行くのでちょうどいい運動を兼ねてです。

ホームの案内が臨時列車の到着を知らせ、「快速・ぶらり高尾散策号」が到着しました。
どうりでハイキングの格好をした人が多かったわけだ。
列車は「山ばあ」と「山じい」でいっぱいのようでしたよ。
Facebookのネタにしようと写真を撮って、投稿文を入力していました。

乗降口で列の先頭に立って送信ボタンを押そうとしている時に、今度は私の乗る列車が止まりました。
ほんの少しの間があって、横にいた男性が私の斜め前を指さしているのに気づきました。
その指は命令的な威圧感を持ってドアの開閉ボタンを指しているのです。
無言です。
乗降客が少ない駅などではドアの開閉は手動なのですが、目の前のドアは降りる人がいなかったために、乗る人が外からボタンを押さないと開かなかったのです。
慌てて押しましたが、気付いた人が押したって何の不都合もないのにと不愉快になりました。
この人、家でも職場でもこういう偉そうな態度なのかしら。
こういう手合いが、駅員に詰め寄ったりするんだろうなと思いましたよ。

それにしても、無言で伸びてきた腕には驚かされました。
指先ははっきりと「開けろ!」と言っていたのですよ。


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2016
10.28

不経済

Category: 思うこと
きょうは室内温度が日中でも17℃。今シーズン初めてファンヒーターを点けました。
設定温度は低いのですが、それからずーっと点けっぱなしです。
私の部屋は、一人には広すぎるLDK。
カウンターのような長い机にPCを置いて、先日求めた電子ピアノも窓際に。
ほとんど1日をここで過ごすのですが、不経済です。

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富士山の初冠雪が遅い年は寒い冬になる傾向があると、気象予報士が言ってました。
今年は昭和31年と並んで最も遅い記録だそうです。どんな冬になるのでしょう。
ブルブルブル。
一昨日、車で灯油を54L買ってきました。車から物置に運ぶのは骨が折れる。
でも、ホームタンクを設置するほどではないしね。
手数料を払っても配達を頼みなさいと娘に言われています。
「お母さんは何でも自分でしようとするけど、もう四捨五入したら70歳なんだからね!」
はいはい、心配かけますけど、もう暫くは大丈夫ですよ。

s-6116.jpg

きょうは溜まった書類を片づけましたが、クレジット明細にNHKの年払いの引き落としがありました。
テレビはほとんど見ないけど、解約するのはね。たまには見たいと思う時もあるし。

一人になって、なんだか不経済なことが増えたと思います。
そうそう、一人のお風呂もね。シャワーではさすがに寒くなりました。


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2016
08.21

ホームドア

Category: 思うこと
先日地下鉄のホームからの転落事故がありました。胸が痛みます。

現場の図を見ると、点字ブロックの一部に柱がかかっていたようです。
駅の柱が先にあって、後から点字ブロックをはめたのでしょうから、工事の時に柱を避けるルートにできなかったのだろうか。
迂回するほうが危ないのだろうか。そのへんのところは分かりません。

長く盲導犬と行動を共にしてきたこの方が、ホームは線路側に盲導犬、というルールを知らなかったはずはないと思います。
なにかそうせざるを得ない事情があったのでしょうか。

こういう事故があると、ホームドアの設置を急げというコメントが出ますが、私はその前にすることがあると思います。
駅のホーム、横断歩道など、危険な所に目の見えない人がいたら、私たちが一声かけることです。

s-moudouken-2.jpg「ホームです。ご一緒しましょうか?」
「席が空いています。お連れしましょうか?」
「信号が青に変わりましたよ」

これだけのことです。

こうして声をかければ、ホームドアが無くたって転落事故は防げると思うのです。
私たちがホームドアになればいいのです。

周りに誰もいなかった訳ではなかったでしょうに。
悔しいです。   
                           (イラストは素材屋小秋さんから)

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2016
05.06

泣くな、わたし

Category: 思うこと
明日故郷へ出かけますが、その途中ぜひよりたい友人がいます。
転移性肺がんで闘病中です。
友は、7年前脳腫瘍でご主人をあっけなく喪い、5年前に大震災と原発事故で故郷を離れ、3年前がんと診断されました。

去年8月末、夫と二人最後になってしまったお出かけ先は、この友の所でした。
そして夫が亡くなる数日前、会いに来てくれたのもこの友でした。


夕方、予定通り明日お邪魔するけれど、体調はどう?とメールしました。
返事は長女からでした。
「実は今、あまり良くない状況です。お構いできませんが、会っていただけたらうれしいです」

もうだめです。思い出が巡って。
私が泣いてはいけない、しっかりしなければ。
まだ若い二人の娘たちが頑張っているというのに。


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