2017
02.14

必要書類

書類整理をしました。まだ終わらない手続きが出てきたのです。
車を廃車にした時に、重量税と自賠責保険は口座に振り込まれました。
自動車税は県税事務所から、銀行窓口で受け取る書類が送られてきていました。
有効期限が1年というのを確認してしまいこんでいましたが、先日見つけてもう一度よく見ました。
そうしたらこの書類、受取人は夫でした。夫名義のまま車に乗っていたので、自動車税も夫名義で支払っていたのです。
夫はいない。誰が受け取る? 委任状を書く欄があります。でも夫はいない。

県税事務所に電話しました。そうしたら1万6千円を受け取るために、必要な書類が送られてきました。
なんと面倒なこと!
分割協議書みたいに相続人全員の同意が必要なのです。
筆跡までは見ないという話だったので、私が全員分の住所氏名を書き、100円ショップでハンコを買いました。
その他にも必用書類はあるのです。
夫の除籍謄本のコピー。数か月前のがありました。
家族関係が分かる戸籍謄本のコピー。ずいぶん前に取って使わなかったのがありました。子ども達が確かに相続人だと分かればいいのでしょうと勝手に判断。
代表者私の身分証明のコピー。

1万6千円のために揃えるばかばかしさ。でも、めんどうだ、要らないよとも言えない金額。
これでだめだったら、故郷の市役所から原戸籍を取らなければなりません。

除籍謄本、戸籍抄本、住民票、印鑑証明書等々、何枚も取ったのに。
役所の融通のきかなさ、ほとんど原本添付。コピーでいいと思いませんか。そうすれば何枚も用意しておけるのに。

知らんふりして、筆跡を変えて委任状を書いて受け取っておけばよかったのかもしれないね。


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2016
11.07

朝日歌壇より

  愛といふ曖昧なものふつ飛びぬ介護のひとり抱へてみれば
                         (武蔵野市)三井 一夫

  言うほどの仲良し夫婦じゃなかったが逝かれて一年何このさみしさは
                          (田辺市)池添喜伊子


今朝の朝日歌壇から二首。
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介護とはいえない程度の夫の介護。
愛をもってしても辛い、というより、愛だけではできない介護の現場。
短い期間だった夫の自宅介護。
辛かったけれど、夫は私たちに心の準備期間を与え、それからに耐えられるよう愛の時間をくれたのだと、今は思います。
エエカッコして逝ってしまった。


傍からは仲良し夫婦と思われていました。
山坂谷ありの40数年。きれいごとだけではなかった。
1年が過ぎてから感じる寂しさ。
涙腺は今頃やっと過活動を始めたらしい。


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2016
11.01

不意打ち

物置に入ってゴソゴソ探し物をしました。

去年の暑い時に、夫は呼吸も苦しかっただろうに、やはり物置でゴソゴソしていました。
小1時間たったころ部屋に戻って、
「片づけたから。分かるようにしておいたから」

中の物の名前を書いたテープを引き出しに貼って、整理してありました。
探し物はすぐに見つかりました。
そのほかの引き出しの中身は、ほとんどが夫のもので、夫が使う工具類や材料でした。

物置から出てふと空がきれいなのに気づきました。
そして不意打ちを食らったのです。
「私にはどうやって使っていいか分からない工具ばかりだよ。あなたが来て使ってよ」

・・・・・・

テレビを見ました。
クリント・イーストウッド製作・監督・主演の「ブラッド・ワーク」。
彼が演じるところの、心臓移植を受けた元FBI捜査官が、時々胸に手をやります。
そのしぐさがそっくりでした。
夫も胸の違和感を感じた時に、胸に手をやっていました。
好きだったクリント・イーストウッドが同じことをしていた。

ただそれだけです。



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2016
10.27

1年が過ぎて

通過点に過ぎない一日だけれど、特別な一日だったきょう。
静かに一人で過ごそうと思っていたけれど、そうもいかない日になりました。

一年めに合わせて家族が集まろうとしても、祝祭日がだめ、学校がある、遠いし乳児がいるなど、みんなの調整がきかなくて、その日に集まることを断念しました。
冬休みに集まれる時で良いということになったのでした。

それじゃあ、お母さんが一人で寂しいだろうと、息子のお嫁さんTちゃんが来てくれました。
近所のおばさんに作ってもらったという白ふかしなど、お供え物をたくさん持って。
一人でも大丈夫と言ってはいたのですがね。
こんな日に一人にしておけない、というTちゃんの優しい気持ちを断ってまで、一人でいたかったわけではないので、午後の時間を一緒に過ごしました。

朝と夜には、二人から電話をもらって泣きました。
友人は、夫婦と私たちの4人が写った写真を飾っているのだが、いつも笑顔に引き込まれるようだと言います。
「まったく、にくらしいくらいの笑顔。憎いあンちくしょうよ」

もう一人は前にも書いたことがある、病院の奥さま。
仕事上のお客様だったのに、なぜか夫と気が合い、私をも可愛がってくださった方。
去年の夏に二人で訪ねた折り、帰りの車に乗り込もうとしていると、マンションの踊り場から奥さまが夫を呼んで手を振ってくださった、その時のことを夫は何度も言っていました。
お別れになるかもしれないと、その時夫は分かっていたのでしょう。
「良い方をあまりに早くに亡くしました。人はいつでもその時が最後になり得るんだと知りました」

みんなが夫を思ってくれている。みんなの心の中に住んでいる。
私一人だけの人ではない。

・・・みんなと一緒に特別な日を過ごせてよかった・・・


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2016
10.26

1年をあすにして

1年の中の1日として、さりげなく過ごしたいと思っていました。
けれどやはり、去年のきょうはどうしていたかなどと、この頃よく思うようになりました。
当然といえば当然なこと。思わないほうがおかしいでしょう。

でもほとんど覚えていないのです。断片は覚えているのですが、前後が結びつかない。
だからと言ってメモしたものを取り出して確認するという気力はまだありません。
恐いのです。涙の海に流されてしまうのではないかと思うと。

明日を、家族で過ごさせてやろうという配慮からでしょう。
友人たちが今日までに訪問してくれたり、お供物を送ってくれています。
集まってみんなで思い出話をするのが一般的なのでしょうけれど、集まらなくてもいいのです。
それぞれの場所で亡き人を偲んでくれるでしょう。それで良いとみんなも思ってくれることが嬉しいです。
私の思いをわかってくれる友人たちがとてもありがたい。

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葉に隠れて 赤くなっている
オキナワスズメウリ


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2016
10.14

過去の記事を巡る

地元の点字図書館から急ぎの校正依頼がありました。
ほんの数ページのものだけれど、間違いは許されないので緊張しました。
って、いつもの点訳だって緊張はしているのですが、しっかりした校正者の目が側にあるので肩の力が抜けています。

メールで送って、届きました、ありがとう、どういたしましてのやり取りのあと、そのままPCの前。
過去記事の中にを探したいことがあったので、一昨年分を拾い読みしていました。
一昨年の自分が蘇ります、一所懸命だったなと。
自分で言うのもなんですが、偉かったじゃないか、私なんてね。

s-P_20160930_164747.jpgそしてなにより、コメント欄のみなさんの書き込みが私にとってどんなにありがたかったかという事を、改めて思い知らされたことでした。
看護も別れも一人暮らしも、みなさんの気持ちを感じることで今日まで来られたと思っています。

夫が逝ってしまってもうすぐ1年ですが、その頃の記憶は不確かで、また思い出す気持ちにもなれないですが、いつかはそのことを書かなければと思っています。
私が何かを書いていることを夫は知っていましたが、読んだことはなかったと思います。
俺の代わりに何かを書いてくれていると思っていたのかもしれないです。
早く逝ってしまった人のためにも、そのことを書かなければと思います。いつかですが。



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2016
10.04

私の悲しみで

「抑うつのチェックリスト」というのを教えていただきました。
少し前に一度試したことがあるのですが、その時は抑うつ状態からは全く遠い数値がでました。
質問が自分にどう当てはまるか分からなかったり、4段階の点数のうちの低いほうを取った結果だったのだと思います。
全く抑うつ感がない0から99までの合計で判断するようです。
強がりの回答だったのかもしれません。

きょうは、少しでも当てはまると思った項目は1として合計しました。
41でした。平均値が40で、それは誰もが落ち込むレベルと書いてありました。
1周忌が来ようとしている今、ようやく人並みの悲しみを味わっているといえるのでしょうか。

s-ふたり-1どうしてこんなに平気な暮らしをしていられるのか、自分でも分からない1年でした。
いい歳をしてバカなことをと、笑われるのを覚悟に書きますれば。
人並みの恋愛をして、この人がいなけりゃ生きていけないと結婚して。
互いに認め合い、助け合い、愛し合い、40数年。
このまま老いていくことを楽しみにしていた矢先の別れでした。


こんな現実の中に立つとは思ってもない頃は、一人残されたら毎日泣き暮らすだろうと想像していました。
が、泣かないのです。泣けないのです。
所詮私の悲しみはこんなものなのかと自嘲さえしていました。
自分を許せないと思ったこともありました。死んだ人に申し訳ないと。

でも今は分かっています。人それぞれ、悲しみもそれぞれです。
私は私の悲しみで亡き人を思っていくのです。


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2016
10.03

埋葬のこと

夫は閉所恐怖症だったのです。
何年か前にチリで起きた鉱山落盤事故の時は、ニュースは消し、話題にもしませんでした。
「想像しただけで気が変になりそう」だったそうです。

「俺が死んだときお墓の下に埋められるのは嫌だな」
「ええっ、死んだら無だと言ってるくせに?」
「でもさ、なんとなく嫌だって思うのさ」

狭いところに入るのが嫌なら、海はどうでしょう。
私は海が良いと、海洋葬の会社も見つけて子どもに伝えてあります。
泳げないけれど、死んだら関係ないものね。
でも夫は泳ぐのが得意、海も大好きでした。
どうかしら、と娘と話し合いたいと思います。
何もなくて寂しいというなら、手元供養のための良い道具もあるようです。
と、今のところそんなことを思っています。

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返り咲きの十六夜薔薇とローズヒップ


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2016
09.04

1年前を見に

一昨日頼まれた『医療ソーシャルワーカー』の原稿ですが、中皮腫を特集するということなので、症例の少ないこの病気のことを知ってもらいたいと、闘病の1年半を書き始めました。

書き進めると記憶が曖昧なところがあって、確認するためにこのブログの過去記事を見なければならなくなりました。
あの頃のことは読む気持ちになれなくて、今までに2回ぐらいちょっと読んだことがあるくらいですが、きょうはどうしようもない、読みました。
自分が書いたことではそれほど気持ちがグラつくことはなかったのに、みなさんからのコメントを読むときには涙が一気に溢れてしまいました。
見ず知らずのかたたちからの、私と夫に掛けてくださる優しい気持ちに支えられて、私はきょうまで来られたのだと思い、ブログの交流で受け取った大きい幸せを実感したことでした。

この頃素直に涙を流せるようになったと思っています。
泣きたいときに泣くこと、どうして今までできなかったのか。

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もぎたての大きい豊水です。来客があるので生産農家へ買いに行きました。
去年、このおばさんの梨を夫がおいしいと喜んで食べた思い出。帰りに一人で泣きました。


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2016
08.30

悲しみ

今朝の新聞、本の広告に『人はいくつになっても、美しい』(ダフネ・セルフ)が載ってました。
イギリスの87歳のスーパーモデルだそうです。
「美しい」はどうでもいいんです。彼女の言葉がいくつか書かれていて、その中の一つに目が止まったのです。

悲しみは乗り越えるものではなく、寄り添い付き合っていくもの



夫が闘病中、喪ってしまった後の自分を思ったことがあります。
生きていけないとまでは思わなかったけれど、この人のいない生活なんか考えられない。
この人と共に老いていくことだけを考えていたのに、どうして暮らしていけようか。

でも実際はこうです。
亡くなった後2か月半、娘と孫が一緒に暮らしてくれました。
いろいろな手続きに追われたり、人の訪れもありました。
そんなことで気が紛れていたのか、悲しみに立ちすくむというようなこともなく暮らすことができました。

1月中旬、娘たちが帰って本当に一人の生活が始まったとき、今度こそ悲しみの淵に沈んでしまうのかと考えました。
けれど、そうではない毎日が繰り返えされました。
とても不思議でした。

話が変わって。
何10年も前若くしてご主人を亡くした友人が、私にこう言ったのです。
「どん底を見て、そこから立ち上がった時にいらっしゃい」
彼女が私をどんなに心配しているか、疑う余地のないこととはっきり分かっています。
彼女に少し甘えたい、会いに行きたいと思っていた私は、寄りかかろうとした肩を引かれたように思いました。
けれど、甘えた考えの私がいけないのだろうと自分を納得させました。

そしてそれから半年、私は相変わらず悲しみの淵を知らずに過ごしています。
自分の心が読めない不思議な感情です。
悲しくないのか、悔しくないのか、泣きわめいたり、気力を失くしたりしないのか・・・
・・・しないのです。


s-台風一過
・・・・・・

そしてきょう、本の広告にたどり着くというわけです。

乗り越えなくたっていいんだ。
悲しみの淵に沈むこともないのだ。

悲しみを悲しむことが、
少しできるようになってきたと思っていたところです。



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