2017
07.15

14日、15日

14日東京へ向かいました。
衆議院第二議員会館です。お上りさんでもスマホの乗換案内を見ながら、最短・最安な路線で行けます。
乗換ホームも教えてくれるし、出口も教えてくれますね。それからはGoogleマップが道案内。

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こんな通行証を下げ、ピピッとゲートをくぐります。

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家族会関東支部世話人が意見を述べています。
対する役人は、手前は環境省、奥は厚生労働省。

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交渉後、記者会見が行われました。
これらはその日のニュースで取り上げられたそうです。


こういう会合に参加したのは初めてなので、びっくりさせられました。
十年一日のような、のろいのろい交渉ごとのようです。
しびれを切らした関西を中心にした会員が怒りの声を飛ばします。役人を叱ります。
結局は今年も時間切れのようです。でも持ち帰って検討しますという回答が2,3あったのは少し前進なのだそうです。
こんな場にふさわしくない感想かもしれませんが、私の感想。
「へ~~、行政の先頭に立っているのは、こんな若者なんだ。エリートかもしれないけど、ちと心もとない?」
もうちょっとアスベストのことを勉強してから臨んでもらいたかった。

夜は懇親会。さまざまな人に出会い、いろいろな話をお聞きし、また聞いてもらいホテルに戻ったのは23時を過ぎていました。

きょう15日は、東京工業大学の「くらまえホール」で「アジア・世界のアスベスト禁止をめざす国際会議」を傍聴しました。

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オーストラリア・マレーシア・インド・韓国・香港・イギリスの方々の報告があり、これにつけたイヤホンで初の同時通訳を体験しました。
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6人のゲストのうち4人が女性。労組や労連の事務局長などです。
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午前2時間、午後3時間のびっしり詰まったスケジュール。
脚がむくんでしまいました。
きょうは昨日とは違う人たちと隣になって、親しくさせていただき、帰りは東京駅までご一緒して、再会を約しました。

高速道路はノロノロ。
おかげでスカイツリーが撮れました。

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2017
06.20

曖昧な記憶

Category: 介護
更新を待っているブログがあります。きょうは、<夫の最後の言葉>でした。
「なにも心配せんでエエで」
突然独り言のように言ったのだとか。

私は夫との最後をはっきりと思い出せません。
いつごろから夫の言葉が消えたのかも覚えてませんが、<最後の言葉>というと辛い記憶が蘇ります。

トイレに立てなくなり、ポータブルトイレにも座れないくらい体力が衰えたとき、泣く泣く介護パンツを買いました。
使わないですむのなら、シーツなんか、毛布なんかいくら汚したっていい、洗えばいいのだからと思っていましたが。
でもシーツ交換するとき、横向きにされる夫はとてもとても辛そうでした。体力を極端に消耗するように思いました。
「ごめんね、ごめんね」と介護パンツをはかせました。
でも、どんなに謝っても夫はそれが嫌だったのです。
ペリペリ ペリペリと、力の入らない指でテープを剥がすのです。

同じ頃かあとだったか。
痰が気管に詰まって大事に至るところだったとき、緊急にミニトラックをつけました。
本人が同意するもしないもない、緊急でした。
ところが夫は不本意だったのでしょう。目を離した隙に引き抜いてしまったのです。
医師が来て再設置の処置が終わった時だったか。
夫が医師の目を見据えて絞り出すように言ったのです。
「この女が・・・・・・」

夫がこれだけは嫌だと言っていた、チューブと紙おむつ。それらを拒否することさえできない自分にどんなに絶望していたか。
「この女が、俺の言うことを聞かない」と必死に訴えたのではないか。
それが夫の最後の言葉だったという記憶が、私を苛みます。

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後日、お焼香に来られた先生や看護師さんにこのことを話しました。先生は言ってくださいました。
「それは違うでしょう。うちの看護師のことでしょう。奥さんのことを間違っても『この女』という人じゃないと思います」

思い出すと泣けますが、こうも考えます。
私に甘えきっていた人です。何を言っても許されると思ってた人です。
わがままな夫らしい、わがままな最後の言葉だったかもしれないと。

記憶は曖昧です。



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2017
06.16

労災と救済法

Category: 中皮腫のこと
アスベストなんか知らないでいたかった。
こんなふうに突然アスベストを知るようになって、必要から情報を集めて、少しだけ詳しくなったけれど、知らないままでいられたらよかった、そんなことを思います。
アスベストを知らないままだったら、私も今回の報道を、「気の毒なことだわ。あ、そういえば私も団地住まいだったんだ。でもあそこにはむき出しのアスベストはなかったから、よかったわ」で済ませたかもしれません。
でも知ってしまった以上、このことを忘れないために、このことに関心のある方のために、もう少し書いてみようと思います。

中皮腫・アスベスト疾患がなぜ労災なのか。
アスベストは、建設・造船・鉄道・自動車など日本の産業に深くかかわっています。
そしてそれらは労働によって体内に取り込まれたのです。だから労働災害、つまり労災と認定されます。
それから、直接アスベストを取り扱わなかった人でも、それらがある場所が職場だったために病気になっています。ですから労災です。
つまり労災保険を支払っていた人が労災の適用を受けられるのです。

では、労働者でなかった人が中皮腫などを発症したら。
「石綿による健康被害の救済に関する法律」により救済金が給付されます。これは労災に比べてとても不十分なものです。
 (これから先は私も不勉強で不確かなので、間違っていたら指摘していただけるとありがたいです)
アスベストはその有害性を早い段階で指摘されていたにも拘らず、高度成長期に産業が優先され、国の規制が遅れました。
そのため被害が拡大しました。その全国的な広がりに対し、労災で保障されない非労働者に対しての救済措置が「石綿による健康被害の救済に関する法律」なのです。
クボタの尼崎工場周辺住民のアスベスト被害をきっかけにできた法律です。
大気汚染・水質汚染・PCBの問題など、環境問題を扱う「独立行政法人環境再生保全機構」が窓口です。

と二つのことを書きましたが、よく知らないことなので、このへんで終わりますが、労災と救済法の認定を受けるには、長い時間、労力、知恵など、容易でない高い壁を超えなければならないことを付け加えます。

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雷雨のあと。次に咲くスカシユリは何色ですか?


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2017
06.13

アスベスト環境ばく露

昨夜のテレビ、「クローズアップ現代+」は反響が大きかったようです。
きょうは500件を超える相談があったと報道されました。
あすも、患者と家族の会は電話での無料相談を受けつけています。

高度成長期に結婚した私たち世代は、公営団地住まいをした者が多いのではないでしょうか。
かくいう私たちも5年間団地住まいをしました。その団地は、室内にはアスベストは使われてなかったと思いますが、階段の踊り場にあるパイプシャフトの中は、アスベストがあったような気がします。

夫はそのこと以前に、仕事でアスベストとの関わりが深かったわけですが、実は私もリスクゼロではないのです。
というのは、アスベストが付いた夫の作業着を洗濯していたからです。
洗濯するときに服に付いたアスベストを吸い、現に発病して亡くなった女性が数人いるということです。
このように、仕事に関係がないところでアスベストを吸っているかもしれない人も含めて、これからの10年くらいで発症のピークになるそうです。

昨日のテレビで世間の関心は高まったように見えますが、それを一時のこととしないように頑張っているのが、アスベストなど労働災害の支援をしているNPOの方々です。
世間の関心が医療や行政を動かしていく、と昨日出演していた名取医師は以前から言い続けておられます。
世間の関心が途絶えないようにと、NPOの職員は熱いです。
私も微力ですができることをさせてもらっています。


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若芽がピンクの白露錦。春先に撮ってあった写真です。


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2017
06.12

放送を前に

土曜日に患者と家族の会の手伝いに行った時に聞きました。
きょう月曜日10時の「クローズアップ現代+」でアスベスト被害を取り上げるそうです。
きょうは家族会の事務局から、7時のニュースでも放送するとメールがありました。

NHKサイトから引用します。

“静かな時限爆弾”と呼ばれ、数十年の潜伏期間を経て中皮腫や肺がんを引き起こすアスベスト。これまで労災認定などの対象となった人は2万人を超える。今回、NHKが患者の支援団体やNPOの協力を得て調査したところ、全国各地にある公営住宅に暮らしていた人たちが、アスベストのリスクにさらされていたことが判明、こうした住宅の戸数は2万戸超、住んでいた人の数は推計で23万人あまりとされる。被害を防ぐにはどうしたらよいのか、専門家の知見を通して考える。


お父さん、アスベストをを30分弱でどのように纏めるのか。
モヤモヤ不満が残るんだろうね。しかたないね、30分じゃ無理だもの。
でも、これをきっかけに、みんなにアスベスト被害のことを真剣に考えてもらえればいいね。
被害は労働者ばかりじゃないんだもの。どこにいても、誰でも被害者になり得るんだものね。


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2017
05.10

思いがけないこと

私はいまだに携帯電話を使っていて、それは夫のお下がりです。
電話帳も夫のものを削除せず、私の電話帳を書き足しています。
今朝、間違って夫の知り合いの番号にかけてしまいました。すぐに気がついて切ったのですが、ワンコールしてしまいました。
相手が掛け直してきました。
「すみません、間違えました」と私が言い、相手は「はい、わかりました」
ここで切らないで、私はこう話を継いでしまったのです。
「あのう・・・、○○をご存知ですよね。私は○○の家内です。その節は大変にお世話になりましたが、実は、○○は1年半前に亡くなりまして・・・」
「・・・・・・」
とっさに声が出ないようでした。
仕事で付き合いのある下請けさんの娘さんで、「面白い子」とお気に入りのガールフレンドでした。
しばらくして、そのお母さんから電話がありました。
「先ほど娘から聞いたんですが、本当のことなんですか」 信じられないのです、とおっしゃいました。
数日前、娘さんと○○さんの噂話をしていたというのです。

二人とも涙声で夫を偲んでくれ、日を改めてご挨拶にと言ってくださいました。
二人からは夫のエピソードをたくさん聞かせてもらえそうです、それは嬉しいことなのですが。
私の知らない夫を今頃知ることになる。照れながら聞く夫がそばにいれば、もっと愉快に場が盛り上がるでしょうに。

「ええ~、そんなこと~?」 というような話になるでしょうね。悲しいけれど楽しみです。

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買い物に行ったら小雨が降りだして濡れたけど、しっとりと気持ちよく感じました。
「♪早苗 植えわたす」と歌いながら、高校の時の親友、早苗はどうしているだろうと思いました。

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数日前の野ばらのつぼみ。前にも書いたけれど、この野バラは、夫がカヌーで川を下ってくるのを待っていた河原で摘んだものです。
「♪わらべは 見たり 荒れ野のばら」 つぼみのうちからとても良い香りがします。

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10日前のイカリソウ。これは園芸種です。歌はありません。


なんて、機嫌よく書いていますが、実は今日は半日PCとにらめっこして焦っていました。
依頼された点訳を2日かかって仕上げて、急ぎで校正に出そうとしたら、昨夜まで何ともなかった点訳ソフトが不具合に。
どうやっても上書き保存ができません。ワードやエクセル、他の点訳ソフトは大丈夫です。
PCはもう6,7年。点訳ソフトもサポートは終わっているし、両方買い替えなくちゃならないのかな、そういえば洗濯機もちょっとね。
そんな事より、どうする、上書きできなきゃアウトじゃないか。

どうもアンチウィルスソフトが邪魔をしているのではないかと思うのですが、「余計なお仕事しなくていいよ」と言って聞かせても知らんぷり。
設定を開いて、ある程度までは進むのですが、「・・・の結果、不具合が出る可能性があります」と書かれているとそれ以上は怖くてどうしようもない。
・・・・・・
戦い破れて暮れたあと、放っておいたソフトを再び開いて、名前をつけて保存。
えっ?? できるじゃない。何だった?? 
アンチウィルスソフトが手を引いたのかな。
分からない。分からないけど元に戻った。でもいずれはPC買い替えなければね。


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2017
03.18

ホットライン・講演会・交流会

茨城県民文化センター会議室、きょうが本番でした。
講演会が13時から。それに間に合えば良いのですが、気になるのでホットラインの会議室へ差し入れを持って早めに顔を出しました。
開始から1時間がたっていましたが、直接訪れてくださった方、電話も何本かかかってきているようで、対応のスタッフが忙しくしていました。

アスベストを心配している人、家族のかた、こんな電話は少ないほうが良いのですが、それでも、新聞記事を見てくれた人がいたんだ、何かお役に立っているんだと思うと、ホッとした気持ちになりました。
相談総数は10数件になったそうです。
感心を持ってもらうことがいちばん、そして次には救済につながるお手伝い。茨城での第1歩が始まったようです。

交流会では、去年夏にお見舞いに伺い、冬の初めにご主人を亡くされた方がお見えになり、お悔やみをいうことができて胸のつかえが取れました。
家から外へ足を運ぶ、このことができたことだけでもこの方にとっては大変なことです。気持ちを奮って出てきてくださってとても嬉しいです。
県北・県南から出席くださった方たちもいらして、有難いことです。

交流会は予定時間を大きく過ぎて、「またお会いしましょう」と声を掛け合って別れました。


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世界遺産に登録されたヴァレッタ
休日はこんな具合


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2017
03.16

記者会見

つまらない、つまらないと言っていたけれど、まあ、やることはやっていた毎日でした。
まずは点訳、順調に進んでいます。
点訳の先輩とも skype で思いっきりお喋りしたし、雪の心配がなくなったら遊びに行く約束もして。
だから、ウダウダ言うのは止めました。
明日は友だちとのランチの約束もあります。
あら、まあ、忙しくなりました。

きょうは、県庁の記者クラブとやらへ行って、明後日18日の集まりの広報記者会見に臨みました。
アスベスト疾患・患者と家族の会が、講演会と電話相談会、そして交流会をします。
事務局から二人、私ともう一人の遺族が出席しました。
5社の記者が取材してくれ、4人がそれぞれの立場でお話をして、その後質問に答えて。
30分の予定が1時間以上も話を聞いてもらえました。
明日と明後日の朝刊の地方版に記事を書いてもらえそうです。

まずは、快調なスタート。18日にどれだけの人が集まってくださるか。

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マルタ島からフェリーでゴゾ島へ


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2017
02.28

ホットライン相談会&講演会

患者と家族の会の事務局からメールがきました。
中皮腫の相談会と交流会へのお誘いでした。

「アスベスト被害 ホットライン相談会&講演会」を茨城で開催します。
アスベスト被害を世間に知ってもらい、被害者の発掘、救済の手助けをしようというのが趣旨です。
茨城の救済・補償は全国平均を下回っているそうです。
どこに相談して良いのか分からない人、手続きの難しさに足踏みしている人たちの相談を受けるホットラインを開設します。
患者・家族・遺族の交流会も行います。そこへの参加のお願いでした。
それに先立つ、県庁の記者クラブでの会見にも出席できないかということでした。

夫は自分が役に立つことならどこへでもと、家族会の10周年の集いへも出席し、壇上でコメントをしました。
私にもできるだけみなさんの役に立つようにと言い置いていました。
ですが、ひとつ気になることがあって、子どもたちに相談しました。

なぜ自分で決められないかというと、それは。
アスベストで命を奪われたというのに、労災給付を受けているということで妬まれて、いわれのない中傷を受けた遺族がいるのです。
「労災給付を受けていることは他人には知られないほうがいいわよ」
ほんとうに悲しいことです。

そんなことに負けないで! でも夫を喪ってまだ1年半、傷つくのが恐いです。
子どもたちは当然、お母さんがしたいようにすればいいと励ましてくれました。
けれども、名前・写真は伏せてもらうのが良いのではないかと。
嫌な心配だけれど、名前を出して傷つくかもしれないお母さんが心配。だって珍しい苗字なんだもの。
それにお母さん、独居老人だし、どんな悪い奴がいるかもしれない。

正々堂々とすればいいと思うけど、子どもたちの心配も考えて、小骨がひっかかったような形だけれど、匿名で臨むことになるかもしれません。悲しいけど。
でもね、お役にたてるよう、精一杯がんばります。


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電話かけるからさ、写真撮って。
どこへさ? ふりだけ。

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ちょと、この歩道アビーロードっぽくない? 
とくればこのポーズだよね。



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2017
02.17

強風の日

Category: 介護
春いちばんが吹いたのだそうですね。
こんな強風の日は辛いことを思い出します。
あの人が逝ったのも朝から強風が吹く秋の日でしたから。
きょうまで、あの人の最後を書くことが出来なかったけれど、きょうは書けそうなので記録しておきます。記録です。

「ご主人、本当によく頑張りました。考えていたよりずっと頑張っておられました。2,3日、若いからもう少し・・・けれど、週を越えることはないと思ってください」
と、前日訪問の医師に告げられたのに、こんこんと眠るあの人がいなくなるなんて思えなかった・・・

だからいつもは冷たい手足がきょうは暖かいのを、良い兆候だとさえ思ってた馬鹿な私。
高熱が出ているのだと分かって看護師が急いできてくれて、バイタルチェックは瞳孔反応からでした。

「おとうさん、もう十分がんばったよ。私たちは大丈夫、心配ないから。安心していいよ」
「おとうさん、もういいよ。がんばらなくていいよ」

看護師が時計を確認して。
「え? 今ですか」というほど静かに逝ったのでした。
ゴーッと強い風が木を揺らしていました。
「おとうさん、この風を待ってたんだよきっと。風に乗ってモンゴルへ行ったんだと思う」
そう思いました、不思議にそう思うと心が休まる気がしたのでした。

遊びに行こうよと誘っているみたいな風が吹くときがあります。
そんな時に空を見上げると、飛行機がキラリと光ったり、航空灯が見えたり。
堪らない気持ちになるのです。
でもね、大丈夫。私は元気ですよ。


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