2016
07.31

半歩進む?

Category: 義母
義母のことでワカラン弟はちょっと置いておいて、昨日上の妹に電話しました。
みんなの意見をまとめておいた方が弟と対峙できると思ったからです。
母の安全安心のためには、介護施設に入所してもらうのが良いと、妹も同じ考えでした。

きょう夕方母の家に行きましたら、母は一昨日より元気で会話も成立しました。
母にお茶を淹れてもらって、買い物から帰った下の妹も加わり、お兄ちゃんに苛められた話、お兄ちゃんに可愛がられた話など、いつもと変わらないけれど、いつ聞いても笑える話で盛り上がりました。

肝心の弟はいなかったのですが、妹の話ではどうやら少し軟化してきたようです。
上の妹が電話してくれたおかげか、弟の連れ合いのおかげか。
弟の連れ合いにはこの間、「説得してね!」と耳打ちしたので、二人で話し合ったのかもしれません。

あす、地域包括センターの支援員が母を訪問してくれます。
下の妹と私が同席します。弟も仕事を抜けてくるようです。話があらぬ方に行かないよう頑張らなくちゃ。


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2016
07.30

孫自慢

気が重くなることは一時置いておいて、きょうは孫自慢でもしようかな。
Facebookに写真がアップされました。
夏休みが始まったばかりだけど、ダラダラ過ごさないようにママも一生懸命。

s-スカート

どこまで ママが手伝ったのかは わかりませんが
ミシンを使っているのは 3年生の彩椛です。

 <どうなることかと思ったけど、慎重な性格なので以外と丁寧な仕事ぶりでした>
とママのコメントが入っていました。

それからもうひとつあります。
去年初めて漢字検定に挑戦、みごと満点合格した彩椛ですが、今年も合格したそうです。
8級は、小学校3年生修了程度(440字)ということです。
コツコツと積み重ねることを厭わないみたいなので、何か一つモノにすることができればいいなあ、なんて婆は思っておりまする。

PS.赤面、赤面。漢検の記事の前に自分の娘の漢字力を疑わなくてはね。
   ママ、以外→意外 ネ。


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2016
07.29

2歩さがる

Category: 義母
何を考えているのか、考えてなんかいないだろうと思われる弟が邪魔をします。
弟のお嫁さんも含めて弟以外はみんな母の一人暮らしを案じています。
弟の楽観的な性格も貴重ですが、根拠のない「だいじょうぶだ」は困りものです。

弟が母の一人暮らしを主張するのを良いように考えれば、
「今まで父の横暴に耐えてきた母を、一人気ままに自由に生活させてやりたい」ということかもしれません。
でもそれは元気で頭のしっかりしていた、この前までの母。
今の母は一人暮らしは無理。
ここ1週間母と寝泊りした妹がそう言っても、心配し過ぎといいます。
「配食サービスを頼んで、俺が仕事帰りに様子を見るから大丈夫」
母のどこを見たらそう言えるのか。
施設入所を妹が言うと、偏見に満ちたことを理由に挙げて反対を言い、ここには書けなほどのことも言いました。
バ○さ加減と強引さに呆れて言い返すことができません。

耳の遠くなった母。人の話はほとんど聞こえていないのですが、私の声は波長が合うのかゆっくり耳元で話すと理解します。
一人で暮らさなければならなくなったことをどう思っているか聞いてみました。
「お母さん、一人になるけど大丈夫? さびしい?」
「これまではやっていげっと思ってだけんど、今はなあ、気力もねえし体もだめだし、困ったなあ。考えっとこのへんがモヤモヤしてくる」
と胸をなでるのです。
「おかあさん、私と暮らそう、一緒に行こう」といいたい言葉を飲み込んで帰ってきました。

26日集まった孫たちを分かっていない様子だったので、一人ひとり指さして教えました。
「ああ、うん」とは言うものの、はっきり思い出したのかどうか。
ついでに私が自分を指さして「この人は誰でしょうか」と聞きました。すると、
「名前がなあ、ちょっと出てこね」
「○○子よ、お母さん」
「ああ、んだ、娘よりかわいいんだ」
周りで会話を聞いていた孫たちにニコニコしながら言うのです。涙がでました。
こんな母を一人にしておけるでしょうか。
感情的になってはいけないと思っているけれど、情が・・・

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2年前 釣りのお供で行った時 
テント場の縁に咲いていた花が 庭に咲きました
名前を 名乗ってくださいませんか


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2016
07.28

半歩前進

Category: 義母
26日、家族だけで義父を送りました。
火葬の時間に妹弟に義母の今後の話をするつもりでいましたが、
妹弟の揃う時がないうちに収骨となってしましました。
その後の精進落としの席でも、小さい子たちが一緒だったので話を持ち出すのを止めました。
が、お開きになり車に乗る前に挨拶をしながらさらっと口に出すことができました。
それぞれ立場も考えもあるだろうが、私にもできることをさせてほしい、と。
とにかく母が安心して暮らせる方策をみんなで考えていこう、と。

そして今日私が地域包括センターに電話をしました。
住所と名前を言うと、係が直ぐに、
「もしかして○○さんは、名前を△△さんとおっしゃいませんか」というのです。
どうして知っていたかとびっくりしましたが、高齢の夫婦が二人で暮らしているという情報で、何度か家を訪問したのだそうです。
が、耳の遠い二人は訪問に気付かず、会ことができなかったのだそうです。
名刺にメモを書いて置いて行ったのに、両親も弟もそれが何なのか気にも留めなかったようです。

こういう弟なのです。
そして一人の妹は当日に帰ってしまい、残った妹も来月3日には帰ると言っています。
包括センターに訪問の日を8月1日にしてもらいました。
母のできることできないことを専門家の目で判断、今後の方策を一緒に考えてもらいます。
そのうえで弟を中心にして、できる人ができることをする、ということにしたいと思います。

少し前に動きました。あとは動きながらまた考えていったら良いでしょうか。


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2016
07.25

火中の栗

Category: 義母
91歳の義父がなくなり、義母が一人残されました。
母は1年前にアルツハイマーの診断を受けています。

夫の弟が両親の様子を見ていました。
さて、一人になった89歳の母をこの後誰がお世話するのでしょう。
弟は母が一人で暮らせていけるうちは頑張ってもらって、無理になったら考える、というのです。
妹が二人いますが事情があって、引き取るとも、世話するとも言いだしません。
弟に任せておけないと思ってはいても、そうは言えない。
自分にお鉢が回ってくるのは避けたいのです、たぶん。

「親父はどうなっても俺は構わない。ただ、おかあちゃんが一人になった時は頼む」
涙ながらの夫の頼みです。
夫は父親とはうまくいってなくて、ここ数年は会うこともない関係になっていました。
その分、苦労ばかりの母をいつも案じていたのです。

母が可愛そうです。私が焼けた栗を拾いだすしかないのかと考えています。
動かない弟にヤイヤイ言って疎まれるより、私が動いた方が母も安心するに違いないです。
バカなことだと友人に言われました。
そう言いだすと思っていたと言われました。
まんまと乗せられてしまう自分に呆れてもいますが、母を放っておけない。
このまま知らんぷりを決め込んでいたら、夫に顔向けができないではないか。

友人たちに電話で決意を伝えて、自分を鼓舞しています。
どんな苦労が待っているのか、私にできるのか、考えてもわかりません。
母と夫のために言い出すしかないかと思っています。


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2016
07.23

愚痴愚痴

タイトル通り、愚痴です。
夫の友人が突然来宅。
以前にも書いたことがあるかもしれないけれど、私は苦手なんです、この人。
自分の価値観を押し付けるからです。

私たち親子は夫の遺志どおり、戒名も位牌もないお葬式で送りました。
それを分かってくれないのです。
人が亡くなったらこうすべきと自分の仏教的価値観で説くのです。

きょうはお墓の件でお説教を垂れて行きました。
親も兄弟も子どもたちも、お墓をどうしろとなんかいいません。
私の気の済むように見てくれています。
それなのにどうして、親戚でもない友人の説教を度々聞かなければならないのでしょう。

これっきりになってもいいから、迷惑ですと言えればいいのですが。
曖昧な返事をしている私が悪いのです。
でもお墓のことまでこの人に相談したり報告したりする必要はないと思うと、
どうするとか、こうするつもりなど言う必要もないと黙ってしまいます。
お帰りになるのを我慢して待っています。

「こうだから、どうせ盆もしないんだな」
帰りがけに言い残して行きました。

塩、塩・・・


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2016
07.22

太極拳

近くの市民センターで謄本と印鑑証明書の発行ができるので行きました。
駐車場がいっぱいだったら嫌だし涼しかったので、自転車を引っ張り出しました。
以前は買い物に乗っていたのですが、狭くて交通量が多い道路を行くのです。
危ないから自転車では行くなと夫に言われてからは、自転車は仕舞いこまれていました。
市民センターへは下り坂なので楽ちん。
久しぶりに開放感を味わいました。

申請書を書いて待っていると、太極拳の音楽が聞こえてきました。
見学自由というのでちょっとのぞかせてもらいに奥へ。
「どうぞ、どうぞ。一緒に真似して動いてみませんか」

少し興味があったので、どんなものか恥ずかしながら真似てみました。
むずかしい。
ゆっくりした動きなので真似できるんじゃないかと思ったけれど、なんのなんの。
手足バラバラ、盆踊りにもならないです。
体は固いしバランスはとれないわで、ちょっと真似ただけで息が上がって汗が出ました。

参加者は50歳代から70歳代とお見受けします。
経験年数は20年以上のかたから1,2年くらいまで。
30分くらいご一緒させていただきました。
1か月に3回集まって指導をうけているとのこと。
来月は夏休み、9月から後半が始まるそうです。
「いかがですか」
「はい、気持ちがいいですね。考えてみます」

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「お母さんやるじゃない、しばらくぶりに人の中にはいったね。いいじゃない、いいよ」
娘が褒めてくれました。


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2016
07.21

役所めぐり

昨日の、所有者登録変更のつづきです。
その前に、ブログのコメントで登録変更のことを詳しく教えてくださった方がいらっしゃいましたので、初めにお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

さて、今朝車屋さんと電話がつながりましたが、消極的な返事。
それならば自分で何とかしよう、とファイトが湧いてきました。

陸運局に電話しました。
そうしたらなんと、役所ってこんなに親切なの、というくらい順序立てて説明しながら教えてくれるのです。
もう手続きが済んでしまったような気持ちなるくらい親切です。

参考までに書いてみます。

まずは、市役所で「除籍謄本」と「印鑑証明書」の交付を受ける。
次は陸運局へ。

1、C-7 で車の査定を受ける。
  なんと、査定はここで受けられるのです(そう書いてあったらよかったのに) 
2、A-2 で遺産分割協議成立申立書を記入する。
  やはり100万以下の車については簡素化されていました。
3、必要な印紙を買って貼付して手続き完了。

1時間もあれば終わりますよ、ということでした。

電話を切ってからアレ、失敗。車庫証明です。
自宅内だから必要ないと思っていましたが、車を買った時の住所って、今の家じゃなかった。
今度は警察署に電話。新たに車庫証明を受ける住所が故人名義なので困ってますと。
そうしたら、自認書という書類を書けば大丈夫と教えられました。

というわけで、さっそく警察署へでかけたのに、まあ、印鑑を忘れてしまった。
書類だけを買って(60円)、家でゆっくり書けばいいさと警察署を出ました。

が、このまま帰るのは勿体ない。ついでに法務局へ行きました。
いずれはしなくてはならない相続登記の書類について教えてもらおうと思ったのです。
こちらも、丁寧に教えてくれました。
「自分でもできますか、時間はたっぷりあるので頑張ってみたいのですが」
「相談窓口は予約ができますから、分からないことがあったらいつでもどうぞ」

役所の窓口は変わりましたね。サービス業という立場でお客さんに接してくれます。
これまでたくさんの書類を書くために、いろんな窓口に行きましたが、概してみなさん親切でした。
気が弱くなっていた時だっただけに、嫌な目に遭わなかったことが嬉しいことでした。

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ブログの友だちに頂いた、オキナワススメウリの花
後ろにぼんやり写っているのが 我が家の車です
もう11年乗っていますが、思い出が詰まっていて手放せない・・・


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2016
07.20

所有者登録変更

車の任意保険継続のお知らせが来ていました。
夫が亡くなった後、契約者の変更、支払方法の変更はしてあります。
なので、去年までと同じようにとんとんと最終確認のところでまで進んだのですが。
最終チェック中に手が止まってしまいました、所有者の確認です。
所有者? いない人が所有者ではいけない、よね。

いつもの車屋さんに連絡しようと電話したけれど捉まらない。
もしかしてこれって、書類さえ揃えれば自分で陸運局に行って申請できるのではないかしら。
陸運局のページを読みましたが、私にはチンプンカンプン。
相続するためには戸籍謄本、相続人全員の印鑑証明書・・・などと書いてあるような。
10年も乗っているオンボロ車、何百万もする車じゃあるまいし、ああ面倒と昨夜は寝てしまいました。

先ほどもう一度も二度も読み返し必要なのは、
・ 自動車検査証
・ 『戸籍謄本』または『戸籍の全部事項証明書』
・ 遺産分割協議書
・ 代表相続人の印鑑証明書
・ 代表相続人の実印
・ 車庫証明書
と分かりました。

さらにもう三度も四度も読みましたら、
・ 遺産分割協議書は、100万以下の車であることを証明してもらえば必要ない。
・ 車庫証明は同居家族だから必要ない。
・ もしかしたら、戸籍謄本も死亡が確認される書類があれば不要になるかもしれない。
と読み替えました。

車屋さんに確かめるしかないですが、オンボロ車だという証明も車屋さんに頼めばいいのかもしれない。
と、希望的観測を持ったところで、結果は明日以降に。


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2016
07.17

大往生

午前中に草むしり。昨日残した分を終わらせましたが、きょうは蒸し暑かったので汗がツーっと。
夏ミョウガを5,6個収穫。うれしい~

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シャワーをすませてぼーっとしていたら、友人夫妻がとれたてのキュウリをいっぱい持って来てくれました。
お互いに近況報告などのあと、
「○さんは見事に生きたよね。ほんとにすごいと思う」とご主人。
「大往生だよね」と友人。

大往生? 
短かった夫の人生が、と一瞬思ったけど、私はすぐに友人が言わんとしていることが分かりました。
「人生を思う時、短いか長いかじゃないものね。すごくいいことを言ってもらって嬉しい」
そうなんだよね、大往生なんだよ。納得できる最後だったんだって思えるよね。

「○さんの笑顔しか思い出せないものね」とご夫妻。
ありがとう!
このことを故人に伝えたい。
おしとやかな友人、まっすぐなご主人。
面白い組み合わせの二人を夫は大好きでした。
年に数回しか会わないけれど、大切な友人です。

s-きゅうり

新鮮なキュウリ、庭で取れたミョウガ、大葉、生姜も効かせて
夫の好物 たたきキュウリの漬物にしました
草むしりのごほうびには
沖縄 オリオンビール


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2016
07.15

ふふっ、買っちゃた!

1日24時間を自分だけのために使えたらどんなに幸せだろうと、長い間思ってきました。
さて、熱望していた通りになった私の生活はどうでしょう。
とても人には語れないダラケタ、だらしない生活・・・・・・です。
なんの束縛も受けないので、どこまでも楽なほうへ流れて行ってしまいがちで、かなりマズイ状態です。

少し前はチマチマとレース編みをしていましたが、ただの時間つぶし。完成した喜びも薄くなり、長くは続かないな、と気持ちが萎えてきました。なん10枚編んだところで、部屋中に敷き詰めるわけにはいかないし。

庭仕事。仕事と呼べるほど広い庭でもないし、それほど好きでないのです。
時々草むしりくらいがちょうどいい。

やはり私には点訳しかないのか。
うむ、それはそれでがんばろう。でもそれだけじゃつまらない。

ピアノそんな時にフッと「ピアノ!」と思ったのです。
訪れていたブログ主さんが楽しそうにピアノを弾いてらっしゃるのです。
私はどうかしら、弾けるかしら、指は動くかしら。

ーー 3日間熟慮(?)して買っちゃいました、中古の電子ピアノを。夜でも弾けます。

半世紀前の小学生の時に2年間だけ習い、才能ないわと自分に見切りを付けて以来です。
なので、ある程度譜面は読めますが、指が動かない、イメージがつかめない。
でもまあ、お遊びなのですから、弾ける曲をえらんで気の向くままに、ふふふっと。


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2016
07.14

こんなに涼しくて

日本中おかしな天気で、猛暑だったり、大雨だったり。
でも当地はそれほど極端な天気でなくてありがたいなあと思っています。
エアコンはまだ一度も使っていません。風があって窓を開ければ過ごせます。
日中少し暑くても、朝晩は涼しくて閉めまわすほど。
こんなに過ごしやすくて良いのか、夏野菜が育たないのではないかと心配です。
けれど去年もそうでしたが、梅雨が明けると一気に猛暑日なんてことになるのかしら。
暑さが苦手な私はこれからの2か月、気が重いわぁ。

私は毎日を、リビングとダイニングが一続きの部屋で過ごします。無駄に広い空間です。
一人だけのこの部屋をエアコンで冷やすのは贅沢のような気がしていますが、娘にはしっかり釘を刺されています。
「おかあさん、我慢して熱中症になっても一人なんだからね、だめだよ!」

きょうは夕方雷雨がありました。
中学生の孫の下校時間に激しく降り始め、傘を持って行ったのかしらと案じていたけれど、時間になっても姿を見せません。
全生徒が学校で待機させられていました。
学校からの一斉メールでお知らせが入ったようで、母親が転送してきました。
まあ、今はこんなことまで学校が考えてくれるんですね。傘を持って迎えに行く必要もない。
♪ ピッチピッチ チャップチャップ なんて古いんですね。

s-虹

宇都宮は虹が見えたそうです


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2016
07.12

草競馬

Category: モンゴル
モンゴル・ウランバートルでは、11日・12日・13日と国のナーダムが行われています。
Facebookから思い出のお知らせがきて懐かしく、きょうはモンゴルのことを少し書いてみます。
私たちは2012年と13年にモンゴルを訪れています。
13年は9日に出発。ナーダムの日を挟んだ5泊6日の旅でした。

11日、他のグループはナーダム会場に向かいましたが、私たちは草原に残って乗馬2日目。
野の花を見ながら遠出しました。

12日。
交通渋滞のため、前夜10時を回ってからようやくゲルに帰り着いたナーダム組も、また朝から一緒に乗馬に出かけました。
若い彼らは上手になるのが早い! 午後からは乗馬の先生の許しを得てピシリと一鞭。
「チョー!!」
見る見るうちに小さくなっていきます。
夫も負けじと後を追い、残った私は大丈夫かとハラハラ。
と、急にあわてたスタッフ数人が馬を駆って飛び出していきました。どうも誰かが落馬したらしい。
心配させられましたが、夫ではなくてホッとし、また落ちた人も怪我がなくて一安心。

夕食は、ツーリストキャンプ最後の夜になるグループの方たちを中心に、遅くまでとても楽しい宴が続きました。
そのうち私たちのガイドさんが、草競馬を見せてくれると言いました。
スタッフの女性も加わった11人を乗せた馬が夕日を浴びながら、はるか草原のかなたに歩いて行きます。
豆粒くらいにしか見えなくなったその時、土けむりが上がったのが分かりました。スタート!
そしてあっという間にゴール。
みんな、すごくカッコいい!!
みんなの笑顔がまたまたカッコいい!!

s-競馬
           夜の8時ごろです

s-1番
1番!!

s-けいば
とてもいい笑顔 大きな写真でお見せしたい


この後上位3人に渡す賞金をと帽子が回ってきました。
1位の少年に賞金を渡して、少年の腕を高々と上げている、とびっきりの笑顔の人の写真があります。
ほんとうはこの写真をみなさんにお見せしたいのですが、許しを得たいこの人は、この半年後に癌死されたのです。
病気を知っての旅だったそうです。
夫もこの後秋に中皮腫を発症。2年の闘病が始まったのでした。

この世を去った人の思い出深い写真を、きょうは何度も見ています。


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2016
07.11

読めない漢字

Category: 点訳のこと
1日の大半を点訳で過ごしてしまったので、これと言って話題がありません。
なのできょうも点訳の話です。

点訳は簡単に言うと、文をすべて音で読んで「文節」で区切るという作業です。
それにちょっとした点字のルール、簡単な文法をまぶします。

私の母は鼻が高い。 → わたしのははははながたかい。 → わたしの ははわ はなが たかい。

s-P_20160711_223529.jpg

簡単でしょ。


まあ、そうとばかりも言っていられないことも出てくるんですけど。
きょうは地名の読みに泣かされ続けました。
山の仕事というタイトルからして、山の名前、川の名前、沢の名前、部落の名前が続出です。
山や川は、まだ調べる手立てがありますが。
沢の名前や、廃村になった昔の部落の名前があって、読めません。
でも読まなければ点訳になりません。ひらがなで書き直すような作業が点訳なのです。

実在する地名は、正しく読まなければなりません。
「砥沢」 「六林班峠」 図書館に行って地名辞典で調べます。
それでも分からないときは地元の関係者に当たります。
それでも分からないときは、断り書きを入れて推定読みにします。
著者だって資料から漢字を書き写すだけで、読めていないのかもしれません。

点訳のなにが面白いのかという声が聞こえてきそうです。
面白いと思った人だけに分かる面白さ、と言って逃げましょうか。


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2016
07.09

新しい本が届いた

Category: 点訳のこと
点訳校正中のファイルを完全削除して、腹水盆に返らずとすっぱり諦め、新しい本を探していました。
Amazonで目に留まった『山の仕事、山の暮らし』(ヤマケイ文庫)
釣りのお供だったり、キャンプだったり、カヌーだったりで山を行くことが多かったので、タイトルに惹かれました。
20年前以上前に取材した山の暮らしが書かれているようです。
山の色、匂いが少しは分かるので面白いかもしれないと注文しました。

昨日届いて、下読みなしにきょうから点訳開始。
おもしろい!!
でも指が走らない。ここのところ点訳から離れていたので、打ち間違いが多すぎです。
リハビリと思い、ゆっくり入力集中して、原本50ページ(全381p)の点訳、本日終了。

過ぎたるは及ばざるがごとしというけれど、知っているけれど、面白さについ突っ走ってしまいました。
合間にレース編みの続きなんかもしたものだから、ゆびを酷使し過ぎました。

s-IMGP4093.jpg今度は慎重にファイル操作。
外部メディアにも直ちに保存。

このフラッシュメモリー、かわいいでしょ。夫が10年前に、ほらって。
128MBなんて今ではあり得ないような容量。
これでも、点訳ファイル300冊以上のデータが入っています。
使用領域はまだ半分くらいですから、一生使えそうですよ。
ティンカー・ベルの飾りは、今は中学3年生になった孫が幼稚園の時に私にくれたもの。
本人はもう覚えていないでしょう、きっと。


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