2016
12.31

2016年 大晦日

Category: そのほか
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愚痴や泣き言の多いこんな私のブログを覗きにいらしてくださったみなさまに、一年間の感謝を申し上げます。
誠にありがとうございました。

お会いしたことのないみなさまに励まされ、見えない糸で繋がっていることを感じさせられた一年でした。
夫亡きあとの初めての四季を、どうにか過ごしてまいりました。

今年も残りわずかです。
どうぞよいお年をお迎えになられますよう、お祈りいたします。



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2016
12.29

れこちゃん

Category:
年の瀬なのに、一人世帯は何のことはない日常を過ごしています。
娘と孫は来ているけれど、明後日31日には宇都宮へ帰るので、元旦は一人。
お節も作る気がなく、彩椛の好きな、きんとん・数の子くらいは作って持たせましょうか。

明日は施設にいる姉の「望年会」に彩椛とママも連れていくつもりです。
彩椛はたぶん驚くでしょう。今までに会う機会のなかった大人たちの集まりに出るのです。
ぴょんぴょん跳んでる人も、首からタオルを下げている人も、ウォーとしか話さない人も、彩椛が知らなかった人たちです。
多くの説明はしないつもりです。ショックを受けるかもしれません。
ママはそれでもいいと言ってます。
ママにとっては母方の唯一の伯母、小さいころから偏見なく遊んでいた「れこちゃん」だから、彩椛も何かを思えればそれでいいのだそうです。
「れこちゃん、久しぶりだわ。楽しみ」とママ。
彩椛は小さい頃、「ねこちゃん」と言ってたっけね。

望年会のあとは年末年始帰省のために姉を連れ帰ります。
いつもそんな(損な)年末です。
「損な」? 本心を言えばそうです。
97歳になったとはいえ、母は惚けずに元気でホーム暮らし。兄がいるのに末っ子の私が姉の保護者なのですから。

さて、義母。
昼、彩椛とママと一緒に行ってみました。
ボンベはまだありました。
年末年始、役所に連絡は難しいでしょうが、年明け早々何とかケアマネジャーに話を通じさせたいと思います。


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お人形さんたくさん持っているけれど。
買ってもらってすぐに左腕がもげてしまったけれど。
顔色も褐色の人になってしまったけれど。
髪はレゲエのお姉さんになってしまったけれど。

彩椛といちばんの仲良しはやっぱり、このこ。



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2016
12.28

また揺れた!!

Category: そのほか
宇都宮まで朝出かけて、昼にはとんぼ返りでした。
ちょっと重い物があって、前から届けてやりたいと思っていたので、届けてついでに母子を拾って帰りました。
夕飯は人数が揃ったので鍋にしました。
たっぷり食べて、喋ってしゃべって、笑ってわらって。

9時、それぞれの部屋に引き上げました。
彩椛はママに本を読んでもらっていました。その声も小さくなり、聞こえなくなった時。
地震! 
小さいか大きいか判断に迷うような揺れで、ちょっと身構えた時に緊急地震警報。

水戸は震度4と発表されたようですが、5弱くらいには感じました。
発表までだいぶ間があって、前回の時と同様、体感と発表にズレがあるように思います。
その後30分くらい繰り返し揺れていましたが、今は収まっています。
と書いた途端また揺れました。

嫌だな、恐いな。2回続いたものね。
今回は一人じゃないから心丈夫だけれど、こんな時に大地震なんて体験させることになったらどうしよう。外はとっても寒いし。
階下にあるコート類を取りに行って、彩椛たちの寝室の入り口に置いてから寝ることにします。


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2016
12.26

気持ちを整理して

Category: 義母
前日書いたことにコメントを頂きました。ありがとうございます。
怒ったり呆れたりの自分の気持ちを知ることができました。
義母の一人暮らし、ご近所さんの親切に頼っていることには限界があると思う、とみなさん書いてくださって、私間違ってないんだよねと安心しました。

少しだけ、義父のことをも書きますが。
夫は自分の母を、「人間として未完成な親父に、ずっと支配されてきた母」と言いました。
義父の支配は子どもたちへも及び、それに気づいた夫は確執を繰り返し、ついに6~7年前から接触を断ちました。
それなりの出来事、理由があったのですが、3面記事みたいになるので書くのは止します。

そんな義母ですから、義父が亡くなった時、周りはホッとし、義母の自由を喜んだのですが、既に痴呆が進んでいたということです。
何年か前、義母は「どんどん頭がばかになっていく」と私に不安を漏らしたことがありましたが、物忘れなんて私だってあるわよ、と慰めたのでした。
同居していれば早く気づけたでしょうに、可哀そうでした。

布きんはお蕎麦みたいに細く切って煮てあったそうです。
別の日、焦げた臭いで駆けつけたお隣さんが見つけたのは、真っ黒になって火にかかっていた小鍋だったそうです。
義母は炬燵で寝ていたそうです。限界だと思います。
この家族はババ抜きが好きで、ババを私に渡すのが上手いんじゃないかと思ってしまいます。
いつもそうです。ババを持って呆然とする私を庇ってくれる夫でしたが、今はもういない。

・・・お母ちゃんを頼む・・・
「罪なことを言って死んだよな、こいつ」
と夫の親友は骨箱を指で弾いて言いました。
彼もまた親を近くの施設に入所させているのです。


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2016
12.25

ご近所さまのお世話

Category: 義母
義母の家のガスボンベを撤去してもらおうという話のあとに、糸魚川大火のニュースでした。
もうひと事ではなく、弟はこのニュースをどう聞いただろう、撤去は終わったのかと気がかりでした。
通りから見えるはずだから確認してこようと出かけました。

まだありました。

玄関に手を掛けると開きます。耳が遠い義母ですから黙って入ります。
寝ていましたが気配で起き上がり、意味の通じない会話が始まります。
私が誰か、昼ごはんは食べたかなどをゆっくり耳元で聞きますが、誰かも食べたかもわからないようです。

そうこうしているうちに誰かが入ってきて台所で音がします。隣家のおばさんでした。
おばさんは義母のお昼ご飯を作って持って来てくださったのです。
初めてお会いしたおばさんに平身低頭お礼をいい、話を伺いました。
母がデーサービスに行かない日は、こんなふうにお世話くださって、洗濯まで手伝ってくださってるそうです。

有難いと思う反面、善意のひと様の手を借りなければ成り立たない一人暮らしを、火の始末など心配しながら続ける意義はあるのだろうかと思うと、施設入所を考えない弟を理解できない。
ひと様の善意を善意とだけ捉える楽観的な弟。その善意をいつまで受けるつもりなのか。
大家さんの奥さんにもご挨拶して、何度もお礼を申し上げました。
奥さんは「あのね、おばあちゃんの人徳ですよ。こんなふうに回りが助けてくれるのって」

そうだと思う。とても穏やかな義母ですから。
ありがたいとは思うものの、そこにいつまでも縋っていて良い訳はない。
でも、私の考えだけが正しいとは言わない、弟には弟の理があって、現にお世話しているのだから。

弟は、何といえばいいか、思い込みの激しい人で、あまりひとの考えを聞かないところがあります。
相談するというのが難しい。
・・・見なかった・・・聞かなかった・・・と思うしかないのか。

お隣さんと大家さんにお礼を言えたのがほんとうに良かった。


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母の家からの帰りにコンビニに寄ったら、ケーキに手がのびちゃいました。
夫はもともとケーキは食べないし、こんなもので十分か。

うーん、甘かったー。
もう暫くは食べなくてもいいかな。
みなさんのおいしい楽しいイヴを見たのでつい買ってしまったけれど。



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2016
12.23

むべなるかな

テレビをほとんど見ないので、糸魚川の火事のニュースは昨夜寝る前のネットで知りました。
年の瀬にとても大きな被害にあってしまわれた皆様、どんなに心細いことか。
消防署が割合近いせいか、毎日のように消防車のサイレンが響きます。
焼け出された方の心細さをいつも思います。

きょうは、幼馴染とのお喋り会のため1時間電車に揺られて外出しました。
11時に待ち合わせ、気付いたらもう3時半でした。
止むことない女のお喋り。お店のかた、周りのかた、失礼しました。

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駅に行くときに通るお宅のフェンスに絡んでいるムべ。
見るたび「むべなるかな」と口にするけど、どうして郁子が「むべなるかな」なんだろう。
きょう、そのお宅のご主人が切ってくださった大きなムべ。
調べましたよ。天智天皇の一言が語源だそうです。



帰ってピアノでお遊び。
楽譜通りに泊数を数えられるけれど、頭では歌えるけど。
これが弾いてみるとなかなかうまくいかない、スウィング。
こんな簡単なリズムが取れないなんて、頭が固くなったなぁ。
これは彩椛が置いていった楽譜。
現代っ子は難なくリズムをとっているのですよ、悔しい。

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2016
12.22

10数年前のいたずら書き

Category: 懐かし話
きょうは寝るほどではないけれど少し不調でした。
夕方また37度前半の熱と、リンパか神経の痛みが出てきましたが、へいきです。

昼は暖房がいらないくらいの温かさ。
年末だもの、せめて気になっている一部だけでも片づけようと、ほとんど出し入れのない棚のものを引っ張り出しました。
点字の古い資料、昔作成した子供会の資料など、今まで取っておいた意味なんて全くない、早く捨てればよかったのに。
ポンポンと気持ちよく片付きました。
きょうは燃えるごみの日、そのままゴミ置き場へ直行。

あら、こんなものがというのが出てきましたよ。
10年以上前、家中で溺愛していたニャンの似顔絵です。

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彩椛ママがマウスで描きました。
ニャンの名前はスカーレット。夫が名づけました。

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こちらは夫が。
懐かしい2枚です。永久保存。

ジャムのビンに頭を突っ込んでビンを引きずっていた子ネコ。
獣医さんに抜いてもらって、我が家のアイドルになったのでした。
このアイドルにどれほど慰められたことか。


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2016
12.21

近所でなくて

Category: 思うこと
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今朝の地方版を飾った写真です。
家からそう遠くない団地の1軒のお宅。10年くらい前から始まったイルミネーションは年々派手になって今年はこんなに。

子どものサッカー繋がりでこの装飾を手伝っていたのが、夫の仕事仲間・飲み友達のNさん。
初めの頃、Nさんは夫にも声をかけたのでしたが、興味がないと断ったようです。
小さく始めた装飾だったのに、いつか庇に電球を飾り、ついには屋根にと作業が難しくなって、高所作業に慣れているNさんは重宝がられていたようです。
何かあったとき誰が補償してくれるんだ、と夫はNさんにいい加減に止めるように言っていましが、どうなっているのか、この派手なイルミネーションを見て一番に思いました。

それにしても、このお宅の家族はこの間、どんな暮らしをしているんでしょう。
大勢の見物人が来てガヤガヤ声はするだろうし、車の音だってするだろうし。
私には理解できません、自宅をイルミネーションでこんなに飾ることが。
隣近所だったらいやだなー。


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2016
12.20

昨日からきょうのこと

まずはお騒がせの失せ物。
ありました!
いたずら妖精かオバケが隠したんだと思うことにした、ママ。
明日は妖精退治に行くようだわと私は昨夜床に就いたのですが、左腋の下のあたりが痛い、気になってなかなか寝付けない。
朝もまだ少し痛かったけれど、帯状疱疹ではなさそう。
熱のあとのリンパの炎症か神経節の痛みだろうと判断。
何故にこんなに断定的なことを? 
夫も宇都宮の娘もよくこんな症状に悩まされていたからです。
s-めがね
きょうは行くのを止めようと思っていた頃に「あった!」の連絡。
ママが4回、パパが3回、当てにならないけれど彩椛が2回探した、ベッド脇のいつも寝るときにメガネを入れるボックスの中に隠れていたそうです。
暮れの大掃除よろしく家具も動かして大捜索したのに、初めからメガネを彩椛は手に取っていなかったことが判明。
まったく、あの子の話を信じた私がばかだったとママ。
でも大人は見つけられなかったんでしょ。もう叱りなさんな、笑って済ませてね、と電話を切りました。


義母のこと。
ブログに書いてみなさんに問うことで、冷静さも取戻すことができて、書いてよかった、感謝です。
義妹に知らせました。
何もできない自分を責めるしかない妹が可哀そうと思いましたが(妹はリウマチを患っています)、知らされないでいるのだって可哀そうではないかと思い直しました。
料理上手な母が布きんを煮ていたということに、やはりショックを受けたようです。

最低限、ガスの撤去、火を使えなくすることを私たちの気持ちとして、妹が伝えてくれることになりました。
弟はこれに反対はしないと思いますが。
(言われる前に気づいてくれなくちゃ、大人なんだから) 心の声。

みなさんありがとうございました。


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2016
12.19

猶予はないよね

Category: 義母
父親との軋轢が激しかった夫でした。
自分の体にそれほど力が残っていないと感じた初秋の一夜、
「親父のことはどうなってもいい、放っておけばいい。だけどお母ちゃんは、たのむ」
と涙ながらに言うのでした。

義母が一人残されたとき、「私に任せてください」と言えなかった私。
友人たちもそれは言わないほうが良いと忠告してくれていました。
夫との約束と現実の間で悩みましたが、日頃行き来していた義弟に任せることにしたのです。
同居していたのなら迷うこともなかったと思いますが、私も夫を亡くして半年ちょっと、自信がありませんでした。

弟は物事を楽観的にとらえる人です。深く考えない。
その弟に任せて大丈夫だろうかという不安がいっぱいですが、黙って見ているしかない。
なぜなら、私が一身に背負ってお世話できるのならいざ知らず、私は何もしていないからです。
見れば心配、口を挟みたくなると思い、見ないふり、聞かないふりを通してきました。
二人の義妹(弟からすれば姉)も同じ気持ちなのではないでしょうか。

先日ちょっとした用事があって弟と会いました。

  ーーお義母さんどう?
1日おきにデイサービスに行ってる。慣れてきたようだ、心配ないよ。
この前行った時さ、俺に食べさせるつもりだったのか、何か煮てるんだよ。何作ってんだって蓋を開けたら、布きん煮てるんだ。
  ーー煮沸消毒してたんだね。
いや、醤油入れてた。


プロパンガスなので元栓は締めてありますが、栓を開くことは忘れていなかったようです。
これらを笑いながら話して弟は帰りました。

一人暮らしは限界なのではないかと、弟に指図ではなく提案として話すにはどうすればいいのか。
あまりに楽天的なので(良く言えば)、話が噛みあうわず、説得が難しい弟です。
ずっと考えています。妹に言おうかと思いましたが、お世話してない妹たちもやはり、弟には強く言えない負い目があるので説得できないかもしれない。
ケアマネジャーに相談するのが良いかもしれないと思いつきましたが、いかがなものでしょうね。


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2016
12.18

せつなくて

聞いた時は「おやおや、ママに手厳しく叱られたね。かわいそうに」と思ったのですが、あまりに切なくてどうしようかと心を痛めています。

宇都宮の彩椛は斜視矯正用のメガネをかけています。
幼稚園の時からだからかれこれ5年くらい。
それが朝起きたらメガネがないのだと。
寝る前にはあったのだから家の中にあることに違いないと探し続け、冷蔵庫の中まで探したけれど見つからない。
もう疲れた、とママがfacebookで嘆いています。

訳の分からない亡くし物常習の私が行って探せば見つかるかもしれない、と返事しました。
免許証は冷蔵庫の裏から、預金証書は栞がわりに挟んだ本から、年金証書はスキャナから、大分あとに見つかった前科者です、トホホ。


今年彩椛のサンタさんへのお願いは、ハリーポッターの杖だったそうですが・・・
s-おねがい
切なすぎます。

叱りすぎのママをお説教する代わりに、私がサンタさんになってもいいと思う?

それとも、お願いすれば解決するという悪い教えになってしまう?

あわてんぼうの婆サンタはトナカイに相談しています。



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2016
12.17

熱が

昨夜39度の発熱。
きょうは37度台で推移しているので、インフルエンザではないと思います。

熱が出る前は、体がムズムズ、そわそわして居ても立ってもいられない感覚になることが多いです。
変だなと思っているとそのうち、腰やひざの関節が痛みだし、悪寒、発熱になります。
昨夜もこの順序で、布団に入るころには体が小刻みに震えて、手足が冷たくて電気敷毛布でも暖まらないのです。

ウンウン声を出していると少しは気がまぎれるので、だれにも迷惑をかけないしと唸っているうちに眠りました。
夜中に喉が渇いて目が覚め、しばらく迷っていたけれど意を決して起き上がり台所へ。
寒い、さむい。
さんざん人の世話をしてきても、自分が世話を必要とするときには誰もいないんだからと心で毒づいて・・・
 
こんなもの書いてないで寝てればいいのにね。
寝疲れてしまったの。それだけ元気だということです。
きょうは水もお湯も用意しました。


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2016
12.16

漏水の話

Category: 懐かし話
昨日、水回りの冬支度のことを書きながら思い出したのは、40年前のこと。
夫は死の病の原因となった仕事、建築設備配管業を営む父親の会社で働いていました。
その頃は会社の規模もさほど大きくなく、一般家庭の修理なども受けていました。

今より寒さが厳しかった昔、水道管の保温は藁縄やぼろきれなどを巻きつけて凌いでる家庭が多かったものです。
ですからちょっと寒い日が続くと、凍った水道管は融けないままさらに凍りつき、よく破裂したものです。
日中は職人が走り回りますが、夜職人が帰った後は夫の出番になります。
暮れも正月もありませんでしたが、手に負えないときはとりあえずキャップ止めして帰ってきたものです。
昔は井戸水のある家庭が多かったのでさほど文句も言われなかったのですが、申し訳ないことでした。

よく覚えているのは、配水本管の漏水です。
漏水当番というのがあって、市の仕事を請け負っている数社が回り番で暮れと正月を守っていました。
その当番日の正月二日の寒い夜でした。夫は昼から祝い酒。
連絡があった時にはかなり酔っていましたが、職人に電話をして、自分も支度をしました。
でも、酔っ払いに運転させるわけにはいきませんから、私が運転手です。

車のフロントガラスはガリガリに凍りついていて簡単には融けない。待っていられずに、融けかかった隙間から覗くようにして運転して現場に急ぎました。
漏水は凍結ではなかったと思いますが、大量の水が流れていましたから足元は泥んこ。
・・・酔いの冷めた夫が職人に送られて帰ったのは、朝方になってからでした。

運悪く当番の日の漏水は何度かあったと思います。
当番の日はお酒を控えればいいのに、運転手の私がいるのをいいことにしていたダメな夫です。今では許されないことですが、昔はこんなこともあったのでした。
甘やかしていた私が悪いのですが、これも今となっては懐かしい思い出。


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  おうい雲よ
  ゆうゆうと
  馬鹿にのんきそうじゃないか

などと、昼間はちぎれ雲を見てたのに、夕方になってどんどん数を増して、冷たい風も吹いてきて。
こんな晩は、凍結で呼び出されたっけね。
明日朝の水戸は、-3℃の予報。



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2016
12.15

冬支度

Category: そのほか
1週間前、日中の気温は16度、朝も7度だったので何とも思わずに広島へ出かけたのですが、いない間の水戸は、日・月曜の最低気温が-3度だったと知ってドッキリしました。
庭の水栓は一応水抜きをして行きましたが、お風呂のことは頭になかったから。

一人暮らしの入浴は夏はシャワーでしたが、涼しくなってお湯を張るようになりました。
お風呂から出ればそのお湯、温かいうちに洗濯と風呂場掃除に使い、そのあとは抜いていました。
でも冬は、それではいけない。
追い炊き機能がついている循環釜は、気温が下がると自動運転するために残り湯が必要なのですね。
-3度だった日は、最高気温が上がったから循環釜も無事だったけれど、これからは気をつけなければ。

水栓柱もお風呂も冬仕様。
北の人たちからしたらこんな小さいこと、へへへっと思うでしょうけど。
スタッドレスタイヤはどうしようかな、降ったら出ない、凍ったら走らないで過ごせるかなぁ。


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1週間前。
行きの飛行機の窓から。
手前が神戸、奥が大阪(たぶん)。




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2016
12.14

広島後半と一人反省会

広島(東広島)にいたのは丸六日とちょっと。
日曜日までは連日、娘が出かけるのにお供して外へ行きましたけど、ほとんどは娘の買い物でした。
このまま帰すのは、と娘はどこかに出かけるつもりだったようですが、予定表を見てガックリ。
超低体重児で生まれた赤ん坊の定期検診が火曜だったというのです。
仕方ない、広島の病院に行くついでにそのへんでお昼、と計画変更。
雨は降るは、赤ん坊は後ろのベビーシートで泣き続けるは、でそれだけで帰ってきました。
そして今朝広島を発って夕方我が家に帰りました。

「ただいま。我が家がいちばん」と写真に話しかけ、すぐに洗濯機を回しました。
まとめて届いていた新聞に目を通して、PCでみなさんのブログを訪問したらこんな時間に。
さあさ、早く寝ましょ。
とその前に、お馬鹿な私、恒例の失敗談があるのです。

前回の広島は、行きの機内に携帯を落とし、落としたことにも気づかない数日を送ったのでした。
今回は落し物も忘れ物もないと、内心ガッツポーズで帰りのリムジンバスに乗ったのですが。
そろそろ水戸だわ、そうだ家の鍵を確認しておこうか、ゴソゴソ・・・ない、ない、どこにもない。

s-リング広島に行くときに駅まで送ってくれた娘の車内で、小さなバッグから荷物をリュックに入れ替えたのだけれど。
手荷物が三つになったらひとつを忘れそうだわと、二つにまとめたつもり。
その置いていったバッグに鍵は入っているのだとしか考えられない。

中学生の孫に合鍵を持たせていたので事なきを得ましたが、授業中だったら、家に入れないところでした。
「いつも何かをやらかすドジなおかあさん」という〆で終わった広島行きでした。

富士山が見える側を予約したのに、お天気が良くなくて残念でした。
飛行機の窓から見えるのは厚い雲ばかりでしたが、虹の輪が雲に映って見えました。
分かるでしょうか。


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