2014
07.22

『死ぬという大仕事』

Category: 思うこと
『死ぬという大仕事』―がんと共生した半年間の記録 (上坂冬子)
再発したがんは手術不能で、抗がん剤の副作用も厳しかった著者に提案されたのは、「緩和ケア」

「私はもう治るとは思っていない。いえ、治らなくていいとさえ思っています。そのかわり、痛いわけでもなく、苦しむわけでもなく、ただ穏やかに生きて、自分の寿命と一致したところで死ねればいいと考えているのです。 ・・・・・・」
上坂
5年前に亡くなった著者の時に比べて、今は緩和ケアは理解されてきているでしょうか。
ホスピスというと死を迎える場所というイメージが今も強いのでしょうか。
緩和ケアはなす術のない患者が受けるケアというイメージでしょうか。

いえ、最終的にはそうであっても、私たちは見放された人たちであってはならないと思います。
絶望の淵を歩きはじめた患者と家族を、心身両面から支える医療が緩和ケアであるのなら、それを医療者はもっと知っておくべきです。
私たちの主治医は緩和ケアをそういうふうに理解してはいないようです。
以前、緩和ケア病棟を見学したいと言った時に、
「いやあ、まだまだですよ。痛みのケアなら内科でもできますし」

そうでないんだ、と強く言い返せない雰囲気のある医師で、夫ももう少し先でもいいか、と話題を引っ込めた経緯があります。
私は不満でしたが、夫に従っていました。
けれどこの本を読んで、緩和ケアの必要性を再確認しましたので、折をみて医師に紹介状を書いてもらうことにします。



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コメント
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dot 2014.07.25 07:39 | 編集
ホスピスは見学したことは無いのですが、
イメージはよく聞いてます。

3~4年前まで介護研修の事務員をしてましたので
生徒さんをホスピスへ実習として送り出していました。

環境的にはそんなにいい施設ではないみたい(認知度が低い為)
ですが、皆さん凄く明るくてこちらが励まされるってよく言ってました。
一般に思われてる暗い雰囲気は無く、もっと現実を報道して
活用すべきだと思ってます。

僕にとっても最期は選択肢の一つです。
メタボ夫婦dot 2014.07.25 08:54 | 編集
 ☆鍵コメさん
喪失の悲しみも含めて総合的にケアしてくれる場所が必要だと思っています。
残るのも大仕事だと思います。
病人の精神的・肉体的苦痛を緩和することがいちばんなのは言うまでもありませんが。
お身内さまは若くて亡くなられたのですね。ご胸中お察しいたします。
わすれ草dot 2014.07.25 16:26 | 編集
 ☆メタボ夫婦さん
ホテル並みの病室もあると聞きましたが、そうでなくても、清潔で静かで、気の置けない看護士さんたちがお世話くだされば言うことないです。

今は医療者のホスピスに対する意識をまず変えていくべきと思います。

私もホスピスが良いと思っています。
自宅では介護者がいませんから。
先のことと思わずに元気な今考えておかなければなりませんね。
わすれ草dot 2014.07.25 16:33 | 編集
初めまして。
訪問者リストの足跡から度々お邪魔させていただいております。

私も何年か前に身内を緩和ケアで見送った経験があります。

わすれ草さんの記事を読んで、自分の過去記事を開いてみました。

自分や夫の場合だったらどうだろう・・・と、再び考える機会をいただきました。

参考になるかどうかわかりませんが、目を通していただけたら幸いです。
http://komugi703.blog65.fc2.com/blog-entry-619.html

こむぎdot 2014.07.25 17:07 | 編集
 ☆こむぎさん
はじめまして。
ホスピスの記事の紹介ありがとうございます。
すばらしいホスピスで穏やかに最期を迎えられた叔父様。
見守ったこむぎさんたちも穏やかだったのではないでしょうか。

最善を尽くしたとしても後の人は後悔するもののようですが、せめて穏やかに送ることができれば、少しは気持ちが救われるのではないかと思っています。
わすれ草dot 2014.07.25 21:34 | 編集
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