2016
03.09

語ること

新聞記事 「『あの日』 語ることで次へ」を読みました。
震災後5年、「あの日」のままとどまっている人を診てきた心療内科の医師が書いています。

響いた言葉は、
「語ること、語って現実と向き合うこと」

夫の死後、私は現実を見ているのかと自問します。
なにか違うところを歩いてきたような気持ちがします。

あの日の記憶があいまいです。
ちゃんと夫を見送ってやれなかったという後悔がチクチク胸を刺します。
彼の痛みや苦しみは終わったんだ、これでよかったんだ、それだけを思いましたが。
・・・ほんとうにそうだったのか、彼は何を思いながら旅立ったのか。
私はかけがえのない人を、ちゃんと見送ってやれたのだろうか・・・

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

以下、記事の抜粋要約です。

悲しみや悔いを封じたままでは、心の傷は癒されない。

重要なのは、記憶に支配さるるのではなく、記憶を支配できるようになること。
そのために必要なのは、語ること。語って現実と向き合うこと。

語ることで欠落した記憶の断片を取りもどす。
記憶に感情が伴い、つながり、物語が完成すると、記憶は角が取れて丸くなり、心の引き出しにすっぽりと収まる。



Comment:5  Trackback:0
トラックバックURL
http://waremo5.blog.fc2.com/tb.php/547-f218e01f
トラックバック
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.03.09 23:11 | 編集
 鍵コメさん

残された者がたどる道だと分かっていますが、ここを通過しないと先にいけないような気がしています。

いっぽうでおっしゃる通り、どんなに後悔しても過去を変えることはできなことも分っています。
夫もこちらの考えの人でしたから、そう思って暮らしたほうが夫の気持ちに沿うだろうと思ってもいます。

コメントありがとうございます。
わすれ草dot 2016.03.10 10:51 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.03.10 13:05 | 編集
 ☆鍵コメさん

鍵コメさんのブログ名に惹かれてコメントを残したが故に、心配をおかけすることになってしまいました。
見も知らぬかたの優しさがこんなに嬉しいこと、ブログを始めなかったら知ることがなかったでしょう。

あの日を思い出すこと語ること、私に合った方法で、私の時間でやっていくことができれば、自分を納得させられるように思います。

いつもほんとうにありがとうございます。
わすれ草dot 2016.03.10 15:53 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.03.11 12:51 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top