2016
11.07

朝日歌壇より

  愛といふ曖昧なものふつ飛びぬ介護のひとり抱へてみれば
                         (武蔵野市)三井 一夫

  言うほどの仲良し夫婦じゃなかったが逝かれて一年何このさみしさは
                          (田辺市)池添喜伊子


今朝の朝日歌壇から二首。
s-P_20161107_104918_DF.jpg
介護とはいえない程度の夫の介護。
愛をもってしても辛い、というより、愛だけではできない介護の現場。
短い期間だった夫の自宅介護。
辛かったけれど、夫は私たちに心の準備期間を与え、それからに耐えられるよう愛の時間をくれたのだと、今は思います。
エエカッコして逝ってしまった。


傍からは仲良し夫婦と思われていました。
山坂谷ありの40数年。きれいごとだけではなかった。
1年が過ぎてから感じる寂しさ。
涙腺は今頃やっと過活動を始めたらしい。


トラックバックURL
http://waremo5.blog.fc2.com/tb.php/712-cc505d3b
トラックバック
コメント
一年が過ぎてから寂しさがおそってくる・・

きっと寂しさは 死の受け入れが終わってからくる
本当の寂しさでしょうね・・

一年の間の涙には色々な思いが とても受け入れがたい
思いがつまっています。

そろそろ喪中につきのハガキが届くようになりました。
その御返事に苦慮しています。

六花dot 2016.11.07 22:41 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.11.08 04:22 | 編集

短歌二首、またわすれ草さんの文章がこころに沁みます。

まさに、介護をうける自らの現在を相手(家内)が思う心境であり、また過去に陥ったであろう私のことを、相手(家内)が考える立場だと思うからです。

昨日も、いつものように、二人で話した言葉。

「今日だけ、今日一日だけ生きている、そう思っていようね。明日どうなるかなんて、だれにも分からないもの。だから笑顔でいようね」


今朝も心の中で呟いています。

「今日一日しかない。とにかく今日の命を生かされていよう。明日はないのだから」って。

だれにも告げることのない、二人だけの秘密の会話なのです。


kmomotadot 2016.11.08 09:10 | 編集
 ☆六花さん、こんにちは。

あまり涙を流さない自分を、冷たい女だと信じられなかったり責めたり。
死んだこといなくなったこと、しっかり理解しているのに、どこか他人事みたいに思っていたのかもしれません。

一人になった事実を確かめるように2巡めの季節が来て、寂しさがつのります。

喪中のはがきから悲しみが読めますね。
わすれ草dot 2016.11.08 12:48 | 編集
 ☆鍵コメさん、こんにちは。

哀しみに寄り添っていただいて、ありがとうございます。
わすれ草dot 2016.11.08 12:50 | 編集
 ☆kmomotaさん、こんにちは。

いろいろあって、そして生きていること。
今を生きていることを大切にしようと話し合えること。
奥さまの献身があってのことですね。
これからも長い道のり、労わり合うお二人を想像できます。

kmomotaさんも今を頑張って、奥さま、どうかご自分の体も大事になさってください。
わすれ草dot 2016.11.08 12:59 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.11.08 19:38 | 編集
 鍵コメさん、こんばんは。

想像さえしなかった早い別れでした。
陽の当たる部屋で爺と婆、仲良くお茶飲んで、時にはケンカして、上手に仲直りしてなどという老後を思っていたのですがね。

でもね、私が残ってよかったのです。夫が残ってしょぼんとしているなんて可哀そうすぎるもの。
残った者の悲しみはしょうがないです。生きていくんだからと思ってね。
わすれ草dot 2016.11.08 20:24 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top