2018
06.18

イヤイヤ期

今朝の地震の震源に近いところに友が住んでいます。
少し時間が経ってからお見舞いと消息を確認するメールを出しました。
家族全員無事で、飾っていた小物が何個か落ちたくらいだと返信があって、ホッとしました。阪神・淡路の震災の時は、足の踏み場もないほどいろいろなものが壊れて散乱しているというメールをもらったものでした。
神戸の叔母は頑丈な施設でヘルパーさんに守られているので心配はないのですが、びっくりしたことでしょう。
今週末私は尼崎出張です。叔母に会ってから帰ろうと思っています。

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ドクダミの第2弾
梅雨空に しっとり映えるのは 
アジサイだけではないですよ

さて、今日の新聞、「イヤイヤ期 どう考える?」
「2歳児のイヤイヤ期をもっと子どもの気持ちに添った呼び方に変えませんか」という投稿をきっかけに多くの意見が寄せられたそうです。
最初の投稿の時、まさに2歳児のイヤイヤにつき合っている広島の娘にこの話題を振りましたが、
「イヤイヤ期の他に言いようがないよ。イヤイヤそのものだよ」

きょうの新聞を読んでまた話題にしました。
新しい呼び方は、「めばえ期」「自分で期」はどうかと書いてあったと教えました。
ちょうどその時に当の2歳児は、これといって何の理由もないのに食べてたおやつを投げ出して、
「やだやだやだ」
そこで娘は、これをイヤイヤ期と言わずしてなんという、と苦笑いです。
なんと言葉を置き換えようと、2歳児の「やだやだ」に勝てる親はいないんじゃないでしょうか。

「このやだやだが早く終わって欲しい・・・」ため息とともにSkypeを終えたのでした。

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2018
06.16

こむらがえり

昨日はピア・サポート講座が終わってから少し用事があって、21時半の高速バスに乗りました。
用事が終わってホッとしたので気が緩みウトウト。目覚めたら窓に雨の滴が流れていました。嫌だなぁ、駐輪場に自転車を預けてあるから乗って帰らなくちゃならないもの。
バス停に降りたら結構な雨降り。時間は23時、娘はとっくに寝ている時間。タクシーはもちろん1台もない。
覚悟を決めてこぎだしたけれど、寒いこと、雨の冷たいこと。

びしょ濡れで家について、お風呂に湯を張る時間も待てずに、ヒーターをつけました。
お茶を飲んで暖まっているうちに眠くなってしまったのでお布団に入りました。
何時頃だったのか、ちょっと眠りが浅くなったとき、寝返りを打とうと足を動かしたら、足がビーンと突っ張って、こむらがえりでしょうか。
起き上がって足をさすったり伸ばしたりしたけれど、こわばりは取れなくて痛みが増すばかり。
あまりの痛さに冷や汗が流れて、吐き気までしてきました。
座っていることができず横になり、自然に膝を立てた姿勢を取りました。その姿勢のまま足首を動かしたり、ふくらはぎをさすったりしていたら、ようやくこわばりがなくなりました。
こんな痛みは初めてです。どうなることかと思いました。まさかこむらがえりで救急車を呼ぶわけにはいかないでしょう。

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きょうの気温の低いこと。ヒーターをつけたり消したりです。足を冷やさないように気を付けていました。
ふくらはぎに軽い痛みが残っていますが、今夜はしっかりお布団をかけて寝ることにします。お昼寝を充分にしたので体調は悪くありません。
きょうはピア・サポートのことを書くつもりでしたが、びっくりしたこむらがえりのことになっちゃいました。
ピア・サポートの感想は明日書きます。

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2018
06.13

早寝です

「きょう行く」も度々だとちょっとお疲れぎみ。
娘には「いい加減に断る勇気もね」と叱られてるんです。
今月はずうっと週末に東京出張が続いています。来週は尼崎です。

必要とされていることはいいことだと、明日も早朝に家を出ます。
寝るにはいささか早いけれど、目がショボショボしてきたので、お布団に入るとします。
たぶん、いえきっと、数分で寝つくと思います。寝るのが特技です。
PC持って出かけます。それでは明日は東京で。

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2018
06.11

父の思いで

父は私が小学校高学年のころの2年間(3年かも)、町内の山間にある学校に単身赴任をしていました。生涯1教員で通した父でしたが、この時だけ教頭という中間管理職の経験をしたようです。
「○○町立大倉小中学校」という僻地校です。
組合専従からの復帰のための腕ならしだったのかしらと思いますが、わかりません。

父の赴任地へ夏休みのある日、一人でバスに乗って行ったのです。乗り換えて2時間以上はかかったのではないかと思います。
終点まで乗って着いた山の中は、田舎育ちの私でさえ、さらに驚く田舎でした。
近所の子どもが珍しそうに遠巻きに私を見ます。興味津々話しかけてきます。
「教頭先生の娘さんだ、遊んでやれ」と下宿先の郵便局のおばさんが言い、そこいらを散歩しました。
よく覚えていないのですが、中の一人の子が、ある子を指さして、
「あいつは、ザルをかぶって粗末にしたから、頭が小さくなったんだ」
といったのが忘れられません。初めて迷信めいたことを聞いたので記憶に残っています。

夕飯に何を御馳走になったのかは記憶にないのですが、お味噌汁の具にびっくりしたのが忘れられません。
大きく切ったジャガイモとインゲン、それに何か見たことのないものが入っていました。私はきっとまじまじと見ていたんでしょう、おばさんが、
「町の人にはなんだか分んねえべ。かぼちゃの茎だ」
そうです、町では食べたことがありません。味は忘れました。そういえば少しトゲトゲしていたかもしれません。

翌日、父と山歩きをしました。
植物採集用の胴乱を肩から下げて、誇らしい気持ちで父の後をついて歩きました。
オニユリがそこここに咲いていました。強烈な匂いと鮮やかなオレンジに魅かれました。
夏休みの宿題にした標本は、父に教えられながら丁寧に仕上げました。

オニユリ
オニユリ  (フリー写真拝借)

この時の大倉での二日間は子ども心に強烈でした。その時は分からなかったのですが、大きくなって思うと、地域の格差、貧しさを肌で感じたのだと思います。身なりや食べ物の違い、生活環境の違いなど、子どもの私には言葉にできなかったことだったのです。


父は小さいことに拘らない人で、夫と気が合い、誘いあって飲みに行ったものです。
愉しい計画がたくさんあったのに、あっけなく60歳で逝ってしまったのが残念でたまりません。


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2018
06.10

父の思いで

父は教員でした。
父が教員だと私が分かったのはたぶん小学校の3年生の頃? それまで父の職業がなにかなんて思ったことがなかったのでしょう。
毎朝バスに乗って出ていく父は覚えていますが、どこへ行っていたのかまで考えが及ばない子どもだったのですね。
教員だと分かるまでの父は、たぶん、教職員組合の専従だったのだと思います。だから分からなかったこともあるでしょう。

父が働いている職場に遊びに行った記憶があります。
隣の市の駅前の小さな民家を借り上げたような事務所で机に向かっていました。机は4つ5つ。
まだ家にはなかった電話が机の上にあって、(すごい、いいなあ)と思った覚えがあります。
事務職のお姉さんに電話を架けさせてもらった記憶もあるのですが、どこへかけたのやら、何を喋ったのやら。
もしかしたら、お姉さんの机から、父の机の電話に架けたのかしら。

父の勤務する小学校へ遊びに行ったこともあります。
夏休み中の学校だったのでしょう。桜の木の濃い緑が校舎に影を作っていて、校内が涼しかったことを思い出します。
合唱団の練習する歌が聞こえてきたのも覚えています(合唱コンクールの上位入賞校だったことを後に知りました)。
この頃に初めて自分の父が教員だったことを知ったのです。

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実生から3年目 初めて花が咲いた南天

父はこのあと、僻地校に単身赴任しました。
その時の思い出を書きたいのですが、きょうは一旦休憩。またの機会に(というほどのこともないですが)。

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2018
06.06

満面の笑み

Category: 義母
疲れともいえないくらいのウダウダを引きずっているうちに、梅雨入りが発表されてしまいました。夜から降ったりやんだり。何もすることがない。
きょうは、義母の様子を見に行こうと考えていました。

そんな時、お嫁ちゃん(友ちゃん)からLINE。
「あの後 ○○にしつこく言って (笑)  △△さんに電話させました!
おばあちゃんの様子を話して、家族が動かないと何もしてくれないから!って(><)
余計なお世話かもしれないけれど、でもあの状態を見て知らんぷりは出来ませんよね!
また近い内におばあちゃんに会いに行きたいです」(○○は私の息子、△△は義弟)
友ちゃんは忙しい人、きょうは私が行ってきますよ。

午後のおやつの時間に合わせて行きました。
そうしたら、私の顔を見て満面の笑み。お世話しているスタッフもびっくり!
今までで一番の笑顔だと。
「誰が来たのかな。私の名前覚えてくれてるかな?」
首をかしげるけれど、にこにこ。
「名前は出てこないけど、分かるんだもんね」とスタッフ。
前回の様子はいったいなんだったのか。こういうことを繰り返すのかしらね。

IMGP5488.jpgおやつのカステラを私に勧めたり、自分のお茶を私の茶器に移してくれたり。いつもの優しい義母の姿です。
故郷の相馬弁です。
「おめ 今までどこさ 住んでたんだ?」(あんたは今までどこに住んでたの?)
「ごめんね、なかなか来られなくて。すぐ近くに住んでるよ」
「ほーがぁ」(そうかぁ)

息子が亡くなったことは忘れているに違いないけれど、近くにいるよの返事に安堵したのでしょう。
が、少し経つと会話は忘れてしまうのだと思います。
でもいいんです、安堵した顔を見られただけで十分です。

むしろ、辛いことを思い出さないんだから、その方がいいのだと思いました。

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2018
06.04

大丈夫かい?

東京出張(?)は2泊だけだし大して体も使わなかったから、疲れは残ってないと思っていましたが。
昼ごはんのあとテーブルに突っ伏すと意識が遠のき、15分くらいで目が覚めました。
その後、洗濯物を取り込んだり畳んだりしていたら、目のしょぼしょぼが我慢できず、思い切ってお布団に横になりました。
なんとしたこと、1時間も眠ってしまいました。
ホテルでの眠りが細切れだったのが疲れの原因か。
今月はあと2回、泊りの出張があるのに、大丈夫かい?

夕方は庭に出て、乾いた植木鉢に水を遣っていたら小さな草が目について、1時間だけと思って草むしりを始めました。
今週半ばぐらいから梅雨に入る模様ですから、その前に少しでも抜いておきたいと結局2時間がんばりました。
そしてトドメはまたしても指パキン。
夕飯の支度をしていて再び三たび、パキン。
ステロイドが効いているのか、元に戻すのが上手くなったのか、以前ほど焦らなくはなったけれど、大丈夫かい?

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2018
05.30

車の運転

先日保険証を忘れてしまって自費で受診したので、月が変わらないうちに清算しようと出かけることにしました。通り道に資源ごみの回収場所があるので、ついでに出して行こうと紙類をまとめていました。
紐で縛るときに、(これが危ないんだ、気をつけよう)と思ったとたんにパキン。
氷で冷やして10分、元に戻すのが上手になったものだわ、と作業再開。またしてもパキン。

精算だけでなく、受診もしてきました。
「ステロイドだめだったのか。しばらく間をあけないと注射はできないんだよ。1か月後、注射か手術か決めよう」

病院は、こんな場所に? と思うような田舎にポツンとありますから、車の少ない田舎道をどんどん快調に走ります。
でも前の車のブレーキランプが度々点きます。
私は車間距離をきちんと取る方なのでエンジンブレーキで対応できます。
「危ないから前に近づくなよ」という声が聞こえたような気がしました。

ドライブ
フリー素材から拝借

免許を取ったその日から、練習を兼ねて私が運転させられました。
助手席の夫にバカとかアホとか言われながら、悔しくてケンカしながら覚えました。
狭い田舎道、山道を、黒のクラウンでどこへでも。
進退窮まったこと、怖い思いもしたけれど、40数年間事故も違反もなく運転してきました。
運転のし始めに夫から厳しく教えられたこと、私を信用して運転させてくれたことがよかったのかな。
そういう夫は、人身事故こそないけれど何度かの事故、違反切符は何枚切られたことか。

いつまで運転できるかしら。次の更新が4年後。その時は高齢者講習の対象だわ。
講習は受けずに返納しようかどうか考え中。

さっき無違反と書いたけど、運がよかっただけ。実はけっこうスピード出します。
今でも高速道路で追い抜かれること、そんなにないかも。

運転は好きだから、きっと寂しいだろうな。

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2018
05.28

間に合わせ

お昼近く、台所見回しても何にもない。
買い置きしていたパンは、昨日腹へった~孫に食べられてしまいました。
仕方ない、ご飯でも炊くか、とお米を洗っておきました。
そこへママが現れて、コーヒーを飲みながらお喋り。
途中でお釜をガスにかけてまたお喋りしてたら、ママが「さてと」と立ち上がろうとするので、
「ご飯がもう少しで炊けるから食べていけば」

冷蔵庫の中のものを並べて、キュウリとクラゲの和え物を作って、質素に昼ご飯を食べました。
質素だけど、相手がいるのっておいしい。

お茶碗を片づけながらふと思いました。主婦歴40数年、やっと人並みにご飯の支度ができるようになったんだなって。
実は私、料理らしい料理もできないまま主婦になってしまい、何に苦労したかって、献立作り。
気の利いた献立が立てられなくて、料理本などを参考にどうにかこうにか作っていました。
料理が得意でないし、応用も効かないから、朝から料理本をヒントに買い物をして、本の通りに料理するという毎日でした。
夕飯が決まったら、一仕事終えたよな気持ちになったものです。

IMGP5487.jpg

冷蔵庫をのぞいて、これとこれとで一品、ができなかったんです。
あれとこれとで、と何かを作れるようになったのは、ずいぶん後になってからのことです。
質素だけど、急ごしらえでお昼の用意ができたことが嬉しかったことでした。

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2018
05.27

午後って何時?

お嫁ちゃんが午後から伺いますというので待っています(午後3時)。
お嫁ちゃんの一つ直してほしいところ、時間がアバウト。
まずは、午後からという約束からそうでしょ。あちこち用事を済ませながら、最後にうちに来る忙しい人なんです。
だから、他に用事のない私が「午後」待つことに異存はありません。
でも夫はそれが我慢できなかったんです。
「何時になるか聞けよ」
聞いたからってその時間に来ることは稀で・・・
人はそれぞれ。得意不得意があるわね。
予定がないっていっても私、図書館に行きたいんだけどね。

ウドみんなで義母のホームへ行きました。
目を閉じて全くあけません。
昨日からこんな状態だそうです。
イスに座ったまま眠っています。話しかければ頷いたりはします。
脳の委縮が進んだのではないかとのことでした。
「おかあさん、○○(義母が可愛がってくれた私の長男)も◇◇ちゃんも来たわよ」
耳元で言うと、ニコッとしますが、目は閉じたまま。そしてまた居眠り。心配です。

先日雑木林でウドを見つけました。
しめしめ、来年ね。

きょうヘクソカズラを引っ張ったらまたやっちゃった。
保冷剤で冷やしながら徐々に伸ばしました。
お掃除のワイパーの柄を握りました。やっちゃいました。
ステロイドは効かないみたいです。

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