2018
06.09

歌の解釈

Category: 思うこと
一昨日、中島みゆきの「ホームにて」を貼りつけた後、頭の中で歌っています。
中島みゆきは自分が書いた詩の解説などはしないので、ちょっと難解なところのある詩などは、私は勝手に解釈して歌の世界を楽しみます。
いいと思うんです、自分に引き寄せて自分の世界で楽しむのが詩だと思います。

「ホームにて」
昔は、ホームの果てにあるものを、叶えられない夢とか、叶わなかった恋などと解釈していましたが。
一昨日久しぶりに歌ってみて、ホームの果てにあるものは夢や恋じゃないと思いました。
そう思うだけ年とったということ、夢や恋などから遠い年齢になったのね。



歌詞が書いてあるので こちらもどうぞ

年とって、夫に先立たれた今思うホームの果ては、そう、夫が待っているふるさと。
駅長の声に荷物を振り捨てて走り込もうとした列車の行き先は・・・
人々が楽しそうに乗っている列車の行き先は・・・

今行きます、私も、乗せてください! 

そうして、乗りこめなかった列車の切符が掌に溜まっていく。
この切符が何枚溜まれば私はホームの果てに行くことができるのだろう。

そんなことを思いながらきょうも「ホームにて」を口ずさんでいるのです。

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2018
06.07

ホームにて

Category: 思うこと
義母のホームへ行って感じたことを、そのうち書こうと以前から思っていましたが、昨日の出来事で書いておかなければと考えました。

義母がいるグループホームは、8~9人ほどが入居しています。
みなさん介護度は高いのではと思われ、いつ行っても、ホールの大きなテーブルを前にじっと座っています。
私が行く時間帯がたまたまそうなのかどうか、そうであって欲しいと思うくらいにいつも無表情にただ座っています。
昨日は3時のおやつの時間だったので、スタッフの一人はお茶を用意したり、カステラを小さく切ったりに忙しそう。
もう一人は洗濯物を取り込んだりなど忙しそう。
もう一人は各部屋を廻ってなにやらの用事をしていて忙しそう。
そう、全員とても忙しそうです。その時に一人のおばあさんが椅子から立ち上がりました。すると一人のスタッフが、
「○○さん、今トイレは済ませて座ったばかりよ。あなた、何度言ったら分かるの!」 耳を疑いました。
いい加減にしてちょうだいね! と言った後、さすがにバツが悪かったのか、
「1時間おきにトイレなんですよ。出ないんですよ。夜もです」

母は大人しくしているし、トイレも簡単な介助でできるし、ご飯も一人で食べますから、今はそんな扱いは受けてないだろうけれど、これから先はどうでしょう。寒々しい気持ちになりました。
この一人のスタッフだけが特別キツイのでしょうか。ホーム全体がこんな雰囲気なのでしょうか。
もっと良いホームがあるはず、移ってもらいたい。
でも、私に義母の介護ができない以上、私ができるのは見守ること。これ以上は実子の3人が考えること。
世の中思い通りにはならないことばかり。どこかで気持ちを収めるしかないのでしょう。

私もね、自分の始末ができなくなったら、老人ホームと覚悟はしているつもりです。
家で最期をといっても、娘に迷惑をかけるのは嫌だもの。
でもね、あんな扱いを垣間見たら情けなくて、胸が痛くなるわ。
ころりと逝きたい、だめだったら何もかも分からなくなるほど呆けてしまいたい。
まあね、世の中思い通りにはならないわよね。


中島みゆき 「ホームにて」
関係ないけどね


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2018
05.11

偏見・差別

Category: 思うこと
書かなくてもいいじゃないかと思いながら、迷いながら書いています。

アッツザクラ

ひとつの痛ましい事件がおきると、世間の反応が過剰なほど高まることがあります。
その反応を今までは少し冷めた目で見ていました。
が、昨日私は自分の取った行動はどうだったのか分からなくて、なんだかモヤモヤしています。

駅に急いでいた人通りがあまりない住宅地の道でした。雨が降っていました。
T字路の突き当りに傘をさした男性が立っていました。その人が立っているところへ向かって歩いていたし、何とも言いようのない雰囲気のする男性だったので目が引きつけられました。
なんとも表現しようがないけれど、気持ちの暗くなるようなオーラが出ている、とでも言いましょうか。

T字路を曲がるときに見えてしまったのです。
ジーンズの前ファスナーが全開でした。急いで角を曲がって駅に急ぎました。
どうしよう、通学路だし、学校に知らせるべきか。
時々、不審者情報のメールが回るらしい、どんな人物なのか、同一人物なのか。
ママに電話をして、先生に一言伝えてはどうかと言いました。でも、何かをしていたわけではないしね、黙ってたほうが良いかしらね、ということになりました。

私の偏見、単にファスナーを閉め忘れていただけかもしれない。
そう思い、過剰反応した自分の中の偏見・差別を知ったのでした。

きょうになって学校から2件の不審者目撃情報のメールが回ったそうです。


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2018
04.25

ブログ紹介

Category: 思うこと
明日・明後日と用事があるのに、急ぎの点訳が入ってしまい一日頑張りました。明日の午前中まで寝かせて、午後から校正すれば何とかなりそうかな。
というわけで疲れたので、きょうはまたブログの紹介。人の何やらでお相撲です。
でも、とても良いブログですよ。

3月に茨城県古河市の「古河福祉の森診療所」について書きました。
診療所長の赤荻医師が中心となって開かれる患者会と家族会です。
赤荻先生のブログが素晴らしいのは勿論ですが、ここに遺族の立場で出席している、埼玉県鴻巣市の開業保健師の栗原里子さんのブログが素晴らしいのです。

  医師が同席するがん患者会の利
  抗がん剤治療への迷い

私も亀戸の患者会の世話人としてお手伝いをしているのですが、手伝いをしながら何か足りない、何かすることがあるのではないかと思っていました。
マギーズ東京を見学したりもしました。
そうなんです、これなんです。
こういう患者会・家族会・遺族会があればいいと思っていたのです。
気負わないで参加できて、互いに話し、聞く。ただのお喋り会に終わらないために、赤荻先生や栗原さんのような専門家が参加する患者会・家族会・遺族会が近くにできると良いなあと思っているのです。

栗原さんにお断わりなくブログを紹介しました。けれどきっと、「いいですよ」と言ってくださるはずです。今度お会いしたらお詫びします。

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きょうの雨に打たれる前の 宿根ネメシアとローダンセマム


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2018
04.15

ドアフォン

Category: 思うこと
遅い時間にごめんねと娘から電話があって、どんな用事なのかと思ったら。
「近くのお年寄りの家で、ピンポンが鳴って玄関を開けたら刃物を持った男が立ってたんだって。お母さん、テレビドアフォンつけなさいよ」
前にも言われて調べたことがあり、旧式のピンポンからの交換は電気工事を伴うらしいことが分かりました。

ピンポンだけでも別に不便なことはないし、私ホントはあの、モニタ付ドアフォンって好きじゃない。
よその家に行った時、ドアの前に立つ自分がジロリと品定めされているようで、カチャッと受話器を取る音がすると身構えてしまいます。
モニタ確認だけで居留守を使われたら気も滅入だろうし。
ドアフォンに向かって喋っている自分も間抜けていて好きじゃない。
夜にライトが光るのも、悪いことしてないのにあまり良い気持ちがしないわ。
あ、そういう効果があるのか。悪い人だったら躊躇するかぁ。

タツナミソウ
タツナミソウ

まあ、私はとりあえず、ドアスコープで来客者を確認してからドアを開ける習慣をつけることにしよう。
玄関も窓も明け放して暮らしていた頃もあったのに、嫌な世の中ね。


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2018
04.13

メルマガ 色鉛筆

Category: 思うこと
きょうは、京都府視覚障害者協会が発行しているメルマガ色鉛筆を紹介します。(毎日話が飛んで一貫性がなくてすみません)

第0号(創刊のごあいさつ)をクリックしてお読みになってください。
そして、よろしかったら読者登録をしてお読みくだされば嬉しいです。
見えない、見えにくいということを理解してください。

イカリソウ
イカリソウ

きょうのマガジンのタイトルは。 

「見えないのではなく見てはいけない」
視力も視野もあるけれど見ることができない、眼瞼痙攣のお話

目が不自由といっても、いろいろな不自由があるのですが、こういう症状の方々が居られることを初めて知りました。
まず知ることから始めたいと思います。ご一緒にぜひ。


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2018
03.06

思いを知る

Category: 思うこと
きょうは孫の彩椛の誕生日。クラスのほとんどみんなが10歳になっていて、彩椛も誕生日を楽しみにしていました。
誕生日が待ち遠しいなんて羨ましいことです。
4か月前にノート展で銀賞をもらった彩椛ですが、きょう学校で賞状の伝達式があったそうです。
恥ずかしいと言いながら、小鼻ピクピクだったんじゃないかと想像しますが、誕生日のよい記念になったんじゃないかしら。


s-P_20180306_172510.jpg郵便配達員さんがポストに入らなくて苦労している様子だったので受け取りに出たら、「点字用郵便」と書かれた大きな封筒でした。
2017オンキヨー世界点字作文コンクール『入選作品集』
主催は「ONKYO」「日本教育科学研究所」「毎日新聞社点字毎日」です。

s-P_20180306_172542.jpgジャマイカの10歳の男の子、スウェーデンの90歳の男性など、国内外から182編の応募があったと書かれています。
このように点字用紙に点字と墨字で印刷された5センチ厚さの点字本です。
世界各地の盲人の生活や思いを知ることができそうです、楽しみです。

知るといえば、きのう届いた赤荻栄一先生の本『がんの治療をやめるとき~家で迎える安らかな死~』を一気に読みました。
夫の病気の前に読むべき、知っておくべき本でした。
タイトルに驚かされますが、センセーショナルな本ではありません。
20年前に書かれたこの本には、在宅での見とりのことまで書かれていて、暖かい心が流れている本だと思います。


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2017
12.26

教師用アンチョコ

Category: 思うこと
昨日通知表の所見欄のことを書いたのですが、いつごろからソフトな表現になったのかなと気になりました。
我が子のころはそんなふうに感じてなかったので、それ以降かなと調べたら書いてありました。
90年代以降だそうです。個性を重視する教育が言われるようになったからだそうです。

教師用のアンチョコも存在するんですって。
例えば問題行動は、

騒がしい          明るい、活発な
怒りっぽい         感受性豊か
落ち着きがない       好奇心旺盛
いい加減          こだわらない
反抗的           自立した



と言い換えるのだそうです。
あらまあ、孫の所見を深読みしなければならないわ。

個性を尊重するってことは、こういうことなのかしら。
まあ、そういえる一面もあるんでしょうけどね、ちょっと違うような。
「大事な課題や改善すべき点などは面談で伝えて、記録に残る所見にはマイナスな言葉は書かないようになった」
だけの通知表、意味ある?
学業の評価も分かり難いとママは言ってます。

田舎の、めだかの学校のような小学校で、6年生の時、担任のお気に入りだった私。
依怙贔屓だろうと私にもわかる通信簿で、私はとても嫌でした。
12歳で依怙贔屓される者の恥ずかしさを学びました。


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2017
12.20

老婆心

Category: 思うこと
ブログのyokkorinさんは、年末、気は焦るのに『カラだとアタマが別物』とミシン仕事などをしてらしたようです。
私も夜遅くまで映画を見て現実逃避してました。と言っても私の頭はもう年末だと焦ることさえ忘れています。

私は映画を見て、「うん、よかった」「つまんなかった」しか言えないので感想を書くのは他の人たちに譲って。
映画を作っている知り合いのことを書いてみようかな。
彼女とは、モンゴル旅行の時にツーリスト・キャンプで知り合いました。
後に、facebookを通じて彼女が映画を作っていたと知ったのでびっくりでした。

映画ってできあがっても、無名の監督のものは上映館を探すことから始まらなければならないし、壁はとても高いようです。
彼女の作品が静岡の映画館にかかることを知ったのは、夫が治験のために岡山大学に行った帰りでした。
途中下車して観ました。感想は、夫ともども「・・・、うーん・・・」

このために彼女は大きな借金をしたはずです。
30代後半、あるいは40代の彼女、今また、新しい作品の脚本を書いているようです。
「好きなこと・夢」に向かってひた走る彼女の若さが眩しく、羨ましいと思う反面、婆は、なんというか、痛々しくも思えるのです。

s-IMGP5225.jpg老人になってしまった私は、人間って、諦めの時期を見極めるのも大事かなって。
「夢を持ち続ければ、いつかは叶う」 これって、成功した人だから言える。
「夢を持ち努力を続けた、才能のあるひと塊の人」が夢の実現に立ち会えているんじゃないかしら。
もっとも、成功することが行き着く先ではないことが、その前に大事なんですけどね。

聡明な彼女ですから自分のことはきっと知っていると思うのですが、企画、脚本、監督、マネジメント、出演など、彼女はどこを向いているのかと婆は心配しています。

そんなこと思って書いているうちに、また点訳依頼がきましたわ。締め切りは年内ですって。映画どころではなくなってしまいました。


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2017
12.16

学力診断のためのテスト

Category: 思うこと
県内の公立校で、1月に「学力診断のためのテスト」があるそうです。
教育委員会のHPにQ&Aがありました。

Q 各学校においては、テスト結果をどのように活用するのですか。
A 各学校においては、年度内に当該校のテスト結果と県全体のテスト結果との比較を基に、指導上の問題点を明らかにして授業改善に役立てたり、児童生徒一人一人の学力の実態を把握して個別指導をしたりして、その学年で身に付けるべき学力が身に付けられるようにします。

と書いてあるのですが、彩椛の話ではこうです。
クラスでは、「教える係」と「教えられる係」に分けられ、「教える係」の人が「教えられる係」の人に教えながら過去問題に取り組むんだとか。

こんなことして問題はないんでしょうか。

「指導上の問題点を明らかにするため」の学力診断なのでしょう?
学校間の成績争いや、教師の力量比べではないんでしょう?

おかしいと思います。分からない子を分かるようにするのは先生でしょう。
「教えられる係」になった子の気持ちは考えないのでしょうか。
子どもたちが協力して、クラスの点数を挙げる取り組みですか。それって必要ですか。
「教えられる係」なんて言葉で誤魔化して、レッテル貼りすることを許せない。

ママは、「さいちゃんが『教えられる係』でなくて良かった」といいました。
そういう問題ではない! と怒りをぶつけましたが。
「教える係の子」の優越感、「教えられる係の子」の劣等感。
しょうがないことなんでしょうか。
先生が植え付けることでは無いと思いますが、どう思われますか。


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