2017
12.26

教師用アンチョコ

Category: 思うこと
昨日通知表の所見欄のことを書いたのですが、いつごろからソフトな表現になったのかなと気になりました。
我が子のころはそんなふうに感じてなかったので、それ以降かなと調べたら書いてありました。
90年代以降だそうです。個性を重視する教育が言われるようになったからだそうです。

教師用のアンチョコも存在するんですって。
例えば問題行動は、

騒がしい          明るい、活発な
怒りっぽい         感受性豊か
落ち着きがない       好奇心旺盛
いい加減          こだわらない
反抗的           自立した



と言い換えるのだそうです。
あらまあ、孫の所見を深読みしなければならないわ。

個性を尊重するってことは、こういうことなのかしら。
まあ、そういえる一面もあるんでしょうけどね、ちょっと違うような。
「大事な課題や改善すべき点などは面談で伝えて、記録に残る所見にはマイナスな言葉は書かないようになった」
だけの通知表、意味ある?
学業の評価も分かり難いとママは言ってます。

田舎の、めだかの学校のような小学校で、6年生の時、担任のお気に入りだった私。
依怙贔屓だろうと私にもわかる通信簿で、私はとても嫌でした。
12歳で依怙贔屓される者の恥ずかしさを学びました。


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2017
12.20

老婆心

Category: 思うこと
ブログのyokkorinさんは、年末、気は焦るのに『カラだとアタマが別物』とミシン仕事などをしてらしたようです。
私も夜遅くまで映画を見て現実逃避してました。と言っても私の頭はもう年末だと焦ることさえ忘れています。

私は映画を見て、「うん、よかった」「つまんなかった」しか言えないので感想を書くのは他の人たちに譲って。
映画を作っている知り合いのことを書いてみようかな。
彼女とは、モンゴル旅行の時にツーリスト・キャンプで知り合いました。
後に、facebookを通じて彼女が映画を作っていたと知ったのでびっくりでした。

映画ってできあがっても、無名の監督のものは上映館を探すことから始まらなければならないし、壁はとても高いようです。
彼女の作品が静岡の映画館にかかることを知ったのは、夫が治験のために岡山大学に行った帰りでした。
途中下車して観ました。感想は、夫ともども「・・・、うーん・・・」

このために彼女は大きな借金をしたはずです。
30代後半、あるいは40代の彼女、今また、新しい作品の脚本を書いているようです。
「好きなこと・夢」に向かってひた走る彼女の若さが眩しく、羨ましいと思う反面、婆は、なんというか、痛々しくも思えるのです。

s-IMGP5225.jpg老人になってしまった私は、人間って、諦めの時期を見極めるのも大事かなって。
「夢を持ち続ければ、いつかは叶う」 これって、成功した人だから言える。
「夢を持ち努力を続けた、才能のあるひと塊の人」が夢の実現に立ち会えているんじゃないかしら。
もっとも、成功することが行き着く先ではないことが、その前に大事なんですけどね。

聡明な彼女ですから自分のことはきっと知っていると思うのですが、企画、脚本、監督、マネジメント、出演など、彼女はどこを向いているのかと婆は心配しています。

そんなこと思って書いているうちに、また点訳依頼がきましたわ。締め切りは年内ですって。映画どころではなくなってしまいました。


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2017
12.16

学力診断のためのテスト

Category: 思うこと
県内の公立校で、1月に「学力診断のためのテスト」があるそうです。
教育委員会のHPにQ&Aがありました。

Q 各学校においては、テスト結果をどのように活用するのですか。
A 各学校においては、年度内に当該校のテスト結果と県全体のテスト結果との比較を基に、指導上の問題点を明らかにして授業改善に役立てたり、児童生徒一人一人の学力の実態を把握して個別指導をしたりして、その学年で身に付けるべき学力が身に付けられるようにします。

と書いてあるのですが、彩椛の話ではこうです。
クラスでは、「教える係」と「教えられる係」に分けられ、「教える係」の人が「教えられる係」の人に教えながら過去問題に取り組むんだとか。

こんなことして問題はないんでしょうか。

「指導上の問題点を明らかにするため」の学力診断なのでしょう?
学校間の成績争いや、教師の力量比べではないんでしょう?

おかしいと思います。分からない子を分かるようにするのは先生でしょう。
「教えられる係」になった子の気持ちは考えないのでしょうか。
子どもたちが協力して、クラスの点数を挙げる取り組みですか。それって必要ですか。
「教えられる係」なんて言葉で誤魔化して、レッテル貼りすることを許せない。

ママは、「さいちゃんが『教えられる係』でなくて良かった」といいました。
そういう問題ではない! と怒りをぶつけましたが。
「教える係の子」の優越感、「教えられる係の子」の劣等感。
しょうがないことなんでしょうか。
先生が植え付けることでは無いと思いますが、どう思われますか。


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2017
09.15

古着回収

Category: 思うこと
使用済切手を整理するボランティアに友が参加するようになって、私も家から近いし、会っておしゃべりもできるからと、月2回の集まりに参加しています。
きょうがその日でしたが、本日は別な仕事が待っていました。
赤い羽根募金を商店や事業者などに案内するチラシの発送作業でした。

発送作業は家族会で経験しているのでお安い御用。
ところが、チャッチャとやりたいのに、なにやら長い間の決まりごとがあるらしく、それが私からするととっても非効率的。
「それ ・・・・・・」喉元まで出かかりましたが、我慢、がまん。
こんな時に物申すと、ろくな目に遭いません。

それでも私のできる範囲はチャッチャと済ませ、予定時刻をだいぶ残して作業が終了しました。
そしてその後、見たくないものを見てしまったのです。
このグループは、古着を途上国に送る団体に協力していて、きょうが回収日だったのです。
その集まった衣類をテーブルの上に広げて、品定めが始まる模様でした。
「あ、これ、いくらだったら買う?」などと言う声が聞こえます。
団体に提供する前に、バザーに出品できそうな良品をピックアップして、しかも、自分たちで値をつけて先に買ってしまうのではないでしょうか。

ということは、売れそうなものはバザーに、そして自分たちが欲しいものはその前に、売れないようなものは発展途上国に、という図式になりますか。
何かが違うんじゃないか?
夫の衣類を途上国の人たちに着ていただきたいと選んだのですが、テーブルの上で値踏みされ、もしかしたらポイっと扱われ、などと思うと悲しくなりました。
そんなこと夢にも思ってなかったのですが、ブロ友さんが、「思い出の品物、大事になさい」とコメントくださっていたこともあり、思い出深いものは提供品から外していたのが、今となっては良かったと、複雑な思いで胸をなでおろしました。

代表の「見て行かないの?」という言葉に首を横に振り、「お疲れさまでした」と帰りました。


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2017
08.29

エリアメール

Category: 思うこと
エリアメールの音って、緊急地震速報に比べたら、なんか間の抜けたような音だと思いました。
「ミサイル発射。ミサイル発射」って言われても、どうすればいいのでしょう。
早朝に飛び出して、どこまで走れっていうんですか。その頃にはもう到達してるでしょう。
我が市には防災行政無線や有線放送はないので、携帯メールだけが鳴りました。
娘は彩椛を起こして、一応着替えさせたそうです。うーん、私の娘とも思えない行動じゃないかい?

私は、携帯が傍に無かったので、2回目の「ミサイル通過」で初めて知りました。
こんな私も含めて、「ミサイル発射。ミサイル発射」がなんの役に立つのかと思うんです。
不安になるだけのような気もするんですが。
着弾点の予測は不確か。近くに隠れる安全な場所なんかない。
そんな私たちはアラートが鳴ったからって何をすればいいのか、不安になるだけでしょう?
なにか有効な手だてはないものでしょうか。

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・


今月の初めごろの早朝に女性の泣き声で起こされてからこの方、早朝の眠りが特に浅くなってしまいました。
いつも何となく眠いです。お昼寝は得意なので心配はないのですけど。
得意ってどういうこと? はい、15~20分で目が覚めます。
理想的でしょ、熟睡です。
机に突っ伏して眠るんです。正座して寝るとこもあります。しびれる頃が15分です。

ということで、今夜も早くにおやすみなさい。


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2017
07.06

最後の言葉

Category: 思うこと
「最後の言葉」にまたまた反応しました。
夫がなにも言い残さなかったことに淋しさを感じているからだと思います。

幾人かの闘病記などに記されている、別れのシーンや言葉に涙した私でした。が私にはそんなシーンも言葉もなかった。
それが何なのだ、と言われれば、答えに窮します。ドラマみたいなことがあると思っていたのか、と問われれば、いいえと答えます。
でも、死期を悟った病人がさりげなく残す言葉、それが感謝の言葉だったら、残された者が、その後を生きる時にどんなに支えになることだろうと思うのです。

今朝の朝日新聞「声」欄に <「ありがとう」 亡夫が守った約束> と88歳の方の投書が掲載されていました。

投稿者が60代の頃に、亭主関白のご主人に言ったことがありました。
「あなたに『ありがとう』と言われたことがありませんね」
ご主人はその時、「死ぬ前にいうよ」とけろりと答えました。
・・・
晩年。老人ホームに入居したご主人の面会に行った冬の日、カーディガンを背中から着せかけた奥さんに「ありがとう」とご主人。
そしてその日の夜、心臓発作で帰らぬ人になったのです。約束を守られて。


夫の「この女・・・」発言となんという違いでしょう。
「ありがとう」や「愛している」の言葉が欲しかったわけではないのです。
「この女・・・」が最後の言葉であるはずのないことは、私がいちばん知っています。
でもね、なんだか淋しい、この投稿者が羨ましいと、思ったわけですよ。



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2017
06.25

無知と貧しさ

Category: 思うこと
「タンクローリー炎上 125人死亡」のニュースに胸が痛みます。

パキスタンでタンクローリーが横転し、爆発・炎上。125人が亡くなり、100人以上が負傷したということです。
なぜ、こんなに大勢の犠牲者がでたのでしょう。
それは、横転したタンクローリーから流れ出た石油をすくい集めるために、バケツ片手に人々が集まり、何人かが煙草吸っていたからではないかということのようです。
これに似た事故は過去にナイジェリアとケニアでも起きているそうです。

このニュースを見て、無知と貧しさということを思いました。
横転したトラックから石油が漏れていると聞いて、数100人がバケツを持って集まるという貧しさ。
家の燃料の足しにしようとしたのでしょうか。いえ、たぶん売るためなのではないかと私は思うのです。
子どもは混じっていなかったのでしょうか。いたのではないでしょうか。
日本も貧困家庭が増加しているという報道があって、胸が痛くなりますが、比較にならないこれらの国の貧しさに胸が塞がります。

流れ出た石油の周りで煙草を吸っていたという、常識が育たない環境ゆえの無知。
育つべき常識にさえ触れる機会がないままに、大人になった人々。
やはりこれも貧しさが底辺にあるのでしょう。

ああ、今幸せを受け取っている私たちは、幸運の星のもとに生まれただけだということが言えるかもしれない。
ああ、今こうしてキーボードなど叩いている自分。胸が塞がると書いただけで良いのだろうか。

世界中の子どもたちがもれなく教育を受け、働く人になり、経済を発展させることで貧しさから抜け出すこと。
遠くても、まわり道でも、これがいちばん近道なのかもしれないと思ったことでした。
(でも、いっぽうでは、資本主義経済の歪みが、豊かな国では広がっているそうな。なにが良くて、なにがいけないのか、一概には言えなくなっているという人もいるようです)


追記: 昨日見たときは、「石油」と書いてあったので「ガソリン」ではないのかと疑問に思いながら書きました。
今朝見たらガソリンとなっていました。石油じゃ引火しないよな、と思っていたので訂正されてよかったです。
が、石油って書いてあったと思っていた私の見違いかもしれません。こんなに「ガソリン」「ガソリン」て書いてあるのに見落としていたのか、私、自信がなくなった・・・


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2017
06.09

原子力

Category: 思うこと
何を思って、何を書けばいいのか分からないのですが。
6日に大洗町の日本原子力研究開発機構の事故のニュースを聞いた時、「え、また?」と思いました。
茨城県では約20年前に、東海村で臨界事故が起きています。
その時は核燃料を作る工程で、マニュアルを守らずに、バケツで溶液を混ぜたと聞きました。
今回はウランやプルトニウム入りのビニール袋が破れたと。
「なんだそれ、子どもの水遊び砂遊びじゃあるまいに」と思いました。

私の住んでいるところから、東海村のJOC、大洗町の原研まではともに25kmくらいです。
JOCの事故の時は夫の会社が10㎞しか離れていなくて、屋内退避、換気装置停止の命令が出て、帰ってくるまで心配だったことを思い出します。
茨城には日本初の東海原子力発電所と東海第2原子力発電所があります。
先の大地震・大津波の時、東海第2が「フクシマ」になったかもしれないことはあまり知られてないかもしれません。
外部電源を失ったあと、ディーゼルポンプがかろうじて動いていたことは、いくつかの幸運が重なったからだと知っていますか?

身近にこんな危うい施設があって、危うい作業が続いていること、こんなことがあって初めて知ります。
私たちの故郷は「フクシマ」から30km。
なんだか、何を言っていいのか分からないけど、原子力から逃れられないんだなぁ私、と思ったのでした。

何を書けばいいのか分からない情けない記事のあとはお口直し。
黄色のスカシユリ。元気でしょう?

s-IMGP4737.jpg


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2017
04.26

ヨーコさん

Category: 思うこと
週刊誌の広告に、<「オノ・ヨーコ」の幻覚型認知症>という見出しを見ました。
<バイタリティも巨万の富も病魔を阻めなかった!!>とも。

彼女のことを、「この女がビートルズをダメにした」と言うファンもいましたね。
その彼女に酷ないい方かもしれないけれど、みんな平等なのね。
病気や命、お金ではどうにもできないということを知らしめた。その点でよかったと思うのですが、こんなこと書くとまた非難を受けるかな?
断るまでもなく、私は彼女の病気を喜んでいるのではないですよ。

高度な医療を受けたところで治らない病がある。
命に終わりがあることは人の知恵が及ぶところではない。
それが人間に平等にあることにホッとしたのでした。
ごめんなさいね、ヨーコさん。こんなこと書いちゃって。
お詫びに。



ジョンの愛は 永遠ですね ヨーコさん


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2017
03.08

『竹林はるか遠く』『続・竹林はるか遠く』

Category: 思うこと
次の1冊の点訳が終わりそうです。『続・竹林はるか遠く』
もしかしたら没になるかもしれない点訳ですが、ぜひやりたかったので見切り発車です。
まず正編を読んでから取り掛かりたいと思い、図書館から借りて読みました。

終戦直前、ソ連軍の侵攻から逃れるために、朝鮮半島羅南から母娘三人で苦難の南下。
ようやく日本に帰れたものの、母親は病死。娘二人が戦後の混乱を物乞いのような暮らしをしながら誇りを持って生き抜く。

私が戦争の記録を読み始めた最初の本は、父が買ってきた『父の戦記』だったのではないかと思います。
父も「戦記」を寄せようと思っていたようですが、朝鮮半島の山の中で、戦闘も知らず、ボーイスカートの延長のような伍長さんだった父の筆は、進まなかったようです。
初版本を読んだのは高校1年生だったか?
戦争の本当の姿を見せられて、私はずいぶんショックを受けました。
戦争を憎みました。罪のない市民が殺すか殺されるかの戦争に投入されて、体も心も失ってしまうことが悲しかった。
そうして私はこの本から、事実はどんな小説にもかなわないとわかり、ドキュメンタリーに傾いていったのでした。

『竹林はるか遠く』『続・竹林はるか遠く』 
はじめにアメリカで出版されて、いくつかの箇所で記述に誤りがあると指摘され問題になったそうです。
けれどその部分をも含めて、戦争によって軍人でない市民の苦しみや、これでもかこれでもかと襲ってくる苦難に立ち向かう、勇気と力が描かれている本だと思います。
作り物ではない強いメッセージを受け取りました。

☆☆☆ ――――――――――――――――――― ☆☆☆




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  マルタ騎士団の象徴 マルタ十字
  数100年間 
  数多の人々が踏んだであろう 石段
  すり減った階段が 分かりますか



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