2017
11.02

名取先生

患者と家族の会 関東支部の役員会出席のため東京に行っていました。
出席者に名取医師の姿を見て嬉しかったです。
主治医にいま一つ信頼感の持てなかった夫は、名取先生にお会いできるのを喜んでいました。
なんでも聞けるし、なんでも答えてくれると信頼を寄せていました。
手術はできないこと、アリムタのほかに有効な治療手段のないこと、余命のこと、抗がん剤の止め時のこと ・・・
先生と出会わなかったら、寄る辺ない治療生活を夫は耐えられただろうか。

s-月
書いてみたいことがあったのですが、上手く文にできなくて消してしまいました。
帰りのバスの中から撮ったスカイツリーとお月さま。
車内の灯りが窓にうつって邪魔ですが。

写真でお茶を濁して、おやすみなさい。


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2017
10.15

遺族の声

中皮腫・患者と家族会の会合などに参加して、いままではサポートを受ける立場でしたが、これからは、微力ですが、サポートをする仕事を与えられました。
知識も少なく若くもない私が、ひとさまのお世話ができるかどうか心もとないですが、足と口が元気なうちは頑張ってみようと思います。
手はじめが昨日載せた「アスベスト被害者相談会&講演会」です。
先輩の後について邪魔にならないようにがんばります!

s-IMGP5049.jpg写真は昨日家族会で頂いてきた冊子です。
聖路加国際大学 看護学部の長松康子先生が中心に調査された、中皮腫患者の遺族に対するアンケートをまとめたものです。
家族は第2の患者とおっしゃる長松先生の温かい気持ちが、透けて見えるような調査結果にまとめられたと感じました。
と同時に、患者も家族も、とても納得いく医療を受けられたとは言えない、寒々しい治療の現実も見えています。
グラフなどでまとめられた前半。後半は、文書回答が続きます。
このたくさんの声が、提言が、医療者や看護者に、世間の人たちに届いてほしいものです。
私にできることは、折に触れて、このブログに書いていくことでしょうか。訪れてくださる10人の方が、3人の方に話されて、その方がまた3人に話してくだされば・・・
アスベスト疾患は過去の病気ではなく、これからも増え続ける病気です。関心を持ち続けて欲しいと思います。


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2017
10.14

埼玉・本庄相談会

家族会のお手伝い、東京亀戸で1日を過ごしました。
小雨の肌寒い朝7時に家を出て、夜6時に戻りました。
月に1回、家族会の皆さんに会うために出かけています。
家族会といっても、闘病中の患者の家族がボランティアに割ける時間は難しく、つまるところ遺族会となってしまうのは仕方のないこと。
最初に参加した時夫は元気で、みなさんにびっくりされたことでした。
できるだけ参加するようにと夫が言っていましたし、みなさんとの語らいが楽しみで、1日お出かけも苦になりません。

来週は埼玉県本庄市で「アスベスト被害者相談会&講演会」があり、そのお手伝いを引き受けました。
そこで宣伝です。(写真をクリックすると、少しは大きな画面になるかもしれません)

知らないだけで、本当は身近にあるアスベストのことを正しく理解していただきたい。
患者さんの力になりたい、埋もれている患者さんを救いだしたい。
そういう思いで活動しています。

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2017
07.15

14日、15日

14日東京へ向かいました。
衆議院第二議員会館です。お上りさんでもスマホの乗換案内を見ながら、最短・最安な路線で行けます。
乗換ホームも教えてくれるし、出口も教えてくれますね。それからはGoogleマップが道案内。

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こんな通行証を下げ、ピピッとゲートをくぐります。

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家族会関東支部世話人が意見を述べています。
対する役人は、手前は環境省、奥は厚生労働省。

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交渉後、記者会見が行われました。
これらはその日のニュースで取り上げられたそうです。


こういう会合に参加したのは初めてなので、びっくりさせられました。
十年一日のような、のろいのろい交渉ごとのようです。
しびれを切らした関西を中心にした会員が怒りの声を飛ばします。役人を叱ります。
結局は今年も時間切れのようです。でも持ち帰って検討しますという回答が2,3あったのは少し前進なのだそうです。
こんな場にふさわしくない感想かもしれませんが、私の感想。
「へ~~、行政の先頭に立っているのは、こんな若者なんだ。エリートかもしれないけど、ちと心もとない?」
もうちょっとアスベストのことを勉強してから臨んでもらいたかった。

夜は懇親会。さまざまな人に出会い、いろいろな話をお聞きし、また聞いてもらいホテルに戻ったのは23時を過ぎていました。

きょう15日は、東京工業大学の「くらまえホール」で「アジア・世界のアスベスト禁止をめざす国際会議」を傍聴しました。

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オーストラリア・マレーシア・インド・韓国・香港・イギリスの方々の報告があり、これにつけたイヤホンで初の同時通訳を体験しました。
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6人のゲストのうち4人が女性。労組や労連の事務局長などです。
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午前2時間、午後3時間のびっしり詰まったスケジュール。
脚がむくんでしまいました。
きょうは昨日とは違う人たちと隣になって、親しくさせていただき、帰りは東京駅までご一緒して、再会を約しました。

高速道路はノロノロ。
おかげでスカイツリーが撮れました。

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2017
06.13

アスベスト環境ばく露

昨夜のテレビ、「クローズアップ現代+」は反響が大きかったようです。
きょうは500件を超える相談があったと報道されました。
あすも、患者と家族の会は電話での無料相談を受けつけています。

高度成長期に結婚した私たち世代は、公営団地住まいをした者が多いのではないでしょうか。
かくいう私たちも5年間団地住まいをしました。その団地は、室内にはアスベストは使われてなかったと思いますが、階段の踊り場にあるパイプシャフトの中は、アスベストがあったような気がします。

夫はそのこと以前に、仕事でアスベストとの関わりが深かったわけですが、実は私もリスクゼロではないのです。
というのは、アスベストが付いた夫の作業着を洗濯していたからです。
洗濯するときに服に付いたアスベストを吸い、現に発病して亡くなった女性が数人いるということです。
このように、仕事に関係がないところでアスベストを吸っているかもしれない人も含めて、これからの10年くらいで発症のピークになるそうです。

昨日のテレビで世間の関心は高まったように見えますが、それを一時のこととしないように頑張っているのが、アスベストなど労働災害の支援をしているNPOの方々です。
世間の関心が医療や行政を動かしていく、と昨日出演していた名取医師は以前から言い続けておられます。
世間の関心が途絶えないようにと、NPOの職員は熱いです。
私も微力ですができることをさせてもらっています。


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若芽がピンクの白露錦。春先に撮ってあった写真です。


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2017
06.12

放送を前に

土曜日に患者と家族の会の手伝いに行った時に聞きました。
きょう月曜日10時の「クローズアップ現代+」でアスベスト被害を取り上げるそうです。
きょうは家族会の事務局から、7時のニュースでも放送するとメールがありました。

NHKサイトから引用します。

“静かな時限爆弾”と呼ばれ、数十年の潜伏期間を経て中皮腫や肺がんを引き起こすアスベスト。これまで労災認定などの対象となった人は2万人を超える。今回、NHKが患者の支援団体やNPOの協力を得て調査したところ、全国各地にある公営住宅に暮らしていた人たちが、アスベストのリスクにさらされていたことが判明、こうした住宅の戸数は2万戸超、住んでいた人の数は推計で23万人あまりとされる。被害を防ぐにはどうしたらよいのか、専門家の知見を通して考える。


お父さん、アスベストをを30分弱でどのように纏めるのか。
モヤモヤ不満が残るんだろうね。しかたないね、30分じゃ無理だもの。
でも、これをきっかけに、みんなにアスベスト被害のことを真剣に考えてもらえればいいね。
被害は労働者ばかりじゃないんだもの。どこにいても、誰でも被害者になり得るんだものね。


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2017
03.18

ホットライン・講演会・交流会

茨城県民文化センター会議室、きょうが本番でした。
講演会が13時から。それに間に合えば良いのですが、気になるのでホットラインの会議室へ差し入れを持って早めに顔を出しました。
開始から1時間がたっていましたが、直接訪れてくださった方、電話も何本かかかってきているようで、対応のスタッフが忙しくしていました。

アスベストを心配している人、家族のかた、こんな電話は少ないほうが良いのですが、それでも、新聞記事を見てくれた人がいたんだ、何かお役に立っているんだと思うと、ホッとした気持ちになりました。
相談総数は10数件になったそうです。
感心を持ってもらうことがいちばん、そして次には救済につながるお手伝い。茨城での第1歩が始まったようです。

交流会では、去年夏にお見舞いに伺い、冬の初めにご主人を亡くされた方がお見えになり、お悔やみをいうことができて胸のつかえが取れました。
家から外へ足を運ぶ、このことができたことだけでもこの方にとっては大変なことです。気持ちを奮って出てきてくださってとても嬉しいです。
県北・県南から出席くださった方たちもいらして、有難いことです。

交流会は予定時間を大きく過ぎて、「またお会いしましょう」と声を掛け合って別れました。


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世界遺産に登録されたヴァレッタ
休日はこんな具合


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2017
03.16

記者会見

つまらない、つまらないと言っていたけれど、まあ、やることはやっていた毎日でした。
まずは点訳、順調に進んでいます。
点訳の先輩とも skype で思いっきりお喋りしたし、雪の心配がなくなったら遊びに行く約束もして。
だから、ウダウダ言うのは止めました。
明日は友だちとのランチの約束もあります。
あら、まあ、忙しくなりました。

きょうは、県庁の記者クラブとやらへ行って、明後日18日の集まりの広報記者会見に臨みました。
アスベスト疾患・患者と家族の会が、講演会と電話相談会、そして交流会をします。
事務局から二人、私ともう一人の遺族が出席しました。
5社の記者が取材してくれ、4人がそれぞれの立場でお話をして、その後質問に答えて。
30分の予定が1時間以上も話を聞いてもらえました。
明日と明後日の朝刊の地方版に記事を書いてもらえそうです。

まずは、快調なスタート。18日にどれだけの人が集まってくださるか。

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マルタ島からフェリーでゴゾ島へ


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2017
02.28

ホットライン相談会&講演会

患者と家族の会の事務局からメールがきました。
中皮腫の相談会と交流会へのお誘いでした。

「アスベスト被害 ホットライン相談会&講演会」を茨城で開催します。
アスベスト被害を世間に知ってもらい、被害者の発掘、救済の手助けをしようというのが趣旨です。
茨城の救済・補償は全国平均を下回っているそうです。
どこに相談して良いのか分からない人、手続きの難しさに足踏みしている人たちの相談を受けるホットラインを開設します。
患者・家族・遺族の交流会も行います。そこへの参加のお願いでした。
それに先立つ、県庁の記者クラブでの会見にも出席できないかということでした。

夫は自分が役に立つことならどこへでもと、家族会の10周年の集いへも出席し、壇上でコメントをしました。
私にもできるだけみなさんの役に立つようにと言い置いていました。
ですが、ひとつ気になることがあって、子どもたちに相談しました。

なぜ自分で決められないかというと、それは。
アスベストで命を奪われたというのに、労災給付を受けているということで妬まれて、いわれのない中傷を受けた遺族がいるのです。
「労災給付を受けていることは他人には知られないほうがいいわよ」
ほんとうに悲しいことです。

そんなことに負けないで! でも夫を喪ってまだ1年半、傷つくのが恐いです。
子どもたちは当然、お母さんがしたいようにすればいいと励ましてくれました。
けれども、名前・写真は伏せてもらうのが良いのではないかと。
嫌な心配だけれど、名前を出して傷つくかもしれないお母さんが心配。だって珍しい苗字なんだもの。
それにお母さん、独居老人だし、どんな悪い奴がいるかもしれない。

正々堂々とすればいいと思うけど、子どもたちの心配も考えて、小骨がひっかかったような形だけれど、匿名で臨むことになるかもしれません。悲しいけど。
でもね、お役にたてるよう、精一杯がんばります。


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電話かけるからさ、写真撮って。
どこへさ? ふりだけ。

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ちょと、この歩道アビーロードっぽくない? 
とくればこのポーズだよね。



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2017
02.12

家族会での昔話

昭和24年生まれの私ですが、私より若い方たちには、全く違う世界のような話かもしれません。
昨日の家族会の時に話題にして、私の記憶が間違いではなかったことが分かったので書いてみます。

昨日集まった遺族は私を入れて7人でした。そのうちの3人が同い年だと分かりました。それから3人が福島県出身、山形・秋田と東北出身が5人いました。
そこで上京した時の話になって、私がみんなにこう聞いたのです。

「私の周りではそんな記憶はない。戦後23年経ってるのに、そんなことあるわけないとずっと否定されてきたけれど。昭和43年に上京した時に、住民票と一緒に米穀通帳をを持って区役所に行った記憶があるのよ。思い違いかなぁ」
すると、
「そうそう、そうだったよ。それがないとお米が買えないということはなかったけど、住民票の移動の時はセットだったよ」
「実家が農家だったから米穀通帳を持ってなかったんだけど、その時に作ったよ」
「寮に入るときに、米穀通帳と一緒に、お米も提供させられた記憶があるよ」
いろいろ出てきました。
中学の修学旅行の時、お米を袋に入れて持って行って旅館に出したとか、信じられますか?
たぶん、私たち昭和24年組が最後かもしれないと思いましたが。ほんとうにそんなことがあったのです。

それから、修学旅行専用列車「きぼう」「ひので」の話など、手もしっかり動かしながら、同年代の者たちが喜ぶ話で盛り上がる楽しい集まりでした。
「ここにねぇ、お父さんたちがいたら、もっと盛り上がったのにね」
みんなに共通する思いでした。


s-P_20170205_081241.jpg先日新聞に載った環境再生機構の「石綿健康被害救済制度」の広告です。
藤本義一さんも中皮腫で亡くなっています。スティーブ・マックイーンも同じ病です。

昨夏の石綿健康被害救済小委員会を多くの患者・家族が傍聴しましたが、再生機構のこの広告に貢献できたのだとすれば嬉しいことです。



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