FC2ブログ
2018
11.17

片づけ

家事を一通り終わらせてPCの前、お茶を飲みながら一巡して、いつもなら編み物を手に取るのだけど、きょうはふと魔がさして。
(こんなにいい天気の時にやらなくていつやる!?)と思ったのです。
物置にあるカヌーとキャンプ用品の点検のつもりでした。

キャンプ用品カヌーを最後に使ったのはいつだったか。亡くなる半年前だったと思います。
ちゃんと収納したのかどうか、ずっと気になっていました。お天気のいい時に一度広げなくてはと思っていました。
組み立て式のカヌーですが重いんです。20キロ以上はあるでしょうか、一人で引っ張り出すのは容易じゃない重さなので、そのうち、そのうちと後回しにしていました。
ーー 本当に重かった。腰が、足が、腕が、指が、痛タタです。
でもきれいにしまってあるのを確認して安心しました。

いちばん大変なのはキャンプ用品。いつの間にか買っていたという物もあって、笑っちゃう。ぎっしり詰まっていた物を全部外へ出しました。処分するものを選んで袋に入れたり、縛ったり。そのせいでばね指がパキン。結構ひどくてちょっと痛くて、作業を中断。

次は工具類。私には全部要らないものばかりだけれど、捨てるには惜しいものもあるので、夫の友だちに見てもらおうと 1か所にまとめました。

リール
最後は釣り用品。これもたくさんありました。やはり捨てるのは惜しいものばかり。誰かに使ってもらうのを待ちましょう。のっぽ孫が使うかもしれません。何度か一緒に釣りに行ってます。

最後の春に買ったリールと入漁券。
年券を買ったのに数回しか行けなかった
久慈川水系四時川。

捨ててもいいけど、とりあえず仕舞ったものもあります。纏めておいたので、ちょっと考えてから捨てることにします。
もうこんな大がかりな片づけは、この後はできないかもしれません。それほど疲れました。
体も辛かったけれど、気持ちも辛かった片づけでした。
懐かしさと、淋しさが一気に押し寄せてきました。

Comment:6  Trackback:0
2018
11.05

臨床宗教師

昨日の講演会は、グリーフ・ケアとはなんぞや、グリーフ・ケアを世間に知ってもらおうというという講座だったのかな。
始まりの講座というところでした。正直言ってちょっと期待外れ。
でも、こういう事から物事は始まるんですから、そんなこと言いっこなしね。

収穫だったことは、医師から見たグリーフ・ケアについての講演が期待通り(?)だったこと。
講演者の医師は特に外科医だったからということもあって、グリーフ・ケアなんて考えたことがなかった、と正直な話をしました。ケアしたと言えば、それは後輩の医師に対してだそうです。例えば手術の結果がうまくいかなくて落ち込んでいる医師、責任を感じ悩んでいる医師などに対するケアはその時々にしていた、という話ですよ。患者・家族・遺族の精神面への視線は感じられないです。
そうは言うものの、この医師は、講演をするにあたってグリーフ・ケアを勉強したこでしょうから、それをこれからに活かして欲しいと思います(上から目線の物言いですが、このかたは某大学の副学長です。すみません素人が)。

もう一つの収穫は、「臨床宗教師」の話が聞けたことです。
臨床宗教師ってご存知ですか?
クローズアップ現代
”穏やかな死”を迎えたい ~医療と宗教 新たな試み
YAHOO!ニュース
「死への恐怖」にどう向き合うーー死期迫る人に寄り添う臨床宗教師

よくできていると思いますので、ご覧になってください。
(いつかは消えてしまうサイトかもしれないので私はWordにコピーしました)

講演会のディスカッションの時間は、みんなが書いた一言メモに沿って講演者が答えるという形式でした。
これはどうでもいいことですが、私のメモも司会の中井美穂さんが読み上げました。さすがアナウンサー、講演者の話を引き出し、まとめる技術にうならされました。

臨床宗教師、いつでもどこでも会いたければ会えるように、早くなって欲しいです。
台湾では、患者の最後の主治医はお坊さんだというようなことを、どこかで見ました。
欧米でいうところの「チャプレン」が臨床宗教師ですね。日本にも根付いて欲しいと強く思います。
患者だけでなく、家族も遺族も聞いて欲しいことがたくさんあります。このことはまた、いずれ書きたいと思います。

Comment:0  Trackback:0
2018
10.12

止め時

昨日お会いしたAさんは、3~4回の開腹手術。抗がん剤、治験による凄まじい副作用、ストーマの設置・・・などなど、想像を絶する7年だったようです。
死ぬわけにはいかない、治るんだ治すんだと突き進んできたのでしょう。その結果が医師からの言葉「もうややるべきことがない」。
おそらく私のこんなブログは読むことはないでしょうから、書くのですが、「緩和ケアを探しなさい」と言われるまで戦い続けたことは、Aさんの辛い時間をもっと辛いものにしてしまったのではないでしょうか。

夫のセカンド医名取医師は、夫の人となりを探る会話のあとの早い時期に、抗がん剤の止め時の話をされました。
元気で好きなことができる時間を大事にしていくためには、決断の時があると。

私はそのことがとても大切なことだったと、夫のそばにいて感じました。
遊んで、遊んで、好きなものを食べて飲んで、気ままに暮らして、「俺は好きなようにさせてもらった。もっとやりたいこともあるけれど、これくらい自由にしたんだから・・・」と言いました。

残った者はああも、こうもと悔やむことばかりだけれど、夫のこの言葉を思い出せば救われる思いになります。
気の利いた別れの言葉が無かったことを不満に思うこともある私ですが、こんなありがたいことを言ってくれたこと・・・もう何も言えません。

Comment:4  Trackback:0
2018
09.14

「いない」ときに「いる」

以前に紹介した幡野広志さんがFacebookに、糸井重里さんと対談した記事を載せていました。
「これからのぼくに、できること」 “死”についての話です。
糸井さんの『ほぼ日刊イトイ新聞』に掲載されたものらしいです。

なかで私が書きとめたものは。

ぼくにとって、犬(ブイヨン)と歩いた散歩道は
いま、ぜんぶが「犬のいない道」なんです。
でも、ぼくがそこに空白を感じているあいだ、
犬が「いない」と思っているあいだ、
犬はずっと「いる」んですよ。
だからうちの犬は、
いまでもぼくと一緒に歩いてますよ。


「犬」を夫の名に置き換えて読みます。すると気持ちがスッと中に入り込むのです。

そこに空白を感じているから私はいつでも夫を感じることができる。
「いない」と思う時こそ、そこにいる・・・慰められる言葉です。

夫のFacebookに今年も誕生日のメッセージが届いていました。
みんなの心に生きていられる夫は幸せ者なのでしょうね。

『ほぼ日』は以前は読んでいましたが、夫の病気の頃から読む時間が無くなってしまいました。内容が豊富過ぎますから。
これも何かの縁と、また読むことにしましょう。なかなか面白いサイトですよね。

Comment:8  Trackback:0
2018
07.11

悪くはない

きょうは少し思うところがあって、3年前の自分の過去記事を読み返してみました。
辛い、思い出したくない気持ちでしょうね、と言われれば、勿論そうに決まっています。
けれど、読み返してみると、その時の夫の様子などが昨日のことのように思い出されて、「悪くはない」気持ちにもなるのです。
「悪くはない」というのは、辛さだけでなく懐かしさもあるということです。もう1度その時を過ごしているといえばいいか。
ああしてやれば良かった、こうしてみたかった、後悔ばかりですが、一所懸命に過ごした二人の時間が確かにあったこと、なんと言えば良いか・・・「悪くはない」気持ちになったのです。

相撲
2013年の今頃はモンゴルにいました
まだ病気のかけらもなくて・・・
休憩時間 モンゴル相撲のガイドさん

Comment:6  Trackback:0
2017
09.16

思い出の国

彩椛と図書館に行きました。
予定が詰まっていて、本にまで時間が回らないのに、1冊だけ借りてきてしまいました。
帰ってからパラパラめくると、以前に借りたような気がします。
更にめくると、ああ、やっぱり読んでいる。

詩人で童話作家の間所ひさこさんの『その日は、静かに訪れた』
縁あってまた手に取ったのだろうと、少し読んみました。
書き写すのは著作権法に抵触するだろうか。抜粋ならいいでしょうか。


わたしは、メーテルリンクの『青い鳥』のなかの、「死者は思い出の国で眠っていて、思い出される時にいきいきとめ目をさます」という場面が好き。
でも、ほんとうは、どうなのだろう。孝さんが逝ってしまった後には、何の気配もない。風になったのだと思うことにしているが、風はただ吹くだけで、感情を持ってはいないのだ。


思い出の国で眠る夫は、みんなの思い出の中で、眠る暇がないかもしれない。
風になってモンゴルに行ったと思った、強い風の吹いたあの日が近づいてきます。


Comment:4  Trackback:0
2017
05.10

思いがけないこと

私はいまだに携帯電話を使っていて、それは夫のお下がりです。
電話帳も夫のものを削除せず、私の電話帳を書き足しています。
今朝、間違って夫の知り合いの番号にかけてしまいました。すぐに気がついて切ったのですが、ワンコールしてしまいました。
相手が掛け直してきました。
「すみません、間違えました」と私が言い、相手は「はい、わかりました」
ここで切らないで、私はこう話を継いでしまったのです。
「あのう・・・、○○をご存知ですよね。私は○○の家内です。その節は大変にお世話になりましたが、実は、○○は1年半前に亡くなりまして・・・」
「・・・・・・」
とっさに声が出ないようでした。
仕事で付き合いのある下請けさんの娘さんで、「面白い子」とお気に入りのガールフレンドでした。
しばらくして、そのお母さんから電話がありました。
「先ほど娘から聞いたんですが、本当のことなんですか」 信じられないのです、とおっしゃいました。
数日前、娘さんと○○さんの噂話をしていたというのです。

二人とも涙声で夫を偲んでくれ、日を改めてご挨拶にと言ってくださいました。
二人からは夫のエピソードをたくさん聞かせてもらえそうです、それは嬉しいことなのですが。
私の知らない夫を今頃知ることになる。照れながら聞く夫がそばにいれば、もっと愉快に場が盛り上がるでしょうに。

「ええ~、そんなこと~?」 というような話になるでしょうね。悲しいけれど楽しみです。

s-P_20170510_132821.jpg
買い物に行ったら小雨が降りだして濡れたけど、しっとりと気持ちよく感じました。
「♪早苗 植えわたす」と歌いながら、高校の時の親友、早苗はどうしているだろうと思いました。

s-P_20170502_122737.jpg
数日前の野ばらのつぼみ。前にも書いたけれど、この野バラは、夫がカヌーで川を下ってくるのを待っていた河原で摘んだものです。
「♪わらべは 見たり 荒れ野のばら」 つぼみのうちからとても良い香りがします。

s-P_20170501_104128.jpg
10日前のイカリソウ。これは園芸種です。歌はありません。


なんて、機嫌よく書いていますが、実は今日は半日PCとにらめっこして焦っていました。
依頼された点訳を2日かかって仕上げて、急ぎで校正に出そうとしたら、昨夜まで何ともなかった点訳ソフトが不具合に。
どうやっても上書き保存ができません。ワードやエクセル、他の点訳ソフトは大丈夫です。
PCはもう6,7年。点訳ソフトもサポートは終わっているし、両方買い替えなくちゃならないのかな、そういえば洗濯機もちょっとね。
そんな事より、どうする、上書きできなきゃアウトじゃないか。

どうもアンチウィルスソフトが邪魔をしているのではないかと思うのですが、「余計なお仕事しなくていいよ」と言って聞かせても知らんぷり。
設定を開いて、ある程度までは進むのですが、「・・・の結果、不具合が出る可能性があります」と書かれているとそれ以上は怖くてどうしようもない。
・・・・・・
戦い破れて暮れたあと、放っておいたソフトを再び開いて、名前をつけて保存。
えっ?? できるじゃない。何だった?? 
アンチウィルスソフトが手を引いたのかな。
分からない。分からないけど元に戻った。でもいずれはPC買い替えなければね。


Comment:4  Trackback:0
2017
02.14

必要書類

書類整理をしました。まだ終わらない手続きが出てきたのです。
車を廃車にした時に、重量税と自賠責保険は口座に振り込まれました。
自動車税は県税事務所から、銀行窓口で受け取る書類が送られてきていました。
有効期限が1年というのを確認してしまいこんでいましたが、先日見つけてもう一度よく見ました。
そうしたらこの書類、受取人は夫でした。夫名義のまま車に乗っていたので、自動車税も夫名義で支払っていたのです。
夫はいない。誰が受け取る? 委任状を書く欄があります。でも夫はいない。

県税事務所に電話しました。そうしたら1万6千円を受け取るために、必要な書類が送られてきました。
なんと面倒なこと!
分割協議書みたいに相続人全員の同意が必要なのです。
筆跡までは見ないという話だったので、私が全員分の住所氏名を書き、100円ショップでハンコを買いました。
その他にも必用書類はあるのです。
夫の除籍謄本のコピー。数か月前のがありました。
家族関係が分かる戸籍謄本のコピー。ずいぶん前に取って使わなかったのがありました。子ども達が確かに相続人だと分かればいいのでしょうと勝手に判断。
代表者私の身分証明のコピー。

1万6千円のために揃えるばかばかしさ。でも、めんどうだ、要らないよとも言えない金額。
これでだめだったら、故郷の市役所から原戸籍を取らなければなりません。

除籍謄本、戸籍抄本、住民票、印鑑証明書等々、何枚も取ったのに。
役所の融通のきかなさ、ほとんど原本添付。コピーでいいと思いませんか。そうすれば何枚も用意しておけるのに。

知らんふりして、筆跡を変えて委任状を書いて受け取っておけばよかったのかもしれないね。


Comment:2  Trackback:0
2016
11.07

朝日歌壇より

  愛といふ曖昧なものふつ飛びぬ介護のひとり抱へてみれば
                         (武蔵野市)三井 一夫

  言うほどの仲良し夫婦じゃなかったが逝かれて一年何このさみしさは
                          (田辺市)池添喜伊子


今朝の朝日歌壇から二首。
s-P_20161107_104918_DF.jpg
介護とはいえない程度の夫の介護。
愛をもってしても辛い、というより、愛だけではできない介護の現場。
短い期間だった夫の自宅介護。
辛かったけれど、夫は私たちに心の準備期間を与え、それからに耐えられるよう愛の時間をくれたのだと、今は思います。
エエカッコして逝ってしまった。


傍からは仲良し夫婦と思われていました。
山坂谷ありの40数年。きれいごとだけではなかった。
1年が過ぎてから感じる寂しさ。
涙腺は今頃やっと過活動を始めたらしい。


Comment:8  Trackback:0
2016
11.01

不意打ち

物置に入ってゴソゴソ探し物をしました。

去年の暑い時に、夫は呼吸も苦しかっただろうに、やはり物置でゴソゴソしていました。
小1時間たったころ部屋に戻って、
「片づけたから。分かるようにしておいたから」

中の物の名前を書いたテープを引き出しに貼って、整理してありました。
探し物はすぐに見つかりました。
そのほかの引き出しの中身は、ほとんどが夫のもので、夫が使う工具類や材料でした。

物置から出てふと空がきれいなのに気づきました。
そして不意打ちを食らったのです。
「私にはどうやって使っていいか分からない工具ばかりだよ。あなたが来て使ってよ」

・・・・・・

テレビを見ました。
クリント・イーストウッド製作・監督・主演の「ブラッド・ワーク」。
彼が演じるところの、心臓移植を受けた元FBI捜査官が、時々胸に手をやります。
そのしぐさがそっくりでした。
夫も胸の違和感を感じた時に、胸に手をやっていました。
好きだったクリント・イーストウッドが同じことをしていた。

ただそれだけです。



Comment:8  Trackback:0
back-to-top