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2024
03.06

仙台行きと傍聴

4日、5日と仙台に行ってました。
アスベスト家族会で知り合った東北の方たちに会うためです。
我が家から仙台へはおもに二通りの行き方があります。
一旦常磐線を東京へ南下して東北新幹線で北上と、常磐線特急で北上です。
遠回りしたほうが少し早いのだけれど、それはたった25分です。なので私は乗り換えなしの常磐線特急「ひたち」を使います。
福島原発事故のあと、常磐線はこの区間の不通が続きましたが、4年前に復旧しました。でもこの区間を走る特急は一日で上下3本ずつしかありません。不便ですがようやく開通した特急です。
コロナ蔓延中の復旧でその時の乗客は本当にまばらでしたが、今はビジネスで利用しているらしい方などでそこそこ席が埋まっています。

朝は9時20分発、仙台着が12時30分。
今回は午後から始まる裁判の傍聴も目的のひとつでした。
建設アスベスト裁判のうちのメーカーの責任を問う裁判で、今回現在も病と闘っているかたが原告の裁判でした。
弁護士が陳述書に沿って質問をして、原告が答える。原告有利に働くように質問を組み立てていくんだな、ということが分かりました。
今回の被告(アスベストメーカー数社)の反対尋問は何が目的の質問なのか、私にはよく理解できませんでしたが、とても些末な質問で揺さぶりをかけて責任逃れをしていると感じました。みっともないと思いました。(こんな感想、有りなのか?)
メーカーを訴えた裁判は、こういうことを、集団訴訟の数、原告の人数分繰り返すのでしょう。国との裁判で和解が成立したのだから、メーカーも潔く和解に持っていって欲しいと思います。
闘病中のかたがたが元気でいられる時間は長くはない(ことが多い)。また高齢の家族・遺族も同様です。

長年闘ってきた方々に報いる判決が少しでも早いことを願います。

陶の内裏雛

片付けてない内裏雛

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2024
03.03

ラーメン

昨夜息子家族とラーメンを食べに出かけました。
しばらくの間一人籠りが続いたのに、この数日人との交わりが続きます。
外食でラーメンはじつに8年半ぶりです。
夫が元気な時は、昼を食べによく出かけていたけれど、いなくなってからは行くこともなくなって。だからはっきり指折り数えられます。
夫がいなくなっても外食はしていたけれど、ラーメン屋さんに行くという選択がなかっただけです。
昨日は息子がラーメンが食べたい日だったようで、お気に入りのラーメン屋さんに連れていってくれました。勧めるだけあってとてもおいしいラーメンでした。
手間暇をかけたと思われるチャーシューにみんな笑顔。チャーシューが大好きだった夫が食べたらなんと言ったか、そんなことを言いながら、エビ出汁のラーメンを食べました。

水仙3日

人が訪ねてくると甘いものが増えます。困ります。
どら焼きは冷凍しました。チーズケーキの残りは、お昼ご飯代わりにお腹に入れました。てへへへへ。
その他は日持ちがするので菓子缶にしまいましたが、小分けにしておかないといやしい私は食べ過ぎる。面倒だけどやらなきゃね。

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2024
01.21

強い風

日付が変わったころから午後までけっこうしっかり雨が降りました。気温は15℃まで上がって、庭へ出ると外のほうが暖かい。
午後からは強い風が吹き荒れて、瞬間風速20m(気象台のHPより)。

一人になってから、こんな日は心細い。屋根が飛ばされるんじゃないかって、いつも怯えます。
「そんなこと、そうそうあることじゃないでしょ」と分かってます。でも理屈じゃないんです、この恐怖は。飛ばされた家を見たこともないくせにです。



こんなふうになら 飛んでもいいけど
この男の子 のっぽの 小さい時の友だちに 
あまりに 似ていて
家族中で 大笑いしたこと 思いだしました

ゴーゴー風がうなり、ヒューヒュー電線が鳴り、バタンバタン看板が音をたてています。あと数時間で収まる予報なので、我慢。映画でも見て過ごしましょうか。ちょっとよさそうな(好きそうな)映画を数本見つけました。

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2023
07.05

たっぷりの時間

なんの話からだったか、娘にいわれました。
「あのころ、お母さん何かしなきゃって必死だったよね」
「そうお?」
「うん、ピアノ買ったり、オーブンレンジも買ったよね」
そうかもしれない。一人になってたっぷりの時間、何かしなくちゃって思ってたんだね。

ダイコンソウ
ダイコンソウ

ピアノ、夢中で弾いたり、パタッと休んだり。
子どもの発表会程度の曲だけど、脳の指令通りに指が動いてくれない。ずいぶん長いこと同じ曲を弾いているのに、自分で合格点がつけられない。
親指の第2関節が痛くなるとその間は弾かない。そうするともう、始めに戻ってしまう。
少し前から親指の痛みがそれほどでもなくなったので、練習を再開しています。自己採点の合格を出せるまで指の痛みが出ませんように。

オーブンレンジ、今や電子レンジと化している。
「お母さん、庫内が汚れるの嫌なんでしょ」
「あれ、そう思う?」
あたーり!

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2021
09.02

果物天国だった

9月になりました。
8月末からの2か月間は辛い思いでの月で、Facebookのお知らせもできれば見たくない。
そうはいっても、楽しい嬉しいことはあったわけで。

お父さんが入院したと言ったら、それもよくない状態だと聞いた子どもたちがお見舞いを送ってきたりして、毎日のように果物天国だったことが書かれています。
 うぬ 私の好物ばかりなり
 うぬ なんとかせねばなりません


きょう、二人の娘が来たのでその時の話をして笑いました。
なんとかした結果私は太る一方で、とても重篤な病の夫を抱えている妻に見えなかったという話です。
「あの時お弁当箱みたいな大きさの栗羊羹も貰ったよね」と私が言うと、彩椛ママは覚えてないと言います。
「ブログに書いた記憶があるから見つけておくね」と私。
簡単に言ったけれど、その頃のブログを読み返すのはやはり辛かった。

ライラック
変な陽気に驚いたライラックが
たくさん咲いています

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2020
11.21

着地点

いやだ、いやだ。昨日は大人の対応なんて書いたけれど、やっぱりヤダ。はっきり言えない自分に腹が立つ。
けど、意見対立、後味悪い別れはもっと嫌なのよね。

夫を友だちとして思ってくれてることは有り難いけれど、それとこれは別。放っておいてほしい。
1年かけてよく考えて、着地点を見つけたい。

恐ろしいことを考えたけれど(笑い話として)、まさかね、と思って書くのはやめました。知りたい人、個別にお教えします、笑ってくださる方限定。

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2020
11.17

迷惑かげねが?

夫の友だちから電話がありました。
ずっと以前に書いたことのある人で、夫のお墓のことなんかに口を挟むちょっと困った友だちです。お墓を作って納骨しないと成仏できないと、その事だけを心配する彼でした。
あるとき私の気持ちをはっきり伝えました。その時は彼はムッとして席を蹴るようにして帰ったのですが、今は人それぞれと分ってくれるようになりました。
信仰心あつい彼がどう気持ちを収めたのかと思うと、ありがたいです。
ちょっと私には理解が難しい人ですが、夫にとっては心許せる友だったのですから、いつまでも夫を思ってくれていることに私も素直に感謝しています。

「福島ナンバーで行ってもいいべか。迷惑かけねべか。行ったらサッと帰っからよ」
状況を見ながら来てくれるそうです。私もね、東京帰りだし、娘の勤務先では熱が下がらない同僚がいて、検査結果待ちだそうです。う~む・・・

ヘンリー蔦
紅葉のヘンリーヅタとヘビイチゴ

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2020
10.28

5年

位牌も戒名も要らないと言って逝った人だから、祥月命日というのはおかしいと思うけれど、10月27日、5回目の祥月命日で、近くにいる2家族が我が家に集まりました。
集まれば、面白可笑しの思い出話。そうなんです、いつも家族が集まると子どもより遊ぶのが好きだった父親の話になるのです。

もう5年かという家族があり、まだ5年ねという私がいて、それぞれの思いは胸に置いて、家族の集まるのが好きだった父親のために、とにかく賑やかに食事をしました。
外へ食べに行くことも考えたけれど、家のほうが周りに遠慮なく楽しめるよねとデリバリサービスを頼みました。私も幾品か作ったので、テーブルにのりきれないほど。
みんなお腹をさすりさすり帰った満腹満足の会食でした。

こんぎく
コンギク

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2020
08.03

ゆうの森

書きたいと思っていたこと。ご紹介したいと思っていたこと。唐突ですが、書きます。

私は老いて最後は、できれば松山に住みたいと思っています。
それはこのクリニックが往診してくれる範囲に暮らしたいと思うからです。

医療法人ゆうの森


緩和ケア病棟に入院していた夫が一時帰宅して数日後、病院には戻りたくないと言い出して急に始まった在宅介護。それは終末期の介護でした。
その夫の介護と看取りでは深い後悔が残りました。何回かここにも書いたかもしれませんが、後悔の原因は在宅医とのミスマッチです。
訪問診療をする医師は、この医師の他にはいませんでした。仕方のないことだったのかもしれません。

こういう医師がそばにいてくださってたら・・・夫をきちんと送ってやることができたでしょう。
こういう温かい心で診療してらっしゃる医師は全国にどれくらいおられるのでしょう。
どこにおられるのでしょう。
こちらもどうぞ。

「四季録」(愛媛新聞連載)


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2020
04.26

はしゃぐ風

お茶 暖かい日だったので外でお茶をしました。
椅子はキャンプ用。適当なテーブルがないので、折りたたみの椅子を代用しました。
4分咲きぐらいのモッコウバラともう少しで咲きそうな野ばらがある場所です。
風が一瞬強く吹きました。(おとうさん・・・)
夫が亡くなった時に強い風が吹きました。
夫はモンゴルの風がいたく気に入っていました。馬で草原を散歩している時、「音もなく風が吹いてきて、耳元で『ピーッ』っと笛を吹きながら過ぎていく」とモンゴルの風を表現していました。

夫は、モンゴルの草原の風になって行ってしまったんだと私は思いました。そんなふうに思いたかったのでした。
はしゃいだような風が吹くと、「だぁの風だ」と彩椛は言いました。娘と涙ぐんだものでした。
きょう、はしゃいだ暖かい風に夫を思いました。
連休間近なこの時期に、ソワソワと釣りの道具を揃えたり、キャンプの準備をする夫の姿はもう見ることはないんだと思ったら鼻の奥が痛くなって・・・

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