2018
06.06

満面の笑み

Category: 義母
疲れともいえないくらいのウダウダを引きずっているうちに、梅雨入りが発表されてしまいました。夜から降ったりやんだり。何もすることがない。
きょうは、義母の様子を見に行こうと考えていました。

そんな時、お嫁ちゃん(友ちゃん)からLINE。
「あの後 ○○にしつこく言って (笑)  △△さんに電話させました!
おばあちゃんの様子を話して、家族が動かないと何もしてくれないから!って(><)
余計なお世話かもしれないけれど、でもあの状態を見て知らんぷりは出来ませんよね!
また近い内におばあちゃんに会いに行きたいです」(○○は私の息子、△△は義弟)
友ちゃんは忙しい人、きょうは私が行ってきますよ。

午後のおやつの時間に合わせて行きました。
そうしたら、私の顔を見て満面の笑み。お世話しているスタッフもびっくり!
今までで一番の笑顔だと。
「誰が来たのかな。私の名前覚えてくれてるかな?」
首をかしげるけれど、にこにこ。
「名前は出てこないけど、分かるんだもんね」とスタッフ。
前回の様子はいったいなんだったのか。こういうことを繰り返すのかしらね。

IMGP5488.jpgおやつのカステラを私に勧めたり、自分のお茶を私の茶器に移してくれたり。いつもの優しい義母の姿です。
故郷の相馬弁です。
「おめ 今までどこさ 住んでたんだ?」(あんたは今までどこに住んでたの?)
「ごめんね、なかなか来られなくて。すぐ近くに住んでるよ」
「ほーがぁ」(そうかぁ)

息子が亡くなったことは忘れているに違いないけれど、近くにいるよの返事に安堵したのでしょう。
が、少し経つと会話は忘れてしまうのだと思います。
でもいいんです、安堵した顔を見られただけで十分です。

むしろ、辛いことを思い出さないんだから、その方がいいのだと思いました。

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2018
04.10

笑顔がかわいい

Category: 義母
義母と一緒にお昼を食べようとコンビニで買い物をして施設へ向かいましたが、ちょっと遅れて母の食事は終わっていました。
母は部屋に引き上げてベッドに入ってしまい、散歩に行こうと誘うのですが乗り気でないようです。
職員も勧めてくれるのですが、目は半分閉じてしまってます。仕方ない、今度来るときはお昼寝から起きる時間に来ましょうね。
瞼をピクピクさせていたのですが、手を握っているうちに静かになりました。

忘れな草
ワスレナグサ

今度また、と帰ろうとしたのですが、職員が集まってお昼を食べていたので、「私もご一緒して良いですか」と持参のお昼を広げました。
母は入所当時、言葉は単語しか出てなかったのが、近頃は短い会話が成立するようになったということです。波はあるようですが。
「とても穏やかなかたで、笑顔が可愛くて・・・」など、職員の方々が口々に褒めてくださいます。
母の人となりや今までの生活、食の好みなど、職員に知っていて欲しいことなどを話しました。
「料理の得意な人ですから、手伝いでいいですから台所に立たせてもらえると嬉しいかも」と私が言うと、
「そうそう、さっきも流しをきれいにしてくれましたよ」
穏やかな生活が始まっているようです。



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2018
04.06

強風の日

Category: 義母
P_20180406_131314.jpg

朝のうちはタンポポの写真なんか撮ったりしていたのですが、机に向かって昨日のことを考えていると、悔しさがこみ上げてきました。

護ってあげなかった、誰も。
義妹二人も、母親をよく観察して考えれば、弟を説得できただろうに。
私も誰が何と言おうと一緒に暮らせばよかった、言い訳なんか考える暇に。

母が布きんをハサミで切って、お醤油で煮たことを一年半前に書きました。
その時にすでに母の一人暮らしには限界が来ていて、緊急を要したのだけれど、結局誰も動かなかった・・・
いえ、言い訳すれば私は少しは動きました。けれど、私は義理の関係、実子の前では無力でした。
その事については、昨日会った施設長さんはこういいました。
「それで良かったんですよ。お子さん方が居られるのですから。介護って意気込みでできるものではないですし」

昼過ぎから強風がうなりをあげています。風になった夫が怒っているのかもしれないなどと、愚にもつかないことを思ったりしています。


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2018
04.05

グループホーム

Category: 義母
私から見たらとてもひとり暮らしは無理だと思う義母ですが、夫の弟が施設入所の決断をしません。
弟なりの親を思う気持ちの表れだと思えなくもないのですが、見てられません。といって私が意見を言えばそれは、16歳も年上の義理の姉が干渉することになるだろうし、義母には二人の娘もいることだしと、距離を置くことにしました。
というのがこれまでの経過です。

ここ数週間の間に2回母の家に行ったのですが、夜なのに電気がついていませんでした。
心配していたところ昨日、彩椛ママが偶然義弟に道で会ったのだそうです。
「おかあちゃん、施設にいるから」と言ってたと聞かされ、ああよかった、ようやく安心できます。

P_20180404_082158.jpg今日さっそくお母さんを訪ねました。家からそう遠くない所にあるグループホームです。
食堂を兼ねた広間に、ちょこんと座っていました。
「おかあさん、まりこが来ましたよ。元気そうでほっとしたわ」
声を掛けましたが、きょとんとした顔です。それでも、(分からなくてごめんね)とでも言いたげな表情で私を見返しました。
いいんです、いいんです。元気な顔を見られただけで。
(花海棠がどんどん咲き進んでいます)


施設長の話では、義弟が施設入所を決断したのは、ある出来事が母の身に起こったからだそうです。母は亡くなっていても不思議でない状態で見つかって、入院して、退院と同時に施設に入所したのだそうです。
とてもとても酷い辛い目にあったけれど、母にはその記憶すらない。そのことがせめても、ありがたいことです。
そして夫がこの事を知ることがなかったということも、ありがたいことです。とても耐えられないでしょうから。
もっとも、夫がいたら母をそんな目に遭わせることはなかったと思いますが。


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2017
01.10

ここまで

Category: 義母
血縁の壁高い義母のことですが。
私にはできないことがあると気持ちを整理して、義弟妹との間に線を引こうと思ったのに、納得できなかった・・・
私に決定権はもちろんないにしても、したいことがあと一つあると。

連休が明けるのを待って行ってきました。義母が通っているデイサービスに。
そこで義母の様子を聞いて、私の考えを伝えて、それでお終いにしようと思ったのです。
結論は、見守る義弟妹を線を引いて見守る。


義母は、デイサービスに通って半年弱、近頃表情が明るくなったそうです。
皆とお話する、お料理の手伝いをする、洗濯物を畳むなど、本来の義母を感じます。
安心して過ごせる環境に馴染んできたということでしょう。
でも家で見る義母は別人です。
記憶も確かではなく、おこたで寝てばかりいる義母です。
義母にとって施設は安心な所。だからこそ、入所がいいと私は思うのです。

それから、いつまでも他人(隣人)を頼っての介護は成り立たつはずがない。
そして義母は意思表示できたらたぶん、「いやなんだ、あの人」というと私は思ってます。

・ 身体的には自立している義母なので、デイサービスに通いながら、物事が分からなくなるまで一人暮らしをする。
・ 今のうちから施設で安心して暮らす。
どちらが良いと簡単に言える立場ではない、とは相談員の話です。それは私にも言えること。
でも私は義母の安心・安全を優先したいと思うのです。

けれど、話はここまで。私にできることはしました。
デイサービスでの義母の話を聞いて安心もしました、がここまでです。

оО〇・-・〇Оо・-・оО〇・-・〇Оо

s-P_20170110_125423.jpgs-P_20170110_130927.jpg


施設が市のはずれにあったので家に戻らず、お昼を買って森林公園に行きました。
写真の左、この急な坂を夫と登ったんだっけと思いながらきょうは下って、右の急階段105段を登りました。
山道に若い人がチラホラ。ポケモンがいるのかな。


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2017
01.04

わかってきた

Category: 義母
客用寝具の片付け、リネンの洗濯が終わって、午後は何もすることがない。
気持ちが弱いきょうのような時は、点訳に集中するに限るのに、集中できない。

それならこんな時は音楽。
息子に貰ったApple Musicで男性コーラスを聞きました。
YouTubeも探していたら、コーラスではないけれど、クリスマスは終わったけれど、こんな良いもの見つけました。



沈んでいた気持ち、よほどましになりました。
私にできることは限界があって、気持ちだけでことは運べないこと。
なによりも、気持ちの空回りはただのお節介、義弟妹には迷惑なことかもと気づかされたことありがたく。


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2017
01.03

線をひく

Category: 義母
義母の一人暮らしの安心と安全、周りの安心を思えば施設入所が良いと思うのに、肝心の子どもたちが動かない。
それをなんとかしたい、もう猶予がないということを分からせたいと思うのに、夫はなく、血縁でない私にできることは多くはない。
昨日書いたモヤモヤに頂いたコメントを読ませてもらって、そう分かりました。
血縁の壁は高く、私の決意も壁を乗り越えられるほど固くなかったという、お粗末、恥ずかしい話でした。
恥ずかしいけど、書いて教えていただいて自分を知る機会になったこと、よかったと思います。

前にも書きましたが、私は自分と他者の間にはっきり線を引くことが難しい、自己確立が弱いタイプだと本を読んで分析したことがあります。
人の痛みがダイレクトに自分の痛みになってしまう。こういうのACっていうんでしょうか。
良く言えば、お人よし。でもそれほど善人ではなくて、中途半端な困った人なのでしょう。

その度、あまり隠さず書くのでみなさんにはご心配いただき申し訳ないことです。
こうなること、初めから予想されてらっしゃった方多数と思うと、穴を掘って隠れてしまいたい。

夫が困った遺言などしなければ。いつも通り、放っておけ、と言い残しておいてくれたなら。
夫が生きていれば、「こうなること分かってたさ」というに違いないのに。

義母のことは本当に大好きで、一人暮らしは心配です。
でも、ここは線を引いてみるのが良いのかな。
何をおいても全てを引き受ける覚悟がないのなら、線の外へ退出。
もう少し考えてみます。



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2017
01.02

力の限界

Category: 義母
1週間よくよく考えてだした義弟妹の結論は、「母親の一人暮らしを見守る」でした。
元日義妹から電話がありました。

なぜ施設入所をためらうのか。
近所の方々の心配がわからないのか。
義母の安全・安心を第一に考えよう。
私はこの3つを義妹(K子)に話しましたが。

K子は私の心配は分かるけれど、弟(T也)の立場も尊重しなければならないという。
尊重って、世話をしているT也に意見ができないということなのです。
姉のK子が言うと、母親の世話をしているT也のプライドを傷つけるようで、かわいそうなのですって。
私は、だめだこの人たちはと思い、言いました。

「T也が私の弟ならね、『何考えてんのあんた!!』って言うわ。
できればね、私にお母さんを看させて欲しいわ。でも同居はしない。その代わり良い施設を一生懸命探すわ。
力になりますと言ってくださる人が何人かいるのよね。
入所をためらっているのは、見学したグループホームの印象が悪かったからでしょ? 1か所しか見てないんでしょ。そこがグループホームを代表するわけじゃないでしょ?」

そう言っても、K子はうやむやの返事をするばかりです。
春になったらそちらに行くから、その時までT也に任せて、時々は様子を見て欲しいのだと。

春に? もう私はドッと気持ちが疲れました。
「いつも、あいつらはそうなんだ」という夫の声が聞こえてきたような気がしました。情けなくて涙が滲みました。
何度も悔しい思いをして、それでも困っている義父母を見捨てられなくて、また悔しい思いをして・・・もう何度目だろう・・・

s-P_20161206_151644.jpg今までは夫がいました。今度は一人。力の限界を感じます。
血の繋がりのないことの力の限界です。

もうだめだ、この人たちに関わるのは止めよう。
いや、夫との約束は・・・せめて良い施設を探してあげたい。
義母に安全・安心な暮らしをしてもらいたい。

夕方の散歩、用水路に1羽だけのシロサギ。
大きな体をしているくせに、近づくとすぐ逃げる。
一人は心細いね、とレンズを向けたら涙が出ました。
誰もいなかったので、ポロポロ泣きながら歩きました。


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2016
12.26

気持ちを整理して

Category: 義母
前日書いたことにコメントを頂きました。ありがとうございます。
怒ったり呆れたりの自分の気持ちを知ることができました。
義母の一人暮らし、ご近所さんの親切に頼っていることには限界があると思う、とみなさん書いてくださって、私間違ってないんだよねと安心しました。

少しだけ、義父のことをも書きますが。
夫は自分の母を、「人間として未完成な親父に、ずっと支配されてきた母」と言いました。
義父の支配は子どもたちへも及び、それに気づいた夫は確執を繰り返し、ついに6~7年前から接触を断ちました。
それなりの出来事、理由があったのですが、3面記事みたいになるので書くのは止します。

そんな義母ですから、義父が亡くなった時、周りはホッとし、義母の自由を喜んだのですが、既に痴呆が進んでいたということです。
何年か前、義母は「どんどん頭がばかになっていく」と私に不安を漏らしたことがありましたが、物忘れなんて私だってあるわよ、と慰めたのでした。
同居していれば早く気づけたでしょうに、可哀そうでした。

布きんはお蕎麦みたいに細く切って煮てあったそうです。
別の日、焦げた臭いで駆けつけたお隣さんが見つけたのは、真っ黒になって火にかかっていた小鍋だったそうです。
義母は炬燵で寝ていたそうです。限界だと思います。
この家族はババ抜きが好きで、ババを私に渡すのが上手いんじゃないかと思ってしまいます。
いつもそうです。ババを持って呆然とする私を庇ってくれる夫でしたが、今はもういない。

・・・お母ちゃんを頼む・・・
「罪なことを言って死んだよな、こいつ」
と夫の親友は骨箱を指で弾いて言いました。
彼もまた親を近くの施設に入所させているのです。


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2016
12.25

ご近所さまのお世話

Category: 義母
義母の家のガスボンベを撤去してもらおうという話のあとに、糸魚川大火のニュースでした。
もうひと事ではなく、弟はこのニュースをどう聞いただろう、撤去は終わったのかと気がかりでした。
通りから見えるはずだから確認してこようと出かけました。

まだありました。

玄関に手を掛けると開きます。耳が遠い義母ですから黙って入ります。
寝ていましたが気配で起き上がり、意味の通じない会話が始まります。
私が誰か、昼ごはんは食べたかなどをゆっくり耳元で聞きますが、誰かも食べたかもわからないようです。

そうこうしているうちに誰かが入ってきて台所で音がします。隣家のおばさんでした。
おばさんは義母のお昼ご飯を作って持って来てくださったのです。
初めてお会いしたおばさんに平身低頭お礼をいい、話を伺いました。
母がデーサービスに行かない日は、こんなふうにお世話くださって、洗濯まで手伝ってくださってるそうです。

有難いと思う反面、善意のひと様の手を借りなければ成り立たない一人暮らしを、火の始末など心配しながら続ける意義はあるのだろうかと思うと、施設入所を考えない弟を理解できない。
ひと様の善意を善意とだけ捉える楽観的な弟。その善意をいつまで受けるつもりなのか。
大家さんの奥さんにもご挨拶して、何度もお礼を申し上げました。
奥さんは「あのね、おばあちゃんの人徳ですよ。こんなふうに回りが助けてくれるのって」

そうだと思う。とても穏やかな義母ですから。
ありがたいとは思うものの、そこにいつまでも縋っていて良い訳はない。
でも、私の考えだけが正しいとは言わない、弟には弟の理があって、現にお世話しているのだから。

弟は、何といえばいいか、思い込みの激しい人で、あまりひとの考えを聞かないところがあります。
相談するというのが難しい。
・・・見なかった・・・聞かなかった・・・と思うしかないのか。

お隣さんと大家さんにお礼を言えたのがほんとうに良かった。


s-P_20161225_200755.jpg

母の家からの帰りにコンビニに寄ったら、ケーキに手がのびちゃいました。
夫はもともとケーキは食べないし、こんなもので十分か。

うーん、甘かったー。
もう暫くは食べなくてもいいかな。
みなさんのおいしい楽しいイヴを見たのでつい買ってしまったけれど。



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