2017
11.04

やってみる価値

Category: 中皮腫のこと
中皮腫。夫が生検を受けて確定診断を待つ間、主にPCの検索で情報を集めました。
非常に難しい病気で余命も短い、治療法が限られていてしかも予後が悪い。良い情報はほとんどありませんでした。
その時夫は、治療を受けずに生きられるだけ生きようと考えたのでしたが。

中皮腫と診断が確定し、シスプラチンとアリムタの抗がん剤治療の方針が示され、
夫   「どれほどの効果があるのか」
主治医 「やってみる価値はあります」
夫   「副作用で動けなくなるのは嫌だ」
主治医 「人それぞれです。辛かったら考えましょう」
というような会話があったように記憶しています。

幸い、夫は重篤な副作用がなく、3週間1クルーの抗がん剤治療の間、体が回復すると遊ぶことを考え実行に移すのでした。
抗がん剤の効果はあったのでしょうか。
夫の命は、発病と思われる時から数えれば2年を長らえました。
余命半年といわれる肉腫型の中皮腫であったことを思えば、驚異的です。
効果はあったのでしょうか。
副作用が軽かったから8クルーもの治療を受けられた。でも、その効果は本当のところどうだったのか。

7回目、8回めの時には私は本当は止めて欲しかった。体力の衰えが目に見えてきて、これ以上体を痛めつけるのがかわいそうに思えたからです。
でも夫は、もう1度川に行きたい、渓流に糸を垂らしたいの一心で治療を受けました。
しかし、これを最後に治療は打ち切られました。体力は衰え、渓流に気持ちを残して、夏が過ぎていきました。

夫の治療歴はこのようなものでした。
治療打ち切りのあとの半年が本当の介護でした。
余命がこの半年だったとすれば、辛い思い出しか残らなかったでしょうから、やはり抗がん剤治療は正解だったのでしょう。
思った以上に。
治療の止め時など、時として考えたこともありましたが、主治医の「やってみる価値はあります」という言葉で長らえた命だったのでしょう。頼りないような、いま一つ信頼感の持てない主治医ではありましたが。


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そろそろ霜がおりるでしょう
オキナワスズメウリ 片づけました


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2017
11.02

名取先生

患者と家族の会 関東支部の役員会出席のため東京に行っていました。
出席者に名取医師の姿を見て嬉しかったです。
主治医にいま一つ信頼感の持てなかった夫は、名取先生にお会いできるのを喜んでいました。
なんでも聞けるし、なんでも答えてくれると信頼を寄せていました。
手術はできないこと、アリムタのほかに有効な治療手段のないこと、余命のこと、抗がん剤の止め時のこと ・・・
先生と出会わなかったら、寄る辺ない治療生活を夫は耐えられただろうか。

s-月
書いてみたいことがあったのですが、上手く文にできなくて消してしまいました。
帰りのバスの中から撮ったスカイツリーとお月さま。
車内の灯りが窓にうつって邪魔ですが。

写真でお茶を濁して、おやすみなさい。


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2017
10.30

在宅ホスピス 2

Category: 介護
在宅緩和ケア・ホスピスを受ける人は、このところ増えているけれど、まだ全体から見れば少ないようです。
緩和ケア病棟は、「日本ホスピス緩和ケア協会」によると400施設に足りないくらい。
そして在宅緩和ケアをする診療所は、全国で56団体が登録されているようです。
北から順に、北海道3団体、宮城6、福島2、茨城1、埼玉1、千葉2、東京10、神奈川2 ・・・ ほか29団体。
こんな程度です。医療の中で遅れている分野なのでしょう。
在宅緩和ケアを受ける患者には時間がありません。その短い時間で、患者・家族が納得し満足するケアを受けるのは難しいことです。
「在宅ホスピス」と検索すると、問題山積の記事がいっぱいです。
患者や家族も、医療者、看護者も高い壁の向こうを覗き見ているのが今の状態なのでしょうか。
その壁を超えるために、経験した者の声を拾い集めて検討・研修し、多くの医師・看護師が育ち、質の高い在宅緩和がどこにいても、誰でも受けられるようになって欲しい。

そしてもう一つ、残された者のグリーフケアにも目を向けてもらいたいと思います。
え? 「あなたには必要ないように見えるけど」ですって? そうかもしれない・・・そうでないとも・・・

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2017
10.29

在宅ホスピス

Category: 介護
奈良にある在宅ホスピスの体験記を読んでいます。
辛い体験記ですから、一気に読めなくて、少しずつ、途中で止めたりしながら読んでいます。

そして思いは夫の在宅での最後のこと。
夫は入院していた緩和ケアから一時帰宅したときに、もう病院には戻りたくないと漏らしたので、私は在宅で看取る覚悟を決めたのでした。
さて、その在宅を支えてくれた訪問診療ですが。とても良くしてくださって感謝していることに間違いはないのです。
が、ずっと抱いているモヤモヤがあって、奈良の在宅ホスピスの体験記を読んでからは、モヤモヤが何であったのかが分かった気がします。

お世話になった在宅診療所は、医師も看護師もスタッフも、とてもいい方たちでした。
でも、なにかが足りないと思っていたのですが、それは経験ではなかったろうかと思うのです。
高齢の方たちの看取りには慣れていたかもしれない。でも末期のがん患者の看取りはどうだったのだろう。
在宅診療ではあっても、在宅ホスピスではなかったということがです。

在宅になって初めて診てもらった時に、死期が迫っていることなどの事実をきちんと伝られていたならば。
高カロリー輸液のパックは1週間分だけが用意されたこと、それが最後の日数の予測だったのではなかろうかと分かったのは後になってからでした。
そういうことを濁さずに説明してくれたならば、無用な苦しみを夫に与える選択はしなかっただろうに。

モルヒネの点滴が始まるときの説明も足りないことのひとつでした。
あのまま物言わぬ状態になるとは考えていなかったので、心の準備が欲しかったと、これも大きな悔いとなりました。

2点だけ、私の一方的な想像で書きました。事実とは違う点があることでしょう。
それを確認したり、すり合わせをしたりすることが必要かもしれないけれど、今はまだ私には・・・

家で看取ることができたのは、先生・看護師さんたちの優しい心があったからだと感謝しています。


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夫の好きな 花海棠
返り咲きしそうなつぼみが 雨に濡れています
台風が去ったら 咲いてくれるよね


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2017
10.15

遺族の声

中皮腫・患者と家族会の会合などに参加して、いままではサポートを受ける立場でしたが、これからは、微力ですが、サポートをする仕事を与えられました。
知識も少なく若くもない私が、ひとさまのお世話ができるかどうか心もとないですが、足と口が元気なうちは頑張ってみようと思います。
手はじめが昨日載せた「アスベスト被害者相談会&講演会」です。
先輩の後について邪魔にならないようにがんばります!

s-IMGP5049.jpg写真は昨日家族会で頂いてきた冊子です。
聖路加国際大学 看護学部の長松康子先生が中心に調査された、中皮腫患者の遺族に対するアンケートをまとめたものです。
家族は第2の患者とおっしゃる長松先生の温かい気持ちが、透けて見えるような調査結果にまとめられたと感じました。
と同時に、患者も家族も、とても納得いく医療を受けられたとは言えない、寒々しい治療の現実も見えています。
グラフなどでまとめられた前半。後半は、文書回答が続きます。
このたくさんの声が、提言が、医療者や看護者に、世間の人たちに届いてほしいものです。
私にできることは、折に触れて、このブログに書いていくことでしょうか。訪れてくださる10人の方が、3人の方に話されて、その方がまた3人に話してくだされば・・・
アスベスト疾患は過去の病気ではなく、これからも増え続ける病気です。関心を持ち続けて欲しいと思います。


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2017
10.14

埼玉・本庄相談会

家族会のお手伝い、東京亀戸で1日を過ごしました。
小雨の肌寒い朝7時に家を出て、夜6時に戻りました。
月に1回、家族会の皆さんに会うために出かけています。
家族会といっても、闘病中の患者の家族がボランティアに割ける時間は難しく、つまるところ遺族会となってしまうのは仕方のないこと。
最初に参加した時夫は元気で、みなさんにびっくりされたことでした。
できるだけ参加するようにと夫が言っていましたし、みなさんとの語らいが楽しみで、1日お出かけも苦になりません。

来週は埼玉県本庄市で「アスベスト被害者相談会&講演会」があり、そのお手伝いを引き受けました。
そこで宣伝です。(写真をクリックすると、少しは大きな画面になるかもしれません)

知らないだけで、本当は身近にあるアスベストのことを正しく理解していただきたい。
患者さんの力になりたい、埋もれている患者さんを救いだしたい。
そういう思いで活動しています。

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2017
10.11

栄養・水分補給の是非

Category: 介護
昨日大きな後悔と書きましたが、それは情報を生かすことができなかったことです。

6月はじめ、アリムタに有効性が認められなくなり、治療終了を告げられました。
そうなることは予想していたことでしたから、漠然とした延命治療拒否ではなく、きちんと終末期のことを二人で話し合っておくべきでした。
喉まで出かかったことは何回となくありましたが、夫を前にするとどうしても言い出せませんでした。
5月半ば、「俺な、正月はないような気がする」と言ったとき以降は、終末期のことを口にするのは更に辛く、酷なことに思えました。

終末期に関する情報は私一人の胸に仕舞いました。
その大事な情報のひとつが、死にゆく人に施す栄養や水分の補給は病人を苦しめるだけだということです。
そのことは、長尾和宏医師をはじめ多くの医療関係者が語っています。
なぜ夫と話し合わなかったのか、それが間違いの第1番目。
2番目は、訪問診療の医師が反対の立場だったことです。そしてそれを受け入れてしまったことです。

栄養補給と水分の補給が為されてから、夫は痰が絡むようになって、ひどく苦しめられていました。
一度は呼吸ができなくなって息が止まりました。そこで痰を吸い取るために、気管に小さな穴をあけるミニトラックの処置を受けました。
それでもIVHは続けられました。毎日疑問が頭の中で渦巻いていましたが、「これって絶対に必要なのですか」という一言が言えなかった意気地なしの私でした。
IVHが始まって10日が過ぎたころ、ついに私は前に入院していた緩和病棟を訪ねました。私の考えを聞いてもらいたかったからです。
病棟にいた若い男性看護師が話を聞いてくれました。
緩和病棟にいたとして、IVHなどをどうしたと思うかとの質問に、彼は施さなかったと思うと答えました。
涙を流しながら帰宅して、すぐに訪問診療所に電話をしました。「輸液を断わりたいと医師に伝えて欲しい」
すぐに看護師が駆け付けてくれ、点滴の速度を調整してくれました。輸液のルートには痛みどめが入っているので、すぐに止めるわけにはいかないという説明だったと思います。
そしてそれから4日後に夫は亡くなりました。

苦しみを増すだけのIHVだったのではないか。私が強い気持ちで反対すればよかった。
いろんな管に繋がれることを嫌がっていた夫だのに、私は代弁しなかった。
「先生、殺してくれ」とまで夫は言ったのに、医師も私も聞こえないふりをした・・・大きな後悔です。
    

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2017
10.10

延命治療

Category: 介護
夫の介護での後悔のひとつに、最後を詰めておかなかったということがあります。
「延命治療はしない」ことだけは互いに確認していましたが、どの処置を延命治療というか。
2人は、延命治療と言って思い浮かべる、心臓マッサージ・人工呼吸器・水分補給の点滴などをイメージして話していたに過ぎなかったのです。
そのことが、大きな後悔を生むことになったのです。

在宅介護が始まり血液検査の結果、栄養状態が極めて悪いので、中心静脈栄養(IVH)をしたいと言われました。

「私たちは延命治療はしないと話し合っていました。IVHはどうなのでしょうか。IVHは延命治療だというお医者様の意見を読んだことがあります」
「そういう考えの医師も、そうでない医師もいます。私はそうでない考えです。今は少し栄養をつけるべきだと考えます。状態がよくなったら抜くこともできます」

そのことを夫も納得した。
と思うのです。納得したからIVHが始まったと思うのですが、記憶が飛んでいます。
この時夫は意思表示ができていたはず。
と思うので、意思を確認したはずですが、記憶が定かではない。

この時IVHを断らなかった、迷った挙句受け入れたことが、夫を苦しめることになり、私は自分の意気地なさを責めるのです。



お口直しに
モンゴル旅行で友だちになったAさんの地元のお祭りの写真です。
鉄砲を担いで1日中走り回って発砲したんだとか。
手を叩いて喜んでる夫がいるように思います。
元気だったら絶対お祭りに行ってたわね。

s-鉄砲隊s-その2


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2017
10.08

訪問診療所

Category: 介護
2年前の今ごろは、入院していた緩和病棟を退院していました。在宅での最期を覚悟し、訪問診療の医師に初めて来てもらっていたころです。

訪問診療に関して書いておきたいこがあるのですが、重い後悔がどうしても先に立って筆が進みません。
でもいつかは、書かなければならないと思っています。
夫を看取った経験者としてだけでなく、自分の最期の時のためにも、思うことを書いておくべきと考えています。

訪問診療所のこと。
ターミナルケアをしている訪問診療所は地方には少なくて、患者と家族の考えと診療所の方針をすり合わせることなどできない。
そもそも「選ぶ」診療所がないのです。
残された短い時間の中では、妥協しかなかった・・・
・・・良くしていただきました。助けがなかったらとてもできない在宅の看取りでした。
けれど、後悔の波荒く。

思い出が辛い3週間です。
元気にしていますが、それなりに落ち込むこともありまして。偶には未亡人らしく。


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2017
10.05

新薬開発

Category: 臨床試験
iPS細胞を使って病気の進行を食い止める薬が開発され、臨床試験が始まったというニュースを見ました。
iPS細胞が、病気のメカニズムを繰り返し調べたり実験するために役立ち、開発に繋がったということですね。

余命の短い病と知った時に夫は、治療効果の少ない抗がん剤投与を受けるかどうか迷いました。
結果的に8回もの抗がん剤投与を受けましたが、それは、「1日でも長く生きれば画期的な薬が開発されその恩恵を受けられる」という知り合いの医師の励ましを受け止めたからでした。

治療と治療の間には、新薬の臨床試験に参加しました。
参加前の説明から、初めから有効量の投薬がされるのではないことを知りました。
参加2番目だった夫は、有効量より少ないグループに入ることになりました。
それを知って私は、正直ガッカリしました。臨床試験だからと自分に言い聞かせてはいても、できれば有効量の投与を受けさせたいと思いました。
でもそれはいかんともしがたい順番だったのでした。

入院の連絡を待っていた時、大学病院から電話があり、試験開始が無期限で延長されたと告げられました。
ガッカリと安堵のような気持ちが行き交いました。

話は前後しますが、臨床試験参加の条件に、たしか、「余命3か月以上」の診断を主治医がする、という項目があったような気がします。
余命半年の病、その半年を迎えた夏のことだったので、診断書を書いてもらったときには、夫の命が冬まで保証されたと思い、密かに喜んだものでした。

延期からか9か月後、臨床試験が再開されたのでご参加願えませんか、という大学病院からの電話を受けました。
その時は抗がん剤投与の予定があったし、病態が以前より進行しているということを言って、参加を見送りました。
亡くなる5か月前でした。


夫はずっと臨床試験に積極的でした。
最初の一人に誰かがならないと臨床試験は始まらないと言っていました。
自己を犠牲にした多くの方のおかげで開発される薬。きょうも私は2錠飲ませていただきました。


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寒くなって、ようやく赤くなった 
オキナワスズメウリ


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