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2019
08.17

遺族の会

来週末にはもう一つ予定がありました。「青空の会」に参加します。
青空の会は癌遺族の会です。前から参加してみたいと思っていましたが、なかなか行ける日がなくて初参加です。

遺族の会に私は何を求めているんだろう、自分でもよく分かりません。行ってみて分かるかもしれないと思います。なにか誘われるものがあると感じています。
随分昔に、ある家族会の掲示板に参加したことがあります。そうしたら、「傷の舐めあい」と言われたことがあります。ひどく傷つきましたが、今なら言い返せる「舐めあえる相手がいるって幸せなことだよ」と。

この秋で4年を過ぎる遺族の暮らし。元気に前向きにしっかりと暮らしているように思われているかもしれない私。そうなのでしょう。時間や仲間が悲しみを癒してくれているのでしょう。でも、
・・・私、悲しみを思い切り悲しんだことがあったっけ?
この事を知りたい見つけたい私です。

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2019
08.16

プレスリリース

中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会では来月、水戸で「相談会&講演会・交流会」を催します。
地元ということで、私が病院などへのチラシを配り歩きました。
そのあと、他にできることはないかと考えて、新聞の折り込み情報誌に掲載のお願いメールをしました。そして来週22日に載せてもらえることになりました。

あとは、県庁の記者クラブでの記者会見に出席です。
記者会見と言ったって、まさか屏風が用意されている訳ではありません。各社の記者さんの前の応接ソファに座るだけです。2年前に1度経験しました。

新聞日時は決まりました。事務局の職員が動いてくれていますから、私は当日その場へ向かうだけです。前回は匿名での会見でしたが、今回は会の世話人という肩書がありますから、匿名という訳にはいかないでしょう。(写真は2年前のもの)
何を軸にして話したらいいか、そろそろ纏めておかなければならない。
実はそのあと、もう一つ荷が重い任務を受けてしまってて、本当に私ってオッチョコチョイです。返事をしてしまってから心配になって悩んでいます。
来週末は県の広報誌の原稿がくる予定。その前にこれらをなんとかせねばならないです。

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2019
08.10

お盆だから

きょうの新聞は分厚い。たくさんのチラシが折りこまれています。そうか、世間はお盆の準備をしているんだね。

お鈴「死んだら無だから、何もしなくていい」といった人の言葉通りの送り方をしたので、我が家には仏壇もお墓もありません。
とてもいい笑顔の写真と、素敵な音のするお鈴、かわいい蝋燭と、いい香りのお線香があるだけです。
そして大切なお骨がトンと置かれています。閉所が怖かった人をお墓になんか入れたくないのです。
「お墓に入れてやらなくちゃ、仏が浮かばれない」と初めてのお盆が近い時に、夫の友人は私をなじり席を蹴って立ちました。
このことは、夫と私が決めたことです。夫は私を責めはしないと思います、思うことにしてます。気持ちの持ちようです。

そういう私ですが、亡き友のお墓には近くを通れば立ち寄ります。手を合わせて挨拶をします。時には語りかけもします。
彩椛ママは「おとうさん・・・」と手を合わせる場所が欲しいと言いました。でもそう言ってるのは一人だけ。可哀そうだと思うけど、一代だけのお墓を作ってもと私は考えています。
私が死んだときに一緒に海に流してもらうのがいいなと思っています。

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2019
08.02

ついでに

9月に開く相談会・講演会・交流会のチラシを地味に配っています。
毎日35℃の暑さだし、車はシェアさせられているし、思うようには捗りませんが、12カ所の病院などへ置いてもらえることになりました。
昨日は近くのスーパーのお知らせコーナーに置いてもらうべく、買い物がてら持参しました。とても気持ちの良い応対をしてくださいました。

きょうは図書館へお願いに行きました。ついでに本を2冊選んで貸出カウンターへ行くと、良いタイミングに館長さんが居られました。館長さんも気持ちよく許可してくれて、本当に嬉しい!

気分良くして、今度は近所の医院へ向かいました。昔からある町の医院ですが、呼吸器内科の看板を掲げているのを知っていました。そしてまたついでに、これからの私のかかりつけ医にとも考えていたので、保険証も持って行きました。
そうしたらなんとまあ、びっくり。代替わりした先生は、昔横須賀の病院でアスベストを診てらしたのです。チラシをお見せしたら、亀戸の名取医師。平野医師もご存じで、先生は懐かしそうに語りだしました。もちろんチラシはOKで、9月の講演会、時間が許せば名取先生に会いに行きたいともおっしゃいました。感激、嬉しい!
穏やかな丁寧な診察で私のかかりつけ医として心強い存在になってくださるでしょう。
そしてまた、茨城のアスベスト被害者のために力になってくださるような気がします。

代替わりは夫の発病後だったというのがとても残念です。先生がもう少し早く故郷に戻っていらしてたら・・・信頼関係が結べる主治医となってくださったでしょうに。

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2019
07.26

病院廻り

やだ、壊れるんならジャン! っと。もうこれ以上は押しても引いても動きませんっていうなら諦めがつくのに。洗濯機、何の不自由もなく動きました。
でもきっと壊れるのは時間の問題だと思うんです。ジャン、となるまで使わせてもらいましょうか。機種選びだけはしておかなくちゃね。

梅雨が空けてないって本当ですか? 33℃を超えてるんですけど。
暑かったです。こんな暑さの中、病院を3か所廻ってきました。
チラシ患者と家族の会関東支部では9月に水戸で相談会・講演会・交流会を催します。チラシが刷り上がりました。主な病院に置かせてもらい、多くの方々に見ていただき手に取っていただきたいと思っています。
3か所の病院と看護協会に行きましたが、みなに好意的に受け取っていただきました。
あと市内2カ所、近隣の市町村5,6カ所を訪ねるつもりです。それから地区の交流センターなど人の集まるところにも置いていただけるといいなあと。がんばってみます。

私、なんかちょっと熱い人みたいに思われているかしら。
全然違うんですよ。目立つことが嫌い、人の好き嫌いが激しい、協調性がない、積極性も乏しい。小中高とそういう子どもでした。少しは丸くなっているかもしれないけど、そんな性格を引きずったまま婆になっています。
患者と家族の会は特別です。「あんたならできる」夫が残した言葉ですから。がんばってみます。

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2019
07.14

集まりの楽しみ

昨日は早朝から夜遅くまで東京に行っていました。
患者と家族の会の恒例行事、七夕会がありました。
例年と少し違った形で行われ、みな顔見知りの人ばかりだったこともあって、和気あいあいってこういうことを言うんじゃないかって思う楽しい会でした。例年行われているカラオケありの会も勿論楽しいのですが、遠慮のない会話が飛び交った昨日の集まりも、なかなかでした。
そのあとの2次会も数人の人たちと、楽しみました。
私はこういう機会をほとんど知らずにきたので(学生・社会人の経験に乏しい)、若い気持ちになって楽しみました。

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火傷の水ぶくれが治ったのに、辛い水ぶくれ2連発。
今までもマメを作ったことのある靴なのですが、数日前に履いた時は大丈夫だったので今回履いて行きました。みごとに両小指に豆をこしらえてしまいました。そう、私の足の幅が広すぎるんです。これはもう一生履けない、断舎利靴と決定。

こういうのは諦めきれるんですけど、私って執着が強いんですね。捨てるってなかなかできない。
捨てるって言えば、昨日盛り上がった捨てる話。
山形出身のOさん 「なげる、って分かる?」
福島出身のKさんと私 「わかるよ」
みなさんは分からないでしょ。「ごみ、なげて こ」(ごみ、捨ててきなさい)
ポーンと放り投げちゃいけません。捨てるだけです。
江戸っ子、九州出身など、いろいろ笑える方言が飛びかって、こういうのも集まりの楽しみです。

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2019
05.27

アスベスト規制の歴史

Category: アスベスト
昨日築地市場の解体アスベストのことを書いたので、今日もアスベストのことを書いてみます。
駅前のあのビルに、近所の家に、私の家に、アスベスト含有の建築材などがあるかもしれない、どうすればいいんだろうかと不安になりますね。
簡単に言ってしまえば、2007年以降に建設された建物にはアスベストは使用されていません。
なぜかというと、アスベストは段階的に使用が禁止され、2006年(平成18年)にやっと完全に使用が禁止されたのです。平成18年ですよ! 最近じゃないですか! 経済優先の愚策が禁止を引き延ばしさせました。

アスベスト規制の歴史を調べました。

1975年(昭和50年) 特定化学物質等障害予防規則の改正

石綿含有率が重量の5%を超える場合の吹き付け作業は禁止されました。
しかし、5%未満であれば、吹き付け作業は許容されていました。


1986年(昭和61年) ILO 石綿条約の採択

ILOはクリソタイル(白石綿)を管理使用の対象とし、クロシドライト(青石綿)の使用と吹き付け作業の禁止を指導しました。しかし、日本では依然として使用・製造も継続されていました。


1995年(平成7年) 労働安全衛生法施行令改正・特定化学物質等障害予防規則改正

アモサイト(茶石綿)、クロシドライト(青石綿)の製造、輸入、譲渡、提供、使用が全面禁止されました。更に、石綿含有量が1%を越えるものの吹き付け作業が禁止されました。
1%以下の吹き付け作業やクリソタイル(白石綿)の使用はまだ認可されています。


2004年(平成16年) 労働安全衛生法施行令改正

代替が困難なものを除くすべての石綿製品の製造、輸入、譲渡、提供、使用が禁止されました。
しかし、重量の1%以下を含有するクリソタイル(白石綿)の使用はまだ認められています。


2006(平成18年) 労働安全衛生法施行令改正

石綿の含有量が重量の0.1%を越えるものの製造、輸入、譲渡、提供、使用が禁止されました。


ここにきてようやく全面禁止になったのです。アメリカやヨーロッパでは、1990年代前半にアスベストの使用は全面的に禁止になっていました。

夫もアスベストを扱う仕事をしていたのに、私はそんなことすら知らなかったことを、今書きながら悔しく思っています。その立場になって初めてアスベストの怖さを知ったのでした。
アスベスト(石綿)は過去のものではない。被害は形を変えて進行中です。
過去の被害者を忘れないで欲しい。
新しい被害者を出さないように法の整備をお願いします。当然、完治をめざす治療の研究もお願いします。

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2019
05.26

街頭署名・ 旧築地市場解体アスベスト

Category: アスベスト
今回の東京は24日に省庁交渉、25日には石綿対策全国連絡会議の情宣活動・総会に出席しました。

25日午前は真夏の暑さの新宿駅西口に立ちましたが、1時間の間に5人の人が足を止めてくださいました。ありがとうございました。
去年フェリシアさんが → 街頭署名 に立ってくださったことを昨日のことのように思い出します。すごいかただったなあと、改めてご冥福をお祈りしました。

午後は総会。前日からの疲れがピークに達して、申し訳ないけれど意識が遠のく場面も何度か。
そんな中の興味深い発表は、旧築地市場解体アスベストの報告でした。
去年の夏に市場見学をした際には、あれだけ大きな建物をシートで覆って除去作業ができるなど信じられなかったのですが、凄いことです、ちゃんとやっていました。ぜひご覧ください。

→ 旧築地市場解体アスベスト
クリックしても、別ウィンドウで直接開かないようです。
「shijou.metoro.tokyou.jpから310315_3.pdf(1.39MB)を開くか、または保存しますか?」と聞かれるので、開いて読んでみてください。
東京都中央卸売市場のホームページ上のリンクです。


猛暑をむかえる中、養生シートの中で保護服を着た作業はどれほど大変なことか。でも後々に伝えられる模範的なアスベスト除去を目指して、作業員・監督官たちには頑張っていただきたいですね。

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2019
05.22

省庁交渉

ちょっと忙しくしています。
あんなことも、こんなことも、思うだけで行動が伴いません。

成果は、新しいPCに古い点字ソフトをインストールしたこと。
点字の先輩の、亡くなったご主人が作ってくれたCDを何日も探していました。探し疲れてしまって、先輩の持っているものを郵便で送ってもらいました。
そうしたらどうでしょう、そうなると思った通り、探し物が見つかりました。まったくもう。

忙しいののもうひとつは、こんなことに関係しているからです。
 中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会

それから、こちらも大事なこと。
→ 石綿(アスベスト)関連法規の抜本改正を求める署名と院内集会
→ リーフレット

クリックしてご覧いただけると嬉しいです。
アスベストはようやく使用禁止になりました。
けれど、使われてしまったアスベストは年々劣化しています。
それを除去するための方策が不十分です。

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2019
04.03

任務

私には、絶対忘れてはならない大事な任務があります。それは9月に水戸で開催予定の、患者と家族の会が行う相談会・交流会の会場を押えることです。

駅から直結の良い場所に貸し会議室があります。
予約する日は3か月前の月の初日なので、カレンダーの5月31日にグルグルと赤丸をつけています。前日から忘れないようにしなくてはね。
ところが、きょうその施設のHPを見てドキドキ。
施設の9月の利用状況が更新されていたのです。そんなばかな、3か月前と書いてあったはず。
おおなんと、ボランティア団体は6カ月前から予約ができるのでした(私たち一般団体は3か月前)。みんなが狙う土曜日なんてほとんど塞がっていました。迂闊だった・・・キャンセル待ちをしたって、空く可能性は低い。

それからが大変、貸し会議室を必死で探しました。部屋の規模、時間、料金、場所などいろいろ検討して、まずまずの所をようやく見つけた時は夕方になっていました。
ホッと一息ついてお茶を一服。西の空が染まっていくわ、あしたもいい天気かしら、暖かくなる予報だわ・・・
・・・うぉー、やばし! お布団を干してたんだった!

でも気付いてよかった。この事を6月まで知らずにいたら、それからでは他の会議室も借りられない状況になっていたでしょう。危なかった。

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