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2019
10.14

グリーフ

自分の住んでいる地区は何事もなさそうなのでテレビをつけることもなく、避難準備品の片付けなどをしていたら、友だちから水戸も大変よとメールがきました。
でもテレビのニュースではやっていないので、Twitterで見ました。見慣れた風景が水の中。普段はのんびりゆったりした川があんな景色を作るとは。そういえば朝から消防車や救急車、ヘリコプターの音がにぎやかだなと思っていたのですが、自分が無事だったこともあって音は関心の外でした。冷たいものだな、と自分を振り返りました。

午後からは遺族のグリーフの集まりに行きました。今少し辛い時期なので行くのをためらいましたが、それだからこそ行こうと思い切りました。
私の番になった時に自分でも思っていなかったことが口から出ました。
「モルヒネの量の調節をし過ぎて、過量に投与してしまったかもしれない。消極的安楽死をさせてしまった。このことを自分を責める材料にしている自分です」
IMG_20191007_174949.jpgアドバイザーの看護協会の看護師さんがすかさず言います。
「中皮腫の苦しみを和らげてあげられたのですから、よかったのですよ。間違ってはいません。そのことを後悔の材料にすることだけはおやめくださいね」

唇を噛みながら聞きました。今すぐに受け入れられないけれど、繰り返し思い出して自分を納得させます。今はまだ、自分を責めている段階です。もう5年になろうとしているけれど。

散歩道の花に慰められる
刈田の二番穂 紫苑 水引草


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2019
10.09

看護記録

もう間もなく5年になります。
4年前の今頃は静かで辛い日を送っていました。
辛かった記憶はあるのですが、具体的な出来事はあまり覚えていません。
覚えていることも、時間の順序がぐちゃぐちゃです。何がどうなってこうなったか、ということが頭の中で整理されていません。

辛い後悔の中でもいちばん悔いることは、高カロリー輸液の点滴を受け入れたことです。
それをいつ受け入れたのか、その時夫は意思表示ができる状態だったのか、そのことの記憶が曖昧です。
夫は医師からの高カロリー輸液の提案に「うん」と言った、と私は思っているのですが自信がない。本当は、その時にもうすでに夫は意思表示ができなくて、私が代わりに「うん」と言ったのかもしれない。わからない・・・・・・
私の記憶が曖昧なのは、私が承諾しなければ、夫を痰で苦しめることはなかった、という後悔から自分を守るためかもしれない。

訪問診療所から看護記録を取り寄せることはできます。
このまま曖昧にしているのが辛いので、記録を請求しようと何度か思いました。けれど、夫ではなく私の承諾で点滴が始まったのだという、逃れられない事実を突きつけられるかもしれないのは辛い。
事実に向き合わず、記憶が曖昧だとかなんとか言い逃れしていたほうが........

看護記録を取り寄せて夫の闘病の日々が明らかになることで、私は安心を得るのか、さらに自分を責めることになるのか。
私にその事実を受け入れる心の準備はできているのか。

IMG_20191004_152905.jpg

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2019
09.08

相談会、講演会、交流会、例会

中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会、水戸相談会&講演会、交流会がありました。
この集まりに向けて、4月に会場の確保、7月チラシ配り、そして一昨日は交流会用の飲み物などの調達、準備。地元は私一人でしたので正直大変でした。
でももっと大変だったのは当日の司会進行。しどろもどろの進行を仲間が助けてくれて、恥はかきましたが無事に終わることができました。
新聞記事やチラシなどを見て予想以上の方々が来てくださって一同ホッとしました。

昨日は前日までの涼しさと打って変わって残暑が厳しい日になったので、開会の1時間前には会場に入って冷房をがんがん効かせておきました。
閉会解散のあとは、水戸の美味しいものを食べて帰りたいという名取医師たちと、やっぱり納豆料理、と街中へ向かいました。水戸に住んでも食べたことのない納豆料理を堪能して、家に帰ったのは7時半。
シャワーを浴びてきょうの資料などを整理してPCに向かったら、もう目がショボショボなので早くに休みました。

ひとつの集まりを企画実行することがこんなに大変だとは。大きな経験をさせてもらいました。この経験をこの先につなぐ? いえ、もう今回でたくさんというのが今の気持ちです。

きょうは午後から「大切な人を亡くした家族の会」の例会でした。
会を重ねて9回目。こちらもたくさんの人たちがいらしてくださいます。
きょう嬉しかったのは、広島の娘が作ったリーフレットを見て温かい気持ちになったので来てみました、というかたがいらしたことです。
会が始まって1時間、会場にけたたましい音が流れました。20台以上の携帯・スマホが発した避難準備情報のアラートでした。
会を早くに切り上げて外へ出たら太陽ギラギラで、なんじゃこりゃと言い合いましたが、猛烈な台風が通過するのですよ。家が飛ばされないか心配の夜になりそうです。

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2019
08.31

看護師のたまごさん

<2019サマーフィールドワーク~中小企業の良好事例、移住労働者との共生、アスベスト被害を学ぶ~>
という企画を「特定非営利活動法人東京労働安全衛生センター」が主催して、2日間にわたって行われました。
「東京労働安全衛生センター」は私たち患者と家族の会が連携・支援を受けている団体の一つです(と認識していますが、これでいいのかどうか、間違っていたら後日訂正します)。
2日目のきょうは「アスベスト被害を学ぶ」ということで、午前中にしっかりとアスベストのことを学んだ学生さんたち。午後の2時間を患者と家族の会から患者さんと遺族の私が話をしました。
目の前にいるのは同じ大学の学生さん同士、看護学を学んでいる10数人。2日目の和やかな雰囲気だったので、孫に語りかけるように終わることができた・・・と思います。
まあ、一人反省会の課題はもちろんあるのですが、人前で話すこと数回目、失敗失くして進歩はない、と強がりを言っちゃおうかな。

高速バス

帰りはいつものように高速バス。ところが今日のバスの運転手は、高速バス運転仮免教習中とでもいえばいいのか、そばに指導員が付いてます。前のほうの席だったので、指導する声が聞こえるのです。「新人がんばれ~」と思う一方で、ちょっと不安な2時間でした。
(写真は2年前のなので今は走ってないですが、八重洲の高速バスターミナルで見た茨城県神栖市のラッピング。「鹿行って、何て読むか知ってる?」バス。)

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2019
08.29

記者レク(?)

9月の相談会&講演会の資料を事務局が県庁記者クラブへ投げ入れてあります。
で、記者レク(というらしい)をきょう記者クラブで行いました。
レクは事務局の二人が慣れていますから心配は全くないのですが、私が問題です。話の筋は通っていたのかどうか全く記憶にありません。ハチャメチャです。足りなかったのか、余計なことを喋ったのか、一人反省会。

記者クラブ加盟媒体は15社くらいはあるようですが、来てくれたのは4社。いささか少ない・・・こんなものなのか・・・
でも、きちんと話を聞いてくれました。記事になってくれるといいんだけど。
やはり大分緊張したんでしょう、頭がボーっとして猛烈に眠いです。

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2019
08.21

折り込み情報紙

IMG_20190821_101537_HDR.jpg新聞の折り込み情報紙に家族会の情報を載せてもらえることになったと今月上旬に書きました。明日の新聞に折り込まれるのですが、きょう現物が郵便で送られてきました。
<お知らせ>の欄に日時・場所など数行だけ載るのかと思っていましたが、それよりも扱いが大きいカラーのページに載せてもらえました。一応記者の取材記事という扱いかも? 電話で取材を受けましたから。

同封されていた「取材御礼」には型通りの印刷された挨拶のほかに、記者の手書きで、
<貴重な情報をおよせいただき、ありがとうございます。
一人で困っているかた、悩んでいる方に声が届けば嬉しいです。>
とコメントがありました。

短い文の中に記者のあたたかい人柄がうかがえて嬉しいです。この記者とは遺族の会の取材で直接会ってお話もしています。お若くて気配りのある素敵な方でした。
さあこれであとは記者会見。

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2019
08.17

遺族の会

来週末にはもう一つ予定がありました。「青空の会」に参加します。
青空の会は癌遺族の会です。前から参加してみたいと思っていましたが、なかなか行ける日がなくて初参加です。

遺族の会に私は何を求めているんだろう、自分でもよく分かりません。行ってみて分かるかもしれないと思います。なにか誘われるものがあると感じています。
随分昔に、ある家族会の掲示板に参加したことがあります。そうしたら、「傷の舐めあい」と言われたことがあります。ひどく傷つきましたが、今なら言い返せる「舐めあえる相手がいるって幸せなことだよ」と。

この秋で4年を過ぎる遺族の暮らし。元気に前向きにしっかりと暮らしているように思われているかもしれない私。そうなのでしょう。時間や仲間が悲しみを癒してくれているのでしょう。でも、
・・・私、悲しみを思い切り悲しんだことがあったっけ?
この事を知りたい見つけたい私です。

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2019
08.16

プレスリリース

中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会では来月、水戸で「相談会&講演会・交流会」を催します。
地元ということで、私が病院などへのチラシを配り歩きました。
そのあと、他にできることはないかと考えて、新聞の折り込み情報誌に掲載のお願いメールをしました。そして来週22日に載せてもらえることになりました。

あとは、県庁の記者クラブでの記者会見に出席です。
記者会見と言ったって、まさか屏風が用意されている訳ではありません。各社の記者さんの前の応接ソファに座るだけです。2年前に1度経験しました。

新聞日時は決まりました。事務局の職員が動いてくれていますから、私は当日その場へ向かうだけです。前回は匿名での会見でしたが、今回は会の世話人という肩書がありますから、匿名という訳にはいかないでしょう。(写真は2年前のもの)
何を軸にして話したらいいか、そろそろ纏めておかなければならない。
実はそのあと、もう一つ荷が重い任務を受けてしまってて、本当に私ってオッチョコチョイです。返事をしてしまってから心配になって悩んでいます。
来週末は県の広報誌の原稿がくる予定。その前にこれらをなんとかせねばならないです。

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2019
08.10

お盆だから

きょうの新聞は分厚い。たくさんのチラシが折りこまれています。そうか、世間はお盆の準備をしているんだね。

お鈴「死んだら無だから、何もしなくていい」といった人の言葉通りの送り方をしたので、我が家には仏壇もお墓もありません。
とてもいい笑顔の写真と、素敵な音のするお鈴、かわいい蝋燭と、いい香りのお線香があるだけです。
そして大切なお骨がトンと置かれています。閉所が怖かった人をお墓になんか入れたくないのです。
「お墓に入れてやらなくちゃ、仏が浮かばれない」と初めてのお盆が近い時に、夫の友人は私をなじり席を蹴って立ちました。
このことは、夫と私が決めたことです。夫は私を責めはしないと思います、思うことにしてます。気持ちの持ちようです。

そういう私ですが、亡き友のお墓には近くを通れば立ち寄ります。手を合わせて挨拶をします。時には語りかけもします。
彩椛ママは「おとうさん・・・」と手を合わせる場所が欲しいと言いました。でもそう言ってるのは一人だけ。可哀そうだと思うけど、一代だけのお墓を作ってもと私は考えています。
私が死んだときに一緒に海に流してもらうのがいいなと思っています。

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2019
08.02

ついでに

9月に開く相談会・講演会・交流会のチラシを地味に配っています。
毎日35℃の暑さだし、車はシェアさせられているし、思うようには捗りませんが、12カ所の病院などへ置いてもらえることになりました。
昨日は近くのスーパーのお知らせコーナーに置いてもらうべく、買い物がてら持参しました。とても気持ちの良い応対をしてくださいました。

きょうは図書館へお願いに行きました。ついでに本を2冊選んで貸出カウンターへ行くと、良いタイミングに館長さんが居られました。館長さんも気持ちよく許可してくれて、本当に嬉しい!

気分良くして、今度は近所の医院へ向かいました。昔からある町の医院ですが、呼吸器内科の看板を掲げているのを知っていました。そしてまたついでに、これからの私のかかりつけ医にとも考えていたので、保険証も持って行きました。
そうしたらなんとまあ、びっくり。代替わりした先生は、昔横須賀の病院でアスベストを診てらしたのです。チラシをお見せしたら、亀戸の名取医師。平野医師もご存じで、先生は懐かしそうに語りだしました。もちろんチラシはOKで、9月の講演会、時間が許せば名取先生に会いに行きたいともおっしゃいました。感激、嬉しい!
穏やかな丁寧な診察で私のかかりつけ医として心強い存在になってくださるでしょう。
そしてまた、茨城のアスベスト被害者のために力になってくださるような気がします。

代替わりは夫の発病後だったというのがとても残念です。先生がもう少し早く故郷に戻っていらしてたら・・・信頼関係が結べる主治医となってくださったでしょうに。

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