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2019
07.11

エレステの朝

Category: モンゴル
(思い出を辿っていました)
IMG_5017.jpg
モンゴルではきょうから、ウランバートル郊外でのナーダムが始まりました。
エレステの朝は肌寒くて、ゲルからはストーブの煙があがっています。
ゲルがたくさんあるのは、ツーリストキャンプだからです。
普通はこんなに集まっていません。
近く見えるかもしれないけれど、向こうの山まではけっこう距離があります。

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去年の9月ごろ、早朝に爆音を立てて車が通ることが何日か続いて、その後はパタッとなくなりました。
車が壊れたのか、車検が通らなかったのか、ガソリンを買うお金が無くなったのかなど、勝手な想像をしていました。
今度はバイクです。
今朝4時半、エンジンをやたらにふかしながらバイクが通って目が覚めました。家の前の道を1往復半して音が消えました。どこから出てきてどこへ消えたのか。
明日も通ったら、警察に通報してやる!

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2019
05.09

木の花

予定の1日めは、東京でした。20日ぶりです。

藤
緑がまぶしい中、高速道路近くの雑木林に絡まっている藤が見事でした。
手入れされていない雑木林だから、藤がどんどん蔓を伸ばしているのでしょう。
それはそれは見事な藤があちこちに見られました。

ヤマボウシ
藤と同じくらいきれいに咲いているのはヤマボウシ。
木をまっ白に染める大木が目立ちました。
トチノキ
ヤブデマリ

白い花と言えば、行きたい、時川渓谷。トチノキとヤブデマリ。
今年も見事な花を咲かせているでしょうか。
(自分で撮った写真があるはずですが、すみません、お借りしました。)


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2019
04.11

上野・東京ライン

常磐線の普通電車、上野・東京ラインに乗って東京へ行きます。
これには2階建ての普通グリーン車が2両繋がれています。千円弱の料金です。
近ごろは奮発します。ゆったり2列シート。しかもあまり混みません。
友だちと乗っているオバサンたち、若いお姉さんたちがいない限りは静かです (ーー;)
今朝はサラリーマン風の男性の声がしましたが、場をわきまえた紳士二人のようです。
静かに本が読めました。

駅周辺に見える満開の桜、遠くの山を薄桃色に染める山桜、川の土手を彩る菜の花の黄色、そして昨夜の雨で緑が柔らかくきれいです。
目も心も洗われました。
明日もがんばるわよ~ 10時過ぎに家を出れば良いので、まだラクチン。

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2019
04.07

桜・読書

春休み最終日のきょう、彩椛とママと3人でお花見に行ってきました。
お花見の有名どころは混むだろうね、と言うママに、お墓の桜で良かったらきれいだよ、と市営の霊園を提案しました。
コンビニでお昼を買って、いざ。
駐車場もゆったり、人出は少な目。霊園に近い、市の上水道の水源楮川ダムの土手に陣取りました。桜は満開、日差しがぽかぽか、暑いくらいです。
お腹いっぱい食べて、腹ごなしにダム湖を1周しました。
帰りは霊園脇の道を通りました。木が大きくなって見事な桜並木です。友のお墓も見えたので、今度来るねと心の中で話しかけました。

山桜19
山桜の 大木

楮川桜
お昼を食べたら 雲が厚くなってきて 残念な色

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電車の中で読もうと、図書館で本を借りたのにそれを読みふけってます。
点訳をしている時には、自由時間のほとんどをそれに向けるので、なかなか読書の時間が取れません。以前に比べて、読書量は激減しています。
点訳を始めたキッカケは「本好き」という人が多いのですけど、はっきり申しまして、自分の本を読んでいる時間は持てません。私も電車の移動時間や、病院の待合室で読むことぐらいです。
しなきゃならないことがいっぱいあるのに、読書が止まらない。図書館に3冊リクエストしてきちゃいました。家の中の雑用はいつになったら片付くのだろう。

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2019
03.17

びっくり

仙台は私たちが新婚の2年間を過ごした思い出深い街です。
もうなん10年も訪ねていませんでした。聞いてはいたけれど、すっかり都会になった街にびっくり。

一昨日の仙台の夜は、セリ鍋が自慢のお店でミニ懇親会でした。大変おいしく、楽しい語らい、笑い。お酒も勧められて調子に乗った私は、自分のペースを忘れてしまいました。
途中で気付いた時には遅し。真っ直ぐ歩けるかな、と内心大焦り。
自分ではしっかり歩いたつもりだったけど、酔っ払いはバレてたかな。

そして、翌日の交流会でびっくりの出来事が。
私の出身を福島の南相馬と知った患者のご家族が近寄ってきて、
「南相馬のどこですか? 私は鹿島です」と言うではありませんか。
「えっ、私も鹿島です」私がそう言ってお顔を見ると、なんかどこかで会っているような気がします。その方は「私は24年生まれ」
「えっ、同級生? えっ、もしかしてMさん?」
スラスラと私の口から相手の名前が出てきました。
「えっ、えっ、えっ!」
小中学校の同級生でした。中学を出てから55年です。
「こんなところで会うなんてね」「こんな珍しい病気なのにね」
積もる話が続きました。

「また会いましょう、ご主人をお大事にね」と別れた後の新幹線の中で、こんどは、そんな偶然があるのかということを思い出しました。
それは今から50年前、東京の下町の地下鉄の駅でのこと。大勢の人の中で後ろから声を掛けられました。「まりちゃん!」
東京で私を呼ぶ人なんか従姉以外にいないはず。
近寄ってきたのは高校の同級生のM・Kさんでした。この時も随分びっくりしました。が、このM・Kさんは先のMさんとは従姉妹同士だったと昨日知りました。

二人のMさん。どちらも偶然の出会い。不思議なこともあるものです、という仙台でのハプニングのお話でした。

吾妻小富士
走る新幹線から 春霞の吾妻小富士

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2019
03.16

仙台へ

昨日から仙台に行ってました。
以前にも書いていますが、水戸から北上する線路が原発事故のあと繋がっていないために、水戸から仙台に行くのは難儀です。
以前なら常磐線1本で行けたのに、今は水戸線というローカル線で西に。そこから東北新幹線に乗り換えます。新幹線がこれまた各駅停車。気の長い電車の旅でした。

仙台へは、患者と家族会東北支部の総会と集いの会に出席のためにです。
和気あいあいのとても良い集いに出席できて感謝です。
昨夜の少人数で懇親会。それから、きょうのハプニング。
これらは後日書きますね。

そして最後に仕上げのハプニング。
新幹線を下りてローカル線に乗り継ごうとしたら、遅延の放送がありました。ローカル線は暫く止まっていたようですが、私はホームで待つこと15分で済みました。そして先ほど10時過ぎようやく家に帰りました。
昨夜はよく眠れなかったのですが、「我が家がいちばん」と今夜はぐっすり眠ります。

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2019
03.11

Yさん Sさん

ホテルの9階のベッドで今朝3時過ぎ、不気味な感覚に目が覚めました。それは思った通り、地震の揺れはじめでした。ああ、3月11日。あの日は午後3時前だったと思いながら、気味の悪い揺れに起き上がろうかどうか迷っていました。


昨日はYさん(先輩のご主人)の納骨式が執り行われました。日曜礼拝に集まった教会の人々の讃美歌に送られてお骨は納骨堂に納められました。その後、穏やかな人柄のYさんの思い出を語りながら皆で会食をしました。クリスチャンでない私をも紹介してくださったので、Yさんの思い出を話させてもらいました。

教会


ホテルに入って、先輩と積もる話で夜遅くまで語らいました。
先輩Sさんは、さすがです。いっときの混乱ぶりはなく、いつものSさんに戻っていました。信仰の賜物でしょうか。
Yさんを突然亡くし、すぐ後に自分も狭心症で入院治療、すっかり弱ってしまったというSさん。こんなに気持ちが弱かったのかと愕然とし、自分を許せなかったのだそうです。
先月末に、私のLINEに応えて電話をくれたあの時に、閉じこもってはダメだと自分に言い聞かせたそうです。

たくさん喋って、気持ちも晴れたとSさん宅に戻ったところで、PCの設定の手伝いを少しして、お昼前にお宅をあとにしました。
途中、今朝がたの地震のあとよく眠れなかったせいか、運転中に眠くなり、道の駅に車を停めました。差し込む陽の暖かさで目覚めた時に、自分がどこにいるのかすぐには分からないくらい良く眠りました。

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2019
02.07

故郷への旅

故郷への旅。本来の目的の先生と友だち。
勿論楽しく喋りつづけましたよ。でもね、被災者二人がいればやはり話はその時のことになってしまいます。

友は年寄り夫婦と息子家族を避難させて、自分たちは家に残りました。友のお兄ちゃんが危篤状態だったのです。

先生は飼い犬と福島市へ避難しました。長く厄介になれる親戚ではなかったので、犬を飼えるマンションを借りたそうです。
現在は双葉町内に住んでいた先生の妹さん二人と、原町の自宅に住んでいます。一人暮らしをしていた3姉妹が一緒になったのだから、それなりの葛藤の日々のようです。

口をはさめる体験をしていないので、私はほぼ聞き役でした。

大田大田2

先生が習っている俳画の話、クラスメートの今、私のことなど、話は続きました。
食事は、先生が予約してくださった割烹で。雰囲気を壊すので写真は遠慮して、でも1枚だけ撮らせてもらいました。つくしのお椀が素敵でした。
旧家を改築した割烹は、古き良きしつらえがそこここに。
相馬野馬追の甲冑・陣笠と陣羽織。

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2019
02.06

フクシマの旅

故郷の街はどこを歩いても思い出が蘇りますが、故郷を離れて40年ですから、すっかり様変わりしているのは致し方ない。
けれど原発事故がなかったら、あそこまでうら寂しい街にはならなかったのではないでしょうか。
一応街の体裁はしていますが、人が歩いてません。子どもの姿を見かけません。

鉄道がつながらずに代行バスが走るのは、原発がある海側を避けて山側の道を通るためだとばかり思っていましたが、私の思い込みで間違いでした。
実際に走ってみると、代行バスは鉄道より更に海側の道路を走っていたのでした。
何故鉄道が途切れているのか。それは帰宅困難地域での鉄路の復旧工事ができなかったからでした。今は除染作業が進んで復旧に向けての工事が進んでいるらしいのですが。

代行バスは運転手のほかに車掌が乗務していました。
「ご乗車ありがとうございます …… なお、これより先は、帰宅困難地域を走行いたしますから、窓の開放はなさらないようお願いいたします……」
無言の乗客を乗せてバスは走ります。
通り慣れた国道6号線からは、8年間無人の家々、壊れて風に吹きちぎられている商店の旗、道路封鎖のための鉄柵、汚染土が入った黒い袋の山、山、山。
動いているのは、重機を操る人と作業に関わる人、車の通行証を確認するガードマンたちだけ。犬1匹見えませんでした。そうそう、調査をしているらしい白い防護服の人の姿が見えました。
何度か通っていた高速道路から見たフクシマとは段違いに悲しい6号線でした。

富岡
発車を待つ列車の中から写しました。
津波で何も無くなった海岸。砂浜と空との間にかすかに水平線が見えます。
写真の左に見える崖の向こうが福島第一原発のある双葉町方面です。

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2019
02.03

いってきます

明日の朝故郷へ出発です。
常磐線を特急に乗って「いわき」まで。そこからは普通列車で「富岡」まで行きます。そこから「浪江」までは列車が通っていません。鉄道は海沿いを行きます。あのフクシマの近くです。
代行運転のバスに乗り換えます。山側の道を迂回して行きます。明日乗るのは、そのまま故郷の「原ノ町」まで運行する1日1便のバスです。3時間半の小さな旅です。特急が通じていた時には2時間で行けました。
今からスマホで特急券を買います。海側の席があればいいけど。

「待ってっかんね」と友から電話もありました。お土産も買ってきました。
いってきま~す。

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