2017
10.31

ハロウィン

在宅ホスピスについてもう少し書いておきたいことがありますが、連日で少し気が重くなりました。
きょうは一旦置いて、ハロウィン。

若い人の間に定着した感のある、けど、年寄りには違和感のあるハロウィン。
まだ若い部類に足を残している末娘と子どもたちです。

s-秋s-冬

ご近所のお宅で
練習の成果を披露する小1孫
お友だちと 白目をむく練習をしたんですって

白雪姫とエルサになった 幼稚園児ともうすぐ2歳の女孫


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2017
10.30

在宅ホスピス 2

Category: 介護
在宅緩和ケア・ホスピスを受ける人は、このところ増えているけれど、まだ全体から見れば少ないようです。
緩和ケア病棟は、「日本ホスピス緩和ケア協会」によると400施設に足りないくらい。
そして在宅緩和ケアをする診療所は、全国で56団体が登録されているようです。
北から順に、北海道3団体、宮城6、福島2、茨城1、埼玉1、千葉2、東京10、神奈川2 ・・・ ほか29団体。
こんな程度です。医療の中で遅れている分野なのでしょう。
在宅緩和ケアを受ける患者には時間がありません。その短い時間で、患者・家族が納得し満足するケアを受けるのは難しいことです。
「在宅ホスピス」と検索すると、問題山積の記事がいっぱいです。
患者や家族も、医療者、看護者も高い壁の向こうを覗き見ているのが今の状態なのでしょうか。
その壁を超えるために、経験した者の声を拾い集めて検討・研修し、多くの医師・看護師が育ち、質の高い在宅緩和がどこにいても、誰でも受けられるようになって欲しい。

そしてもう一つ、残された者のグリーフケアにも目を向けてもらいたいと思います。
え? 「あなたには必要ないように見えるけど」ですって? そうかもしれない・・・そうでないとも・・・

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2017
10.29

在宅ホスピス

Category: 介護
奈良にある在宅ホスピスの体験記を読んでいます。
辛い体験記ですから、一気に読めなくて、少しずつ、途中で止めたりしながら読んでいます。

そして思いは夫の在宅での最後のこと。
夫は入院していた緩和ケアから一時帰宅したときに、もう病院には戻りたくないと漏らしたので、私は在宅で看取る覚悟を決めたのでした。
さて、その在宅を支えてくれた訪問診療ですが。とても良くしてくださって感謝していることに間違いはないのです。
が、ずっと抱いているモヤモヤがあって、奈良の在宅ホスピスの体験記を読んでからは、モヤモヤが何であったのかが分かった気がします。

お世話になった在宅診療所は、医師も看護師もスタッフも、とてもいい方たちでした。
でも、なにかが足りないと思っていたのですが、それは経験ではなかったろうかと思うのです。
高齢の方たちの看取りには慣れていたかもしれない。でも末期のがん患者の看取りはどうだったのだろう。
在宅診療ではあっても、在宅ホスピスではなかったということがです。

在宅になって初めて診てもらった時に、死期が迫っていることなどの事実をきちんと伝られていたならば。
高カロリー輸液のパックは1週間分だけが用意されたこと、それが最後の日数の予測だったのではなかろうかと分かったのは後になってからでした。
そういうことを濁さずに説明してくれたならば、無用な苦しみを夫に与える選択はしなかっただろうに。

モルヒネの点滴が始まるときの説明も足りないことのひとつでした。
あのまま物言わぬ状態になるとは考えていなかったので、心の準備が欲しかったと、これも大きな悔いとなりました。

2点だけ、私の一方的な想像で書きました。事実とは違う点があることでしょう。
それを確認したり、すり合わせをしたりすることが必要かもしれないけれど、今はまだ私には・・・

家で看取ることができたのは、先生・看護師さんたちの優しい心があったからだと感謝しています。


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夫の好きな 花海棠
返り咲きしそうなつぼみが 雨に濡れています
台風が去ったら 咲いてくれるよね


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2017
10.27

泣かせるぜ!

夫の命日です。
一昨年は午後から強い風が吹きましたが、きょうは穏やかな晴れの日が続きました。
午前中は夫の友人が訪ねてくれました。
現場に行く途中だからちょっと寄るよ、とさりげないふうに電話をくれますが、そうでないことは分かっています。
ありがとう、いつも私のことを気にかけてくれています。

午後は、お嫁ちゃんと娘2人、女だけ4人のお茶会でした。
15時55分、チラッと時計を確認しました。
まだ2年しか経っていないんだなと心で思いました。

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穏やかな朝日の中、ようやく開き始めたノコンギク


きょうは木曜日、183センチ孫のダンスの日。
「だぁの最後のプレゼントは、俺にダンス教室を見つけてくれたことだな」
泣かせることを言うじゃないか! そんなこと思っているなんて、こいつ!! 
うるうるる・・・


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2017
10.25

車中泊の味方

s-imgrc00746.jpg面白いものを見つけました。
同じことを考えている人はいるだろうけれど、それを商品にする人がちゃんといてくれるのね。
「セダンでも車中泊ができる」って。
足を伸ばすことはできないけれど、私はいつも丸まって寝てるから、たぶん大丈夫。
2,3泊ならイケそうです。
キャンプ用のエアマットは持っているので、工夫次第で平らに敷くことができるかもしれないと考えていましたが、問題は、シートがおしりのほうへ向かって斜めになっていることでした。
これは、その部分の空気室を厚くすることで解決しているように見えます。
さて、どうでしょう「買い」でしょうか? もう少し考えてみますか。

もう少しで命日なのに、ノンキにこんなこと考えてるなんて、罰当たりですかね。
何をしてたって、してなくたって、何を考えてたって、考えてなくたって、10月27日は毎年来るんだし・・・
おばかな夫を偲ぶおばかな妻はこんなことしかできないよ、と思って写真を見たら、ニヤッと笑ったね、確かに。


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2017
10.24

孫の預かりもの

またも台風が発生したというニュースですが、昨日未明の台風は雨よりも風にビクビクしました。
夜が明けて周りを点検。飛ばされたものもなく、近隣も被害はないようでした。
登校時間には雨は上がっていましたが、休校は決まっていたことなのでしょうがないけれど、自宅待機くらいがよかったのでは? いつもこうなのですよね。でも、何事もなかったから言えること、大事を取って良かったのでしょうね。
気持ちよく晴れた日なのに、外に出てはいけないと言われているのか、1日中子どもたちの声は聞こえませんでした。

ところで一昨日の孫の預かり物の件。
きょう学校から帰ってきた孫に事情を聞きました。
やはり、親に内緒の買い物だったらしく、しかも親に禁止されていたゲーム機なのでした。
机の引き出しに鍵をしてしまっていたのに、歳の離れた弟に貸したところ、チクられたのだそうです。
「1週間以内に取りに来なければ、売っちゃうぞ」と孫が言うと、友だちは「○○君にあげるから、時々貸してくれ」だそうです。
あはは、受験が終わるまで預かっておくね。

友だちは信頼できる子です。盗んだり、脅し取ったりするような子では決してなくて、お小遣いを貯めて買ったのだそうです。
でも、こんな大金を自由に使えるって、我が家ではありえないことですが、よその家庭のことね。
お母さんと折を見て話し合うよう、ゲームをやりに来た時にでも話してみようと思います。 

・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・

youtube検索していたら「ろくでなし」が聴けたわ。
55歳で亡くなった友の十八番だった・・・あの世があれば酔って歌ってるはずね 
オー ウィ!




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2017
10.22

孫の判断

昨日の「アスベスト被害者相談会&講演会」はあいにくの雨にもかかわらず、会場が開くの待つ家族もいらっしゃったとか。
会場での相談・電話での相談、たくさんの方たちのお力になれたのではないでしょうか。
企画や準備、運営など、Mさんご夫妻ご苦労さまでした。よい集まりになりましたね。

終了後、お調子者の私は、誘われるまま懇親会にも出席。大いに交流を楽しみました。
家に帰り着いたのは、シンデレラの時刻が過ぎてしまった0時10分。とんでもない婆デレラでした。

ぐっすり眠ってきょうは選挙に行き、家でゆっくりしています。
(選挙といえば、期日前投票に行く人たちの車で、昨日は家の近くの国道が3Kmを超える大渋滞だったそうです)
夕方になって雨風が強くなってきました。「自主避難を希望する方へ」というエリアメールも入りました。
我が家は川から遠く、溢れるような用水路もなく、がけ崩れの心配もないありがたい地域です。
風だけが心配です。外回りは片づけてあるつもりですが、もう1度点検してきました。
明日は彩椛は休校です。183㎝孫は土曜日登校の代休でもともと休校、残念。

183㎝孫といえばきょう面白い(?)ことがありました。
孫の友人がピンポ~ンと来て「あの、これ、○○君から貸してもらっていたものなんだけど、明日は雨がひどくて返しに来れないから今持ってきました」と言いながら袋を差し出します。外には車が待っていました。
「あらそう、雨の中ありがとうね」

でもね、ちょっと様子が気になったし、袋の中身は孫のではなさそうな物。
まさかね、親の知らないところでこんな高額なものを買っていた? そんなことは無いと思うけれど。
孫に聞きに行きました。
「おれ、そんなの買えるわけないじゃん」
「ふーん、とすると、あんたが使われたってことかな。友だちが親に内緒にしてたのがばれちゃって、あんたに借りたって言って。それですぐに返して来いってか」
「この前みんなで遊びに行った時、あいつそれ買ってた」
「買ったとこ見たのね。盗んだとか、誰かのを取り上げたとかいうんじゃないなら、預かっておくしかないね」

「しかしね、友だちじゃなくて親が返しに来てさ、あんたが玄関に出たとしてさ、いきなりこれ返すって言われたら、あんたどうした?」
「うん、瞬間に察知して、どうもって受け取るよ。明日あいつに聞いておくさ」

QJzD3.pngあとは、友だちの家庭の中で解決してもらいましょう。
笑ったのは、瞬時にそんな判断ができるようになった孫の事です。
人の気持ちを推し量ることが苦手な孫ですが、こんな判断をしたことが愉快だと思ったのです。
少しずつ大人になってきてるのかな?


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2017
10.20

雨女たち

私は筋金入りの「雨女」です。
あす、家族会のお手伝いで本庄に行きますが、雨。しかも台風が窺っているという。

旅行中に台風のため列車が普通になり、動けなくなったこと1回。
キャンプ中に台風の進路にあたってしまい、村役場から避難勧告を受けたこと1回。
キャンプ中の雨は数知れず。4日間降りこめられ、帰る朝に晴れたこともありましたわ。

きょうは彩椛が秋の遠足で林檎狩りに行きましたが、雨。昼までには止みましたが、長靴をはいての遠足でした。
もぎたての林檎のお土産、とってもおいしかったけどね、気の毒でした。

昨日来た従姉ですが、あした石垣・波照間に旅行の予定でした。それも、数年前に石垣島に行く予定が、台風のために沖縄で足止めをくって行けなくなった旅行の、リベンジだったのですが。
どこまでもついてない、従姉には縁のない石垣島になりそうです。

私は明日6時には家を出ます。帰りは早くて21時を回りそうです。
ひどい雨にならないように願いながら、さあ、早めに休みます。


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2017
10.19

従姉と

冷たい雨の中、東京の従姉が母のご機嫌伺いに来てくれました。
母にとってただ一人の姪、従姉にとっても母はただ一人の叔母です。
私には父方のいとこが男女一人ずついますが、小さいころから交流はほとんどなくて、6歳年上のこの東京の従姉が唯一人のいとこです。
田舎暮らしの私には眩しい素敵なお姉さんだった従姉ですけど、今ではとても気の合う婆同士となりました。
多くを語らなくても分かりあえる、気心の知れたこの従姉の存在は大きいです。
年に1度くらい母を訪ねてくれ、娘が冷たい分、従姉がとても優しく話相手になってくれます。私の評価はその度に落ちていくのではないかと思い、苦笑します。

世の中は親子の愛は絶対だと信じる人が多くて分かって貰えないかもしれないですが、、母と馬が合わない娘というのもいて、私はその少数派の一人でしょうか。
従姉は「おばちゃんの足りないところ」と言って、母の性格の残念な部分を指摘します。「そこ、そこなのよ」と私は分かって貰えて安心します。
それでも従姉は「残念な部分を除けばおばちゃんは立派だよ」と私を諭すことも忘れません。

施設に入所している姉をも訪ねてくれます。
なにか姉の喜ぶ物と聞かれたので、文房具が一番うれしいよと言ったら、ペンケースの中にいろんな文房具を入れてお土産にしてくれました。
姉は、こんなのが欲しかったとニコニコ。
まったくそつのない従姉なのでした。


姉の施設の農耕班の稲刈り。10月初めの作業でした。
きょうも直売所でお昼をしましたが、この新米で炊かれたおいしいご飯を頂きました。

s-なs-る
落穂ひろいもていねいに。


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2017
10.18

あかちゃんふれあい体験

Category: そのほか
昨日、183センチ孫が、「明日エプロンを持って行かなきゃならないんだけど、忘れないようにあとでお母さんに言っておいてくれない?」と。
「調理実習なの?」
「いや、赤ちゃん体験」

きょう孫が帰るのを楽しみにしてました。
「赤ちゃん、どうだった、泣かれなかった?」
「可愛かったよ、泣かれなかったし」
年下のいとこを遊んでやった経験があるし、夏には小さい従妹に気にいられて、受験勉強ができなかったくらいだったしね。

s-67001_20171018_0006.jpg10組を超える赤ちゃんとお母さんが来てくれたのだそうです。
はじめは恐るおそるの中学生。泣きだす赤ちゃんもいて。
見てみたかったわ。ほほ笑ましかったでしょうね。
学校のHPに写真がアップされていました。

大切な赤ちゃんを連れてきてくださったお母さん、心が広いですね。
孫も他の中学生たちも、目じりを下げっぱなしだったことでしょう。
大事な経験をしたね。


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2017
10.15

遺族の声

中皮腫・患者と家族会の会合などに参加して、いままではサポートを受ける立場でしたが、これからは、微力ですが、サポートをする仕事を与えられました。
知識も少なく若くもない私が、ひとさまのお世話ができるかどうか心もとないですが、足と口が元気なうちは頑張ってみようと思います。
手はじめが昨日載せた「アスベスト被害者相談会&講演会」です。
先輩の後について邪魔にならないようにがんばります!

s-IMGP5049.jpg写真は昨日家族会で頂いてきた冊子です。
聖路加国際大学 看護学部の長松康子先生が中心に調査された、中皮腫患者の遺族に対するアンケートをまとめたものです。
家族は第2の患者とおっしゃる長松先生の温かい気持ちが、透けて見えるような調査結果にまとめられたと感じました。
と同時に、患者も家族も、とても納得いく医療を受けられたとは言えない、寒々しい治療の現実も見えています。
グラフなどでまとめられた前半。後半は、文書回答が続きます。
このたくさんの声が、提言が、医療者や看護者に、世間の人たちに届いてほしいものです。
私にできることは、折に触れて、このブログに書いていくことでしょうか。訪れてくださる10人の方が、3人の方に話されて、その方がまた3人に話してくだされば・・・
アスベスト疾患は過去の病気ではなく、これからも増え続ける病気です。関心を持ち続けて欲しいと思います。


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2017
10.14

埼玉・本庄相談会

家族会のお手伝い、東京亀戸で1日を過ごしました。
小雨の肌寒い朝7時に家を出て、夜6時に戻りました。
月に1回、家族会の皆さんに会うために出かけています。
家族会といっても、闘病中の患者の家族がボランティアに割ける時間は難しく、つまるところ遺族会となってしまうのは仕方のないこと。
最初に参加した時夫は元気で、みなさんにびっくりされたことでした。
できるだけ参加するようにと夫が言っていましたし、みなさんとの語らいが楽しみで、1日お出かけも苦になりません。

来週は埼玉県本庄市で「アスベスト被害者相談会&講演会」があり、そのお手伝いを引き受けました。
そこで宣伝です。(写真をクリックすると、少しは大きな画面になるかもしれません)

知らないだけで、本当は身近にあるアスベストのことを正しく理解していただきたい。
患者さんの力になりたい、埋もれている患者さんを救いだしたい。
そういう思いで活動しています。

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2017
10.13

一人居酒屋と「こ卯さぎ亭」

昨夜はちょっと信じられない酔っぱらい方をしちゃいまして。
彩椛ママに貰ったチューハイで、久しぶりに一人居酒屋したのですが、急に酔いが回ってしまったのか、頭がしびれたようになってきました。初めての感覚です。
体の力が抜けてテーブルに突っ伏してしまいました。でも頭の芯は覚めているように思いました。
・・・ キャサリン・ジェンキンスの歌が聞こえます。美しい声だなあ・・・幸せってこういう気持ちかなあ・・・このまま死んでもいいなあ、なんて思いました。
いやいや、なに言ってる、こんな死に方したら子どもたちに迷惑をかける。立ち上がって水を飲みに行きました。ガブガブ飲みました。
机に戻って、開いていたブログのコメントを、頭をグラグラさせながら読んでいたら涙がボロボロ流れました。ひとしきり泣いて「泣き上戸かよ」と独り言をいい苦笑い。
ぐっすり眠りました。


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きょうは友人の息子さんのことで嬉しいことがありました。
お料理上手な友は、生きていれば、この息子さんと二人でお店を開いていたはずです。
友が亡くなったあとで開いたお店、東中野の「こ卯さぎ亭」にテレビの撮影クルーが。
レポーターの女優さんがレポートそっちのけでお料理にぱくついて、
「これおいしいね」
友よ、嬉しいね。涙流れるね。
料理の腕も、人がらの良さも、友からそっくり受け継いだ息子さん。商売はなかなか難しいようですが、頑張れ!


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2017
10.11

栄養・水分補給の是非

Category: 介護
昨日大きな後悔と書きましたが、それは情報を生かすことができなかったことです。

6月はじめ、アリムタに有効性が認められなくなり、治療終了を告げられました。
そうなることは予想していたことでしたから、漠然とした延命治療拒否ではなく、きちんと終末期のことを二人で話し合っておくべきでした。
喉まで出かかったことは何回となくありましたが、夫を前にするとどうしても言い出せませんでした。
5月半ば、「俺な、正月はないような気がする」と言ったとき以降は、終末期のことを口にするのは更に辛く、酷なことに思えました。

終末期に関する情報は私一人の胸に仕舞いました。
その大事な情報のひとつが、死にゆく人に施す栄養や水分の補給は病人を苦しめるだけだということです。
そのことは、長尾和宏医師をはじめ多くの医療関係者が語っています。
なぜ夫と話し合わなかったのか、それが間違いの第1番目。
2番目は、訪問診療の医師が反対の立場だったことです。そしてそれを受け入れてしまったことです。

栄養補給と水分の補給が為されてから、夫は痰が絡むようになって、ひどく苦しめられていました。
一度は呼吸ができなくなって息が止まりました。そこで痰を吸い取るために、気管に小さな穴をあけるミニトラックの処置を受けました。
それでもIVHは続けられました。毎日疑問が頭の中で渦巻いていましたが、「これって絶対に必要なのですか」という一言が言えなかった意気地なしの私でした。
IVHが始まって10日が過ぎたころ、ついに私は前に入院していた緩和病棟を訪ねました。私の考えを聞いてもらいたかったからです。
病棟にいた若い男性看護師が話を聞いてくれました。
緩和病棟にいたとして、IVHなどをどうしたと思うかとの質問に、彼は施さなかったと思うと答えました。
涙を流しながら帰宅して、すぐに訪問診療所に電話をしました。「輸液を断わりたいと医師に伝えて欲しい」
すぐに看護師が駆け付けてくれ、点滴の速度を調整してくれました。輸液のルートには痛みどめが入っているので、すぐに止めるわけにはいかないという説明だったと思います。
そしてそれから4日後に夫は亡くなりました。

苦しみを増すだけのIHVだったのではないか。私が強い気持ちで反対すればよかった。
いろんな管に繋がれることを嫌がっていた夫だのに、私は代弁しなかった。
「先生、殺してくれ」とまで夫は言ったのに、医師も私も聞こえないふりをした・・・大きな後悔です。
    

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2017
10.10

延命治療

Category: 介護
夫の介護での後悔のひとつに、最後を詰めておかなかったということがあります。
「延命治療はしない」ことだけは互いに確認していましたが、どの処置を延命治療というか。
2人は、延命治療と言って思い浮かべる、心臓マッサージ・人工呼吸器・水分補給の点滴などをイメージして話していたに過ぎなかったのです。
そのことが、大きな後悔を生むことになったのです。

在宅介護が始まり血液検査の結果、栄養状態が極めて悪いので、中心静脈栄養(IVH)をしたいと言われました。

「私たちは延命治療はしないと話し合っていました。IVHはどうなのでしょうか。IVHは延命治療だというお医者様の意見を読んだことがあります」
「そういう考えの医師も、そうでない医師もいます。私はそうでない考えです。今は少し栄養をつけるべきだと考えます。状態がよくなったら抜くこともできます」

そのことを夫も納得した。
と思うのです。納得したからIVHが始まったと思うのですが、記憶が飛んでいます。
この時夫は意思表示ができていたはず。
と思うので、意思を確認したはずですが、記憶が定かではない。

この時IVHを断らなかった、迷った挙句受け入れたことが、夫を苦しめることになり、私は自分の意気地なさを責めるのです。



お口直しに
モンゴル旅行で友だちになったAさんの地元のお祭りの写真です。
鉄砲を担いで1日中走り回って発砲したんだとか。
手を叩いて喜んでる夫がいるように思います。
元気だったら絶対お祭りに行ってたわね。

s-鉄砲隊s-その2


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