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2018
02.28

スマホで示す

Category: そのほか
ある独立行政法人が行う「実態調査に関する検討会」の傍聴をすべくメールで申し込んでいたのですが、
「本メールをもって傍聴券とさせていただきますので、当日はこのページを印刷してお持ちください」
というメールが先ほど届きました。

先日も書きましたが我が家のプリンタは故障していて、新しいのを買おうかコンビニの印刷でもいいか考え中です。
さっそくこういう事態になって、いちいちコンビニは面倒だなと思ってしまうのでした。
でもふと考えたんです。「「本メールをもって」云々ということは、スマホでこのメールを見せて、身分証明書を提示すれば良くはない?
スマホをかざすだけで支払だってできるんだもの、印刷して持って行かなくたっていいんじゃないかな。
明日、担当者に電話で聞いてみよう。

来週は5日にこの傍聴会、8日と10日も東京です。
8,9日とまた連泊しようかなと考え中。
今度は中日の9日をどう使うか、有意義に過ごしたいわ。
それにこの前紹介した『ニッポン国VS泉南石綿村』が10日ユーロスペースで上映開始です。
上映時間など詳しい情報が分からないけれど、見て帰りたいです。
終わる時間によってはもう1泊して、翌日でもいいかな。
来週は、もりもり盛りだくさんになりそうです。


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2018
02.27

春一番

Category: そのほか
昨日はダラダラと過ごしましたが、今日は少しは気合いを入れました。
といっても知れてるけれど。
暖かな気温に誘われて、小さな庭の草むしりをしました。
春になってせっかく伸びた草なのに、雑草と言われて抜かれてしまうなんてかわいそう。でも、放っておくとあとが大変。
ごめんね、と抜きながら裏庭へ行くと、フキノトウがポコポコ出ていました、春なのね。

s-P_20180227_105946.jpg

春の嵐の予報が出ています。
春一番と言えば、私たちには苦い思い出が。
マイカヌーを買って間もなくのころ、那珂川に漕ぎ出しましたが途中から強風が吹いて、漕げども漕げども進みません。
「岸に着けて、歩いて帰る」と文句を言うも無視されて、悔し涙を溜めながら帰り着いたことがありました。
この日に吹いたのが春一番と、あとで知った無鉄砲な夫婦。

何度も修羅場をくぐったカヌーは、この3年間仕舞われっぱなし。
今年こそは物置から出して手入れをしてやらなければ。

裏庭から5,6個採ったフキノトウは、ふき味噌と天ぷらにして、28回目の月命日に供えました。


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2018
02.25

家に帰りました

昨夜ホテルに戻ったのが23時半。それから物音でしばしば起きて、もう朝かと思って時計を見たら4時。とろとろと寝て6時起床、シャワー。
二次会のお付き合いが過ぎたかな、眠いです。

昨日に続いてスマホから写真挿入などをしたけれど、スマホって意識しないで撮ると縦長の写真になって、それらを並べると間延びするので止めました。
スマホでもPCで操作するように写真の脇にコメントを書けるといいのですが、そこまでは無理なのか、勉強不足なのか。なので、PCからです。


s-P_20180224_211249.jpg横浜二日目、今日もどこへも行けませんでした。
今日はお昼で終了だったので散歩と思いましたが、曇り空で寒くて寒くて。
数人でおしゃれなランチを食べたのが、横浜の思い出かな。あ、大桟橋の遠景は見ましたよ。
昨夜の夜の写真です。
お昼のおしゃれなスペインレストランの写真はなし。
婆さんが食べる前に写真ばかり撮るのもね、他のみなさんに失礼かと思って。

s-P_20180225_161244.jpg
水戸への帰りは東京マラソンの影響を考えて、東京駅からの高速バスは避け、久しぶりに常磐線で帰りました。
走る列車から筑波山です。


で、列車は進んである駅に停車中に撮りました。
閉鎖された工場の跡ですが、将来解体することがあれば、きちんと調べるよう、関係者に申し入れする必要があるかもしれない。
今日のアスベストの講義を聞いたので、いつもの景色が別のものに見えました。
もしかしたら、アスベスト含有の波板スレートかもしれない。

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2018
02.24

アプリ練習

Category: そのほか
初めての横浜駅。
みなとみらい線のホームはどこ? 矢印の通りに行くとエレベーターに突き当たり、これでホームに降りるのでした。
先にお昼を食べようと入ったカフェのお兄ちゃんは、カッコよかったけど、恐ろしく無愛想。同僚と私語しまくり。
どうってことないパスタの写真だけど、練習のつもり。ボケボケでしよ。



内容の濃い会議で、自由時間なし。
終了後、ホテルに入りましたが、このあと懇親会の会場へ移動です。
横浜の写真はありませんが、とりあえず、練習だけをアップします。

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2018
02.23

FC2アプリ

Category: そのほか
FC2ブログのアプリが使いやすくなっているんですね、知らなかった。
以前に試した時は写真が好きな位置に貼れなくて、「使えない」とほったらかしにしてました。
が、明日は一泊で横浜です。時間があればブログに写真を貼ってアップしてみたい。
モバイルパソコンは軽いとはいえ、近頃は持ち運びが大儀になってきたので、スマホでブログができればそのほうが良い。

新しいアプリをダウンロードし直したものの、肝心のカメラのマークが見つからない。
格安スマホだからダメなのかな、そんなことはないはずだよね、といじくり回しました。
フンフン、そんなところに隠れてたのね。もうまったく、でも見っけ!
練習何とかできました。

通過するだけで降りたことがなかった横浜。
大桟橋、山下公園の近くが宿泊と会議の場所です。
『an・an』『non-no』とは縁のなかった田舎娘。横浜はいつか行ってみたい場所でした。


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2018
02.22

役に立たない

Category: 懐かし話
明け方降り出したらしい雪が、ほぼ一日中降っていました。
地表温度はそれほど低くなかったからでしょう、積もることはなかったけれど、時折強く降った時間もありました。
こんな日は(こんな日でなくても)外へ出ることなく、編み物と読書、ちょっとピアノ。
なんて優雅で退屈なんだろうと笑ってしまいます。

編み物は相変わらず、編んでは解きを繰り返しています。
もう何年も編み針を持ってなかったからすっかり忘れてしまって、初心者用の本を引っ張り出しました。
迷っていたえりぐりの減らし目はやはり間違っていました。
他のことにはグズグズ迷うくせに、編み物に関しては潔く決断します。エイッとほどきました。人生もこんなふうに決断できたら良いのにね。

編み物の本を探していて、懐かしい本を見つけました。商業簿記3級の問題集です。
点字を始める前だから40代半ばごろ、簿記を習ったのです。
県立商業高校で、夏休みの土曜日の7.8回を市民に開放して、入門からの講義がありました。
勤め人の若い人に混じって、おばさん頑張りました。
講義終了証書をもらって終わりかと思いきや、せっかくなんだから秋にある試験を受けてみなさいと申し渡されました。

あんなに勉強したことは人生で初めてで最後だったわ。
試験開始、武者震いとともに頭の中は真っ白。それなのに、なんの間違いか合格できたのです。
けれど合格証書と問題集が残っているだけで、何の役にも立ってません。
ただそれだけの話です。この頃、懐かしい話ばかりが続きますね。

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3,4日前の暖かい日 駐車場で日向ぼっこしてたバッタ?
暖かいといっても 冬
雪のきょうは どこにいるのか心配してます


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2018
02.21

恥ずかしい話

Category: 懐かし話
昔話ばっかりで恐縮ですが、訪れたブログに、久能山東照宮などにお出かけの写真をアップされていた方がいらっしゃったので、思い出が蘇りました。

私の人生の汚点なのであまり思い出したくないのですが、半世紀も過ぎると良い思い出だけが残されるのか、昔のような胸の疼きは起こらなくて、こんなふうに書いてみようかなんて思うまでになりました。
汚点って? それは入社半年で会社を辞めてしまったことです。
はい、コネで入りました大手の旅行会社です。
田舎育ちの私には同期入社のみんながまぶし過ぎ、先輩方の洗練された身のこなしにも圧倒されて。
18歳、初めての一人暮らしに負けました。

久能山と何が結びつくって?
研修所での新入社員教育が1か月ちょっとあったでしょうか、その最後の仕上げに行ったのが久能山東照宮。
石垣イチゴ、富士山、熱海のホテルでの舟盛りのおもてなし(なにせ、旅行社ですから)。
懐かしい写真もあったはずなのに、若かった私は忘れてしまいたくて捨ててしまったのか、もう手元にはありません。

親切にしてくれたお友だちもいたというのに・・・ああ、思い出した、森恵子さんといったわ。この方にも会いたいなあ。
佐渡出身のまだ坊主頭だった藤原君に引きとめられたのに。送別会の幹事を結局やってくれた。会ってみたいな。

チャコールグレイのキリリとした制服のスーツが誇らしい、本社内営業所勤務と身に過ぎた勤め先でした。
恥ずかしい思い出なのに、懐かしい・・・


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2018
02.20

貧しい子ども時代 2

Category: 懐かし話
1週間前に貧しい子ども時代の話を書きました。
もう一人気になる人がいるんです。
小さな田舎の小学校でしたが、川を渡ってしばらく山のほうへ行くと分校がありました。
そんなに遠くはなかったのになぜ分校があったのでしょう。
分校が廃止になって、本校に来ることになったうちの一人に、子ども心にも貧しさを感じる女の子がいました。
三つ編みにしていたと思いますが、ほどいて編みなおしてきたのかどうか、という髪をしていたように思います。

名前は私と同じまりちゃん。
6年生の女性の担任は、「同じ名前だし、面倒をみてやってね」と机を並べました。
まりちゃんはたぶん、シラミがいたんだと思います。
ある日、担任はDDTの噴霧器を持ってきました。
まりちゃんだけだと差別みたいだからと、女の子みんなが白くなりました。

△△くんがまりちゃんをからかって、まりちゃんはすごい勢いで怒って外へ飛び出して行ったことがありました。
私と数人が後を追おうとした時に担任は、
「△△くん、あなたが行って連れ戻しなさい」
△△くんは素直に追いかけました。2時間ぐらい経った頃でしょうか。まりちゃんは△△くんと一緒に戻ってきました。

それだけが強烈に覚えているまりちゃんに関する出来事です。
まりちゃんも同じ中学には行きませんでした。その後のことは噂にも聞きません。

尋ね人を探してくれる番組がありましたよね。
まりちゃんのほかに、たかちゃんも探してくれないかなあ。


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2018
02.19

編み物

Category: そのほか
私の目を心配してくださるお方がいらっしゃるので、書くと叱られそうですが。
ずっと気になっていた編み物を、きょう引っ張り出しました。
家の中に春のような日差しが差し込んできたので、そうだ、今日こそ編み物だと始めました。

これは、ママの友人から頼まれていたものです。
友人の大好きだった叔母さまが急に亡くなって、編みかけのセーターが残されました。
後ろ見頃は編み上がり、前身ごろが途中の友人用のセーターです。
亡くなる直前まで編んでくれていたものをこのままにしておくのは悲しい。
誰か続きを編んでくれる人はいないか、と探していたところ、ひょんなことから私にその役が回ってきたのです。
人によって編み目のゆるさかたさが違うんだもの、同じようになんて編めないと断りました、が、それでもいい、形にしたいのだと拝み倒されました。

s-P_20180219_205059(1).jpg気になりながらも気は重く、半年が過ぎてしまいました。
きょうの日差しに誘われて、編み始めたけれど、編んではほどき、また編んで。編んではほどき、また編んで。
もうこれ以上解いたら糸の艶が無くなってしまうと妥協したのがこれ。
どうでしょう、どこから私が編んだのか分かりますよね(5段編みました)。
でもこれくらいで勘弁してもらいましょう。
3号針で編んでます。目がしょぼしょぼです。夜は編まないことにします。


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2018
02.18

父のこと

父は教員でした。一時期を除いて生涯教員でした。
小学校の教員、教職員組合の専従職、中学校の教員。その間一度だけ、山間の小・中校の教頭。
管理職になることを拒み、40年を教員の身分で勤めあげました。
58歳で早期退職を願い出て、1年半後には大腸がんが発覚、入院。その半年後に60歳で亡くなりました。

この父の言葉をふと思い出しました。
私が直接聞いたのではなく、友人から聞かされました。
父は私の中学に赴任してきたので、彼の弟を教えていたようです。
昔はそんなことがあったのですね。さすがに同じ学年を教えることはありませんでしたが。

ある日、友人が言うのです。
「お前のとうちゃん、生徒から人気があるんだぜ」
「えー、信じられない」 (家では無口な父でした)
採点したテストを返す時に、こんなことを言ったんだそうです。
「テストの点なんてな、お前たちの責任ではないんだ。頭なんてな、親の出来の10%増か、10%減だ。よくても悪くても、そんなものなんだよ。
そう思ったら、得意になることもないし、悲観することもないんだ」
生徒たちは笑ったり手を叩いたりしたそうです。

その言葉をいま私は娘たちに伝えたい。
「何をそんなにキリキリしているの? 親の思い通りにならないのが子どもだよ。
自分ではそうと思ってないだろうけれど、プレッシャー相当だと思うよ」

・・・ でも、私は婆なのです。親ではないんです。教育しているのは娘たちです。
父の言葉を考える余裕なんかないのが現代の教育事情なのでしょう。
余計なことは言えない、言わない・・・

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ヒヤシンスも 芽を出して 春よ来い!


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2018
02.17

書誌

Category: 点訳のこと
点訳する本を選ぶときは、他館と重複して点訳しないように気をつけます。
1冊でも多くの本のデータを「サピエ図書館」に収蔵するためです。
そのためには、本の情報を登録する「書誌」が重要です。
県立の点字図書館など大きな団体では専任の職員がいて、司書に準じた人が登録していると思うのです。
思っていましたが・・・そうでもなかったのかな。

家の近くの図書館で面白そうな本を見つけて、「サピエ図書館」で検索をしたら蔵書無しだったので、うれしや。
私の、次の点訳本にしようと思い、読みながら点訳しながら二日間楽しみました。
けれどこんなに面白い本が点訳されていないこと、ちょっと気になっていたのです。

先ほど、もう一度検索をし直しました。
うーん、やはり点訳本として存在していました。
本のタイトルは『淡淡有情』です。だから私はそう検索していました。
登録されていたのは『淡々有情』でした。
たったこれだけの違いで検索結果は違います。別な本になってしまうのです。

s-P_20180213_141303.jpg私たち極小点訳グループの書誌登録は、私が担当しています。
「書誌登録マニュアル」という冊子をひっくり返しながら10何年、書誌の登録を170冊。
他館の方たちに迷惑をかけてこなかったかしら。と今さらながら怖くなりました。
少なくとも「タイトル」と「著者名」は、これまで以上に慎重に入力しなければならないと思いました。

それにしても、私の二日間を返して、といってもいいでしょうか?

クリスマスローズが縮こまっています


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2018
02.15

分数

Category: そのほか
きょう2回目の投稿。
彩椛の学校行きたくない病ですが。

熱を出して先週はほとんど学校を休みました(インフルではなかったのですが)。
その間に算数は分数が進んでいて。
学校に出たら授業がイマイチわからない。練習問題を解くも、答えに自信がない。

学校では、算数はステップアップのクラスと、ゆっくりクラスに分かれて勉強するのだそうですが。
初めてゆっくりクラスに行ったのが悔しかった、のかな?
つまずいた自分が許せなかったのかな?

自分の実力を知るいい機会だったと思います。
いつかは、自分って思ったほどでない、周りにはすごい人がたくさんいると知るときがきます。
普通の人になるための軟着陸、上手くできなければね。

学校へ行きたくない病、お勉強は理由の一つで、他にもなにかありそうですが、追々聞いていくことにします。
彩椛の家に行こうかと思っていたら、宿題を持ってうちにやってきたので、一緒に分数の勉強をしました。
分からないことはなかったのですが、「そう、それでいいのよ」という掛け声が欲しかったみたいです。
宿題をして、ご飯を食べて、元気に帰って行きました。


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2018
02.15

何もない日

今日もほぼ一日校正をしていました。
どこへも出ないし、掃除も洗濯もしない。何にもない一日でした。

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こんなんじゃダメですね。明日は午前中、切手整理のボランティアに出かけます。息抜きです。
午後はもう一度最後の校正をして終わりです。

彩椛が、学校行きたくない病を発症したようです。
どうしちゃったんだろう、なにがあったんだろう。これから行ってみようかな。
一緒になにか美味しいものでも食べてこようかな。

 福寿草が咲きました


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2018
02.14

自動点訳

Category: 点訳のこと
点訳に興味のある人以外には、面白くもない、分からない話でしょうが、きょう私がえっ、と思ったことなので記録しておきます。

点訳に使うソフトは、人の手で入力するソフトと、テキストデータを自動点訳するソフトがあります。
じゃあ簡単じゃないか、ソフトに任せればいいんじゃない。と思われるでしょ? 違うんですね。
それほど賢くないんです、自動点訳ソフト。間違いを見つけ出して訂正するのが大変なんです。
そのソフトを試したのはもう10年以上前ですから、今は改良されているのかもしれませんが、普及しているという話は聞いたことがないので期待してません。

それと、テキストデータというのが問題です。
紙の媒体で出版されている本や雑誌などは、スキャンしてテキストデータに編集しなければなりません。
自動点訳ソフトは、テキストデータを点字に変換するソフトだからです。
本を1ページ1ページ、スキャンするのはものすごい手間です。

昨日きょうと、ほとんど1日PCの前から動けなかった原稿は、ある団体の定時理事会の議案書。
議案書は団体職員がワードで作ったと思います。ということはテキストデータ。自動点訳ソフトで点訳できるということです。
今ごろ気づきました。送られてくる点訳書は、なんだか変な点訳だったのです。
人の手で作ったデータらしくなかったのです。ああ、そうか、自動点訳だったのか。

でも、こういう使い方って良いのかもしれません。
点訳をある程度知っている職員が作って、私たちみたいに校正経験のある者に最終校正をさせればいいのですから。
ネット上にある「青空文庫」などはテキストデータなのだから、点字に直せるはずです。
それをやるのも面白いかもしれないわ。
私がもっと若くて時間があるのなら、やってみたかもしれない。

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水仙が芽を出していました
こんなふうに 若くてこれからだったらね
もう今は 時間も気力もないものね・・・


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2018
02.12

貧しい子ども時代

Category: 懐かし話
ブログ『海見えて』を書いていらっしゃる遠音さんが、11日に「友よ生きていますか?」を書かれ、きょうは「生きのびることを学ぶ」を書いてらっしゃいます。
遠音さんは開催中の冬季オリンピックを見ながら、北に渡ったかつての同級生を想い涙を流していると書かれています。

私にも朝鮮籍の友だちがいました。もしかしたら、おかあさんは日本人だったかもしれません。
色が白く物静かで可愛いスカートをはいていました。絵を描くのがとても上手で、ノートの裏のほうのページに可愛らしい女の子の漫画を描いてもらいました。
小学校5年生ごろです。成本久子ちゃんが朝鮮籍だなんて知りませんでした。
「ボロ買い」と言って揶揄されるのを耳にしても、私には何のことか分かりませんでした。
私が成本さんの家に遊びに行くととても喜んでくれました。
6年生のいつ頃の季節だったでしょう。1961年です。成本さんの姿が見えなくなったのです。
一緒に中学に行くとばかり思っていたのに、黙って転校したのかと寂しく思いました。

長じてから私は、成本さんは帰還船に乗ったのではないかと思いました。噂でお母さんと妹は日本にいると聞きました。
北朝鮮のことがニュースになると、成本さんはどうしているのだろう、寒くはないかしら、ひもじくはないかしらと思います。
私と同じようなお婆さんになって、幸せに暮らしていることを祈るばかりです。

そして遠音さんのきょうの「生きのびることを学ぶ」には、「しらみたかり」と「がんべたかり」のことを書いておられます。
我が地方ではおできが頭や首筋にできている子を「カサコ」と悪口を言ってからかっていました。
私は、一度も口にしたことはないですが、男の子たちがそう言って特定の子をからかっていたのは知っています。
体の小さい、頭が白い粉をふいたようになっている男の子でした。
栄誉状態が良くないので傷が治りきらなかったのでしょう。カサコの痕は、禿たようになっていました。
イジメに加わったことはないですが、かばったこともない傍観者でした。
親しくもない男の子だったので、その後の消息は知りませんでしたが、2011年、津波の犠牲者の中に彼の名前を見つけました。
トラコーマでただれた赤い目の顔が、脳裏に浮かびました。

こんな悲しい寂しい子ども時代があったことを、ちゃんと後世に伝え残していかなければならない。
今の繁栄が、初めからあったと思っているかもしれない子や孫に、どう話せば想像してもらえるだろう。
遠音さんはコメント欄を閉じてらっしゃるので、こんなことを思いましたとお伝えしたくて、書かせていただきました。


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