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2018
04.30

今年も四時川

毎日が日曜日の私に大型連休は関係ないけれど、学校に行っている孫には楽しみの休みですね。
約束した通り、きょうは福島県勿来の四時川渓谷に行ってきました。
去年の連休に3人で行きました。夫の思い出の場所です。
春が急いで過ぎていったのか、春の花たちはほとんどが終わっていて、緑も濃くなっていました。去年は山桜が咲いていたのに。
でも、水戸よりは北にある場所なのですね、緑がまだ柔らかくて心洗われました。

四時川ムグラ
大きな石に腰を下ろして満足げに笑っていた姿が蘇ってきます。
右の野草は「クルマムグラ」と思われます。
数ミリの小さな花です。

カメラを忘れてしまって、写真はスマホの3枚しかありません。
あとの1枚は道端で驚かされたほそなが~い、にょろりとした生き物。一人だったら足が竦んだでしょうけど、娘たちがいたので写真を撮る余裕がありました。


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2018
04.29

田植え機

Category: そのほか
きょうも良い天気。ちょっとそこいらにと思ったのに、娘に車を貸しちゃったんだわ。
車という足がないと、思いつきで行動するのは田舎暮らしでは難しい。
自転車しかない。そうだ、しばらく忙しくしていたのでお母さんの所に行ってないわ、行こう。

爽やかな風を切って、緑が濃くなってきた田んぼ道を走りました。
水を引いている田んぼはまだ少ない中で、1枚だけ田植えが始まっています。

P_20180429_130804.jpg田植え機のことで以前から知りたいと思っていたことがあるのです。向こうに行き着いたらどううやって方向転換するのだろう。
自転車を止めてしばらく見ていました。
畔に行き着いた田植え機は、苗を載せた台を数10センチ上に持ち上げて、何のことはない車と同じように向きを変えるのでした。
「真っ直ぐ植えるのは、勘ですか」と聞くと、
「ラインを引きながら進むから、それに合わせるんだよ」
田植え機から脇に棒が延びていて田植え機が進むと田んぼに線が引かれていくようになっていました。
それでも、まっすぐきれいに植わっている田んぼもあれば、うねうね曲がっている田んぼもあるのだから、やはり勘と技術は要るのでしょう。
田植え機がどんなものか分からない方にはこんな説明チンプンカンプンですね。
私は長く疑問だったことが分かったので嬉しいんですけど。

お母さんは変わりなく元気で、前に行った時より笑顔が多く見られました。
介護施設のこと、ちょっと思ったことがあるのですが、またの機会に書きたいと思います。


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2018
04.28

心臓のしゃっくり

昨日は自分の病院でくたびれました。
数日前、いつもの医院でちょっと口走ったことが仇になり、検査のできる病院にと紹介状を書かれてしまいました。
いえ、何のことはないんです、2年半前に24時間の心電図検査で期外収縮と分かっている、心臓ドキドキのことです。
期外収縮は心臓のしゃっくりのようなものだと分かっているのですが。
近ごろ少しまたしゃっくりが激しい気がして、チラッと話してしまったのです。
でも、「心配ないことだとは分かっていますから」と言ったのに、「まあ、念のため診てもらったらいいでしょう」と予約を取ったり紹介状を書いたり・・・

そうね、2年半経ったことだし、と紹介状を持って昨日大きな病院に。
そこでも、「期外収縮だからと分かっています」と言ったのに、またも24時間心電図をつけられてしまいました。
うーん、これは町医者と大病院の両方得の罠にはまったんだわ、きっと。
1万円も払ったんだです。ごめんなさい、国の医療費を無駄に使ってしまいました。


明けてきょうは、お天気に誘われて近くの植物園に出かけました。
何枚ものハンカチが風に揺れてきれいです。

はんかち

ハンカチ


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2018
04.26

姉と病院へ

Category:
姉の病院の付添でした。
1年前の検査で腹壁瘢痕ヘルニアと診断され、その時のCTで主膵管拡張がおまけのように見つかりました。
半年ごとに検査していて、きょうがその日でした。
超音波検査は前回の3倍くらいの時間がたっても終わらないので、何か問題があったのかと廊下で気を揉んでいました。
ようやく診察室に呼ばれての説明は、嚢胞の大きさに変化はないけれど、主膵管に少し変化があるということで、3か月後のCTの予約が入りました。
「できるればMRIをしたいのですが、無理そうですものね」と。

一度も見たことがないくせに、MRIに対する恐怖心は理解できないほどです。
姉を病院に連れて行くためにどれほど苦労したか、それはちょっとやそっとでは言うことができません。
いくら子細に話したとしても、きっと想像できないだろうと思います。

姉を社会に連れ出すためにした努力と犠牲、これだけは自分を褒めることができます。
よくやった、投げ出さないでがんばった。
夫がよき理解者だったこと、デイケアの指導員に恵まれたことが大きいです。

姉もがんばった。
小中学校を除けばほとんどを社会と交わらないで暮らした姉でした。ここ10年の姉の頑張りも、すごいものです。

P_20180424_130732.jpg

病院のあとは、姉と食事・買い物をして、施設に送り届けて家に帰った時は3時を回っていました。
ふーぅ、疲れた、頭が痛い・・・30分寝てしまいました。
明日は同じ病院に、今度は自分のために。さてさて、あと数時間だけど、校正がんばります。


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2018
04.25

ブログ紹介

Category: 思うこと
明日・明後日と用事があるのに、急ぎの点訳が入ってしまい一日頑張りました。明日の午前中まで寝かせて、午後から校正すれば何とかなりそうかな。
というわけで疲れたので、きょうはまたブログの紹介。人の何やらでお相撲です。
でも、とても良いブログですよ。

3月に茨城県古河市の「古河福祉の森診療所」について書きました。
診療所長の赤荻医師が中心となって開かれる患者会と家族会です。
赤荻先生のブログが素晴らしいのは勿論ですが、ここに遺族の立場で出席している、埼玉県鴻巣市の開業保健師の栗原里子さんのブログが素晴らしいのです。

  医師が同席するがん患者会の利
  抗がん剤治療への迷い

私も亀戸の患者会の世話人としてお手伝いをしているのですが、手伝いをしながら何か足りない、何かすることがあるのではないかと思っていました。
マギーズ東京を見学したりもしました。
そうなんです、これなんです。
こういう患者会・家族会・遺族会があればいいと思っていたのです。
気負わないで参加できて、互いに話し、聞く。ただのお喋り会に終わらないために、赤荻先生や栗原さんのような専門家が参加する患者会・家族会・遺族会が近くにできると良いなあと思っているのです。

栗原さんにお断わりなくブログを紹介しました。けれどきっと、「いいですよ」と言ってくださるはずです。今度お会いしたらお詫びします。

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きょうの雨に打たれる前の 宿根ネメシアとローダンセマム


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2018
04.24

要介護認定を早期に

Category: 介護
癌と診断されたら緩和ケア、と昨日書きましたが、もう一つ夫の看護から学んだことがあります。
要介護認定を早くに受けるべきだということです。

夫が中皮腫と診断されたのは2014年1月、63歳6か月の時。
そして8月には、私が一人で緩和ケア外来で面談を受けました。
それから7か月後2015年4月、緩和ケア外来で痛み止めの処方を受けることにしました。

その3か月後65歳になった時に、要介護認定の手続きをしました。
夫は車中泊などしながら釣りに行くくらい元気でしたが、息切れが目立ってきました。
夫はすんなりと認定調査を受けてくれました。
見た目ではとても病人に見えない夫だし、質問にもオチャラケながら答えていたし、認定は無理かな。
そこで私は中皮腫の特異性を強調して話しました。徐々に悪くなるのではなく、ある日を境に突然介護が必要になる病気なのだと、調査員に分かってもらえるように必死で説明しました。

結果、2週間後、要介護2の決定通知を受けたのです。早い決定でした。
介護ステーションとの契約、介護用品のレンタル契約など、嫌になるほど書類を書きました。
夫が元気だったからできたと思います。もし夫の状態が良くなかったら、夫を置いてあちこち飛び回ったり、書類に目を通す余裕はあっただろうか。
早いうちに手続きを済ませたことで、その後の介護が心配なく始められました。

クレマチス
クレマチスがほころびましたが 夜になって結構な雨です
だいじょうぶかしら 

「近赤外光線免疫治療法」
先日ラジオで聞きました。こんなサイトを見つけましたので貼り付けます。
良い事尽くめの新しいがん治療法。癌の世界を変える治療になって欲しい。


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2018
04.23

緩和ケアを知ること

Category: 緩和ケア
「癌と診断されたら、緩和ケア」と言われていますが、どのくらいの人がそうしているでしょうか。
「緩和ケア」イコール終末期という思い込みが、世間の常識から無くなる日は近いでしょうか。

夫の抗がん剤治療4クール終了時の面談で、とりあえずしばらくは休薬するので退院と言われました。
その時に私たちは緩和ケアのことを主治医に聞きました。
「いやあ、まだまだ早いですよ」と主治医。
その時はそれでも、と言い張ることができず引き下がったのでした。それが診断後4か月の時。

その時から更に3か月後の8月末、私は一人で緩和ケア外来を訪ねました。
その時のことを書きましたが、それにコメントくださった芹香さんのご主人の病院がすばらしい。

入院当初から精神科の先生や看護師さんが
頻繁に病室へ訪れて下さいました。
(私は当初誤解していて、ひどく混乱してしまいました^^;)
おかげさまで、痛みのコントロールがうまくいき
QOLも格段に改善しました。


私が求めていたのは正にこの事。
診断され何をどうしていいのか分からない時に、支えてくれる人がいたら、病人だけでなく家族もどんなに心強いことか。
一人じゃないと思うことは大事なことです。病気に立ち向かう気力が湧いてきます。
専門家が支えてくれるのですから。

ミヤコワスレ
ミヤコワスレ

夫の病気を通じて私がひとさまに伝えたいことの一つが、
「緩和ケア」のことをもっと知って、誤解しないでということです。
 

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2018
04.22

主治医とセカンド医

Category: 中皮腫のこと
夫が中皮腫と分かった時、情報を探してWEBの森を彷徨いましたが、そこに見える光は暗く案内人の姿は定かではありませんでした。
それなのに、主治医の説明はWEBで得た情報域から出ることはなく、逆に私たちの質問に「その情報は不勉強で」という始末。
この人はたった一つの標準治療以外に知ることはないのかもと、多くを期待するのを止めました。
転院も考えましたが、夫は「使える抗がん剤は一つしかないんだから、どこの病院へ行ったってやることは一緒だよ。それなら近いほうがいい」と言いました。

私たちは東京・亀戸の名取医師に意見を求めました。
おそらく日本で一番中皮腫に詳しいのではないでしょうか。
多くの患者に接しているし、病気の進行と死を見ていると思います。
その先生に「包み隠さず教えて欲しい」と夫は自分の病気の説明を求め、1年の間に3回先生の診察室を訪ねました。
名取先生からは病気と向き合うために必要な情報と励ましをいただき、夫は安らぎを得ていたように思います。
うわべの励ましでないことが夫の気持ちとマッチしたのでしょう。

P_20180415_110520.jpg亡くなる4か月前、名古屋行きの新幹線の中で具合が悪くなり、お医者様を探してもらう事態が起きました。
その名古屋からの帰りに行った亀戸が最後の診察になりました。
列車内の出来事を話すと名取先生は、
「とても残念ですが、そういうことなのです。このままだと、いつまた同じことが起きるか分からないです。酸素をうまく使って楽な生活をしましょうよ」と。

それまでは内科と緩和ケアとを並行して受診していましたが、それからは内科受診を止めました。
そしてこの時から本格的に痛み緩和の治療が始まったのでした。


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2018
04.21

ベンチ

Category:
いつかは病院に行かなければならないと思っている私の目の疲れですが、昼寝をするとマシになるのでベンチに横になりました。

ベンチ

夫は亡くなる前年の晩秋、釣りシーズンも終わり、時間を持て余していましたが、突如ベンチ製作を始めました。
作業を見ていて、夫の息が正常でないのが分かりました。
喉まで出かかった「だいじょうぶ?」を飲み込んで見守りました。心配され作業を止められるのは嫌だったでしょうから。
息を整えながら、1週間ぐらいかけて完成させました。

その後夫はこのベンチに座ってテレビを見たり、横になったり。
それがまた私の心配事になりました。長座布団を2枚重ねているとはいえ、下は固い木のベンチ。体が休まるはずがないじゃないですか。
「介護ベッドを借りるから、お願いだからベンチは止めて」
この騒動は2015年8月下旬にブログに書きました。
「・・・言うことはわかるけど、冷たいんだよ、おまえは」
病人になりたくない夫は、介護ベッドを入れることに強く反発していました。それを知ってて勧めた私に言い放った夫の一言。

きょう昼寝のためにベンチに横になっていたらそのことを思い出しました。
(優しさが足りなかったな。自分の死が遠くないことを悟った人を、理屈で言い負かしたような格好になったんだものね、ごめんね)
横になって天井を見ていたら堪らなくなってしまいました。


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2018
04.20

現金を持たない

Category: そのほか
近くのコンビニのレジが昨日行ったら変わってました。
クレジットの支払いは今までカードを店員に渡していたのだけど、今度のレジは自分でリーダーに差し込みます。
これまでは余りに少額の時は、クレジット払いはなんとなく気がひけたのですが、自分でするのであれば気楽に使えるような気がします。

近ごろは現金を持たなくても用が足りるようになり、遠くへ出かけるときでも大金は持ち歩かなくなりました。
SuicaがあればJRも私鉄も地下鉄も文字通りスイスイ。
キヨスクでの買い物も、駅ビルでの食事だってSuica1枚でOKですものね。
現金はお土産物屋さんやお蕎麦屋さんで使うぐらいです。
クレジットカードとSuica、それにセブンのnanaco、イオンのwaonを時に応じて使っているので財布に小銭が溜まらない。軽くていいわ。

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このカードケースは友人が作ってくれたもの。
ケースを開けるとカードが蛇腹のポケットの中に納まっていて、とても取り出しやすいんです。
これがあればお財布は必要ないぐらい。

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開き始めたと思ったらすぐに3分咲きのモッコウバラ
明日、明後日の暑さで満開になるでしょう


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2018
04.19

高校一年生

久しぶりに183センチ孫。
4月から高校生になりました。
制服はブレザーにネクタイ。父のいない子ですし爺もいなくなって、ネクタイを結べないという騒動がありました。
母親も私も結べないことはないけれど、教えるのって難しい上に孫は超不器用。
結局彩椛パパが前日結んでくれて、解かずに緩めておいて、当日頭からかぶるようにして締め直したのでした。

学校へは自転車で20分ぐらいの距離。今のところは充分間に合う時間に出ているようです。
朝、我が家に顔を出すので、可愛いじゃないのと思ったら、「ジュース代ちょうだい」
孫は週に二日、放課後デイサービスでアルバイトをするようになりました。
デイサービスにくる子どもたちがする、ダンスを中心にした活動を補助する仕事です。
中学生の時からこの活動をしていたのですが、高校生になったのでアルバイトとして契約を結んだのです。

P_20180412_090523.jpgきょう木曜日は5時から7時のアルバイトで、終わったあと自分の家を通り過ぎてうちに顔を見せました。
おやつを食べさせ、話し相手になりました。
「やっぱ、かわいいわー」
新1年生が入ったんだそうです。
ついこの間まで、自分だってお世話されるほうだったのに、生意気なことを言うようになったのが、婆は嬉しいです。

先輩たちみんないい人で、一人っ子の孫の良きお兄さんとして見守ってくださってます。
男親のいない孫にとって、とても頼もしい、ありがたい存在です。
       ムベ

このデイサービスは、以前にも書きましたが、爺が見つけてくれましたが、通うようになったのは爺が亡くなったあとでした。
孫は、「だぁが俺にくれたいちばんのプレゼント」と言っています。


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2018
04.17

練習と才能

Category: そのほか
きょうはお客さんがあって、午後いっぱいお喋りに花が咲きました。
夫と同じ病気でご主人を亡くされた方です。
二度お会いしたことがあります。お若い方です。
歳は離れていても共通項がたくさんありそうな気配がしました、お互いに。 

スズラン

 
昨夜ブログを書いていてどこを触ったのか、書き上げたものがどこかへ飛んで行っちゃいました。大したことを書いているのでもないのでいいんですが。
ピアノの練習のことを書きました。
私のピアノは半世紀前の子ども時分に2年間習っただけなので、ほぼ自己流で弾いています。指が動きません。上達しません。
どう弾くのかをYouTubeで確認したくて見てみました。そうしたら次々に興味ある画面が出てきて、夜遅くまで見てしまいました。


雨垂れ石を穿つ・・・信念と練習。ただただすごい! と。
有明の漁師のこの人、ラ・カンパネラを弾きたくてピアノを始めたのだそうです。
このあと、1年、2年、5年と進歩していくんだからすごい。



恵まれた才能。将来が楽しみ。

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2018
04.15

ドアフォン

Category: 思うこと
遅い時間にごめんねと娘から電話があって、どんな用事なのかと思ったら。
「近くのお年寄りの家で、ピンポンが鳴って玄関を開けたら刃物を持った男が立ってたんだって。お母さん、テレビドアフォンつけなさいよ」
前にも言われて調べたことがあり、旧式のピンポンからの交換は電気工事を伴うらしいことが分かりました。

ピンポンだけでも別に不便なことはないし、私ホントはあの、モニタ付ドアフォンって好きじゃない。
よその家に行った時、ドアの前に立つ自分がジロリと品定めされているようで、カチャッと受話器を取る音がすると身構えてしまいます。
モニタ確認だけで居留守を使われたら気も滅入だろうし。
ドアフォンに向かって喋っている自分も間抜けていて好きじゃない。
夜にライトが光るのも、悪いことしてないのにあまり良い気持ちがしないわ。
あ、そういう効果があるのか。悪い人だったら躊躇するかぁ。

タツナミソウ
タツナミソウ

まあ、私はとりあえず、ドアスコープで来客者を確認してからドアを開ける習慣をつけることにしよう。
玄関も窓も明け放して暮らしていた頃もあったのに、嫌な世の中ね。


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2018
04.14

疲れたな、きょう用

きょう用の今日は、疲れたなぁと東京から帰って来ました。
患者会の発送作業。出席者が少なくて、封入するチラシはいっぱい。
お喋りしながらも黙々と手を動かしますが、動かせど動かせど先が見えてこないという状態です。
昼ごはんもそこそこに作業を進めて、3時を過ぎた頃に「ようやく先が見えてきたね」とホッとして、4時半作業終了でした。

外に出るとあやしげな黒い雲が。降らないうちに帰ろうかという空気でしたが、「きょうは疲れたね、甘いものでも食べていかない?」と誘い、同じ電車に乗る3人と甘味どころに入りました。
久しぶり、甘味どころ。写真撮れば良かった、美味しいわらびもち入りあんみつ。
ほぼ同年の3人、親の介護話に花が咲きました。もうじき100歳、99歳、80歳の女親が健在です。
それぞれ何かしら問題を抱えているのですが、話すことで気持ちが発散できたのではないかしら。

ヘビ苺

帰りは高速バス。ほぼ満席のバスは快調に飛ばして1時間半。
家に着いたのが8時半。新聞を読んで、ブログ訪問をしていたらこんな時間になりました。さあさ、もう寝ます。


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2018
04.13

メルマガ 色鉛筆

Category: 思うこと
きょうは、京都府視覚障害者協会が発行しているメルマガ色鉛筆を紹介します。(毎日話が飛んで一貫性がなくてすみません)

第0号(創刊のごあいさつ)をクリックしてお読みになってください。
そして、よろしかったら読者登録をしてお読みくだされば嬉しいです。
見えない、見えにくいということを理解してください。

イカリソウ
イカリソウ

きょうのマガジンのタイトルは。 

「見えないのではなく見てはいけない」
視力も視野もあるけれど見ることができない、眼瞼痙攣のお話

目が不自由といっても、いろいろな不自由があるのですが、こういう症状の方々が居られることを初めて知りました。
まず知ることから始めたいと思います。ご一緒にぜひ。


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