2018
06.10

父の思いで

父は教員でした。
父が教員だと私が分かったのはたぶん小学校の3年生の頃? それまで父の職業がなにかなんて思ったことがなかったのでしょう。
毎朝バスに乗って出ていく父は覚えていますが、どこへ行っていたのかまで考えが及ばない子どもだったのですね。
教員だと分かるまでの父は、たぶん、教職員組合の専従だったのだと思います。だから分からなかったこともあるでしょう。

父が働いている職場に遊びに行った記憶があります。
隣の市の駅前の小さな民家を借り上げたような事務所で机に向かっていました。机は4つ5つ。
まだ家にはなかった電話が机の上にあって、(すごい、いいなあ)と思った覚えがあります。
事務職のお姉さんに電話を架けさせてもらった記憶もあるのですが、どこへかけたのやら、何を喋ったのやら。
もしかしたら、お姉さんの机から、父の机の電話に架けたのかしら。

父の勤務する小学校へ遊びに行ったこともあります。
夏休み中の学校だったのでしょう。桜の木の濃い緑が校舎に影を作っていて、校内が涼しかったことを思い出します。
合唱団の練習する歌が聞こえてきたのも覚えています(合唱コンクールの上位入賞校だったことを後に知りました)。
この頃に初めて自分の父が教員だったことを知ったのです。

IMGP5511.jpg
実生から3年目 初めて花が咲いた南天

父はこのあと、僻地校に単身赴任しました。
その時の思い出を書きたいのですが、きょうは一旦休憩。またの機会に(というほどのこともないですが)。

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