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2018
02.01

アリアーヌ巻き

Category: 懐かし話
前回の雪から10日。ようやく日陰の雪が消えました。
なのに、また雪が降るらしい。学校は10時登校と決まったようです。その時間に降っていたら休校だって。

故郷福島県の浜通り地方も滅多に大雪にはなりませんでした。けれど昭和62年ごろだったと思う、起きたら40cmを超える一面の雪。
今のようにメールによる連絡なんて無かったもの、行くしかなくて、子どもたちは2Kmの距離を雪かき分けて学校に行きました。
着いたら休校だったって帰って来ました。
「やったあ、休み」なんて喜んでる孫たち、余計な苦労をしなくていいのね。でもひ弱になっていくような気もする。

まあ、そう言う私だってぬくぬくした部屋で、更に暖房器をそばに置いているんだから何も言えません。
火鉢が暖房だった昔のことなんか忘れているものね。
忘れてない、嬉しい思いでは、父が買ってくれたアノラック。
田舎であの当時、他に誰も着ていなかったと思います。ライナー付きのフードのついたアノラック。

アリアーヌついでにもう一つ昔話、真知子巻。
中学生の頃かぎ針でショールを編んで、真知子巻にしていたのを思い出しました。
ヘップバーンみたいにスカーフの端を首に巻いて後ろで結んだりもしました。
どこからどう見たって、大根足の田舎娘だけど、背伸びしてたね、あの頃。

ヘップバーン様のネッカチーフ姿。何とお綺麗な。


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コメント
そうですよね・・・
何か起きた場合、責任問題が発生するとか、
いろいろあるんでしょう。

昔は何にも無かったけれど、それが当たり前でしたし、
それ以上、何も望みはしませんでした。
逞しかったなあ~!
今便利で豊かになり、反面ひ弱になり、欲も増えたかも知れません・・・

すごい山奥で生まれ育ったのですが、
片道2㎞の私は、学校が近い方でした。
同級生の中には、片道5㎞の山道を通っていた子もいました。
今考えると、みんな当たり前にしていたなあ。

外国映画に疎い私ですが、
ヘップバーンさまは、本当に美しいですね。
生き方も素晴らしく、憧れています。
まめままdot 2018.02.01 22:33 | 編集
私もその頃は小学生だったのにおしゃまでね。
真知子巻きをして母から叱られた事が有ります。
いまだに叱られた意味が理解出来てません(笑)
こんな性格ですから大人になって
海外で暮らすようになってしまったんでしょうね。
太巻きおばばdot 2018.02.01 23:26 | 編集
わすれ草さま お元気になられましたか?
インフルエンザ、お大事にしてくださいね。
 
懐かしい真知子巻きのストール、流行りましたねー。
私の年齢ですと、ヘップバーンもそうですが、「君の名は」のヒロイン真知子さん(岸恵子)の真知子巻きです。
今と違って物の無い時代でしたから、手編みをして作りまた。
あの時代を思い出すと、みんな健気におしゃれをしていたなーと思います。

pirokodot 2018.02.02 08:22 | 編集
 ☆まめままさん、無いことが当たり前の生活でしたが、不幸ではなかったと、思い出を手繰ってそう言えますよね。

義母は林業で暮らす集落の出身で、学校は「2里はあったべか」と言ってました。学校に着かないで遊んでいたこともあったって、そういう話を聞くのが好きでした。

ヘップバーンの生き方、素晴らしいですよね。
わすれ草dot 2018.02.02 09:12 | 編集
 ☆太巻きおばばさん、やはり太巻きさんはおしゃまさんだったんですね。そんなふうに想像していました。

どうしてお母さまは叱ったんでしょう。
大人っぽ過ぎると思われたんでしょうか。

そうかあ、枠に嵌りきらなければ、外国かぁ。
外国語の勉強に力を入れてればよかったなあ。でも才能ないからなぁ。
わすれ草dot 2018.02.02 09:23 | 編集
 ☆pirokoさん、ようやく直りました。若い時より時間がかかるのは仕方ないですね。

岸恵子さんもお綺麗ですね。
真知子巻のショールは、私も自分で編みました。真知子巻がしたい一心で、あんなに長いものをよく編んだものです。薄いピンクの毛糸でした。
手の癖か、右に傾いたようなショールになりました。

祖母が購読していた「主婦の友」のグラビアや付録を参考に、おしゃれを考えたものです。
中学生が主婦の友? ふふふ。
わすれ草dot 2018.02.02 09:31 | 編集
あんまり過ぎ去って遠いから そして記憶力も
落ちていて・・その時幾つだったんだろうと・・
思い出せません。
きっとそんなことの外に暮らしていたか
闘病・・3年近く入院していました。ので
不明なのかな?
遠音dot 2018.02.02 09:32 | 編集
 ☆遠音さん、私もはっきりいつのことかはわかりません。

映画の頃(1953)は私はまだ小さく、次のテレビの頃(1966)は見ていないしで、雑誌などから得た情報だったと思います。

闘病中、おしゃれどころではない日を送っていた若き日の遠音さん。
透きとおるような美しさだったのでは? えぞをさんを惹きつけるほどに。
わすれ草dot 2018.02.02 10:05 | 編集
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