2018
03.04

確として

Category: 介護
きのうのがんサロン「サルビアの会」での話を書こうとしているのですが、思いは湧いてくるのですが、文章に現せません。
s-サルビア文章力がないことが第一の原因ですが、どうにも気持ちの整理がついていないのも原因かと思うのです。

ずっと頭から離れない二つのことを、みんなの前で話しました。
一つは私の話がきっかけになったように、出席の方たちに話の輪が広がりました。
遺族としても出席の保健師さんは、ご自身のブログにこの事を書いてくださっていました。グリーフケアの言葉は聞かれるのに。身近で機能していないと。

もう一つは在宅の看取りの後悔です。
この事を書こうとすると、言葉が出てきません。
とつとつと、先生に訴えることはできましたが、書くことは難しい・・・

「在宅で看取ったことはとても良かった・・・よかったけれど、先生はハズレだったんだね」
在宅医が終末期の看護をどうとらえているか、医師の質の問題だという赤荻先生。
在宅医がどんな考えの先生か分からなかった、分かったところで他に在宅医はいなかった。そこが問題。

私が後悔していること、そのことは間違いではなかった(根拠のない後悔ではなかったということ)。
なかったゆえに、後悔は確として心に刻み込まれて消すことができない。


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コメント
今日のYAHOOニュースに子どもさんを自死で亡くした遺族の会「あんじゅ」が紹介されていました。
息子さんを自死で亡くした代表さんは次のように語っていました。

「どんなにつらい過去でもなかったことにはできない。悲しみは乗り越えるのではなく、一生抱えていくもの」

共感したので、こちらに書かせていただきました。
風のフェリシアdot 2018.03.05 00:45 | 編集
 ☆風のフェリシアさん、共感できます。

以前にブログ友のりんさんも、乗り越えなくてもいいんじゃないかと書いてくださったことがあります。
抱えることが重くなった時は、ちょっと足もとへおろせるようになるといいなと思いますね。

良い言葉を紹介くださってありがとうございます。
わすれ草dot 2018.03.05 07:38 | 編集
お早うございます。

「在宅の看取り」私はこの頃夫に認知症に成ったらホームに入れてね。

でもがんの末期になったら、家で死にたいって言って居ます。
家族に迷惑を掛けるかも知れません。でも家が好きなんです。

「医者がはずれ」なんて事が有るのでしょうか?
普通の医者と違って、患者の気持ちがわかるのが終末期の医者ではないのですか?

その医者がいい医者が良くない医者か私たちには分かりません
選べることが出来ませんよね。

死ぬ事も大変ですね。
マロンとカリンdot 2018.03.05 09:23 | 編集
 ☆マロンとカリンさん、良い医者、よくない医者はあるんです。

家で死にたいと思っているなら、今のうちからお医者選びはしておくべきです。
自分たちの考えに沿った治療をしてくれるか、相性が合うかなど、チェックポイントは多いと思います。
聞いたり調べたり、情報をいっぱい集めておくことが必要です。

さあ、看護が必要になった、探す、では良い医者に巡り合えないと思うのです。
死ぬことは大変だと思います。

これからまた東京です。
これらのことはいずれブログで書いてみたいと思っています。
わすれ草dot 2018.03.05 09:40 | 編集
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