2018
06.12

狩野川台風

Category: そのほか
父との思いでを続けて書けるほどたくさんはなくて、考えてみれば淋しい子ども時代だったのね。それとも文にする力が足りないのか。後者だと思いたいですね。

P_20180610_125358.jpg

父は登場しないのですが、子ども時代の出来事5に入るのは、台風で被災した思い出です。
昭和33年9月の台風22号(狩野川台風)です。
夜になって水が堤防からあふれ出したという近所の人の声で、母は避難の準備を始めましたが、姉が怖がってしがみつくのではかどらなかったのでしょう。中2の兄と小3の私を先に外へ出しました。
田んぼなのか道なのか分からなくなった道を二人でしっかり手をつないで、近所の大人の後について中学校に避難しました。
父はいませんでした。組合の仕事で福島市へ出張中だったようです。

私たち子どもは、誰が持ってきたのか、トランプなどして最初のうちははしゃいでいましたが、真夜中、流出した木材がゴーンゴーンと校舎にぶつかる音が不気味で、だんだん静かになりました

翌日家に戻ると、奇跡的に家は床下浸水で難を逃れていました。
その日の夕方になってからだったでしょうか、父が帰ってきました。
道路も鉄道も遮断されて孤立状態になっていた町に、父は、濁流が流れる川に架かる鉄橋を歩いて渡って来たのでした。
のちにそのことを知って、父を見直したものでした。

土手を越えて水が流れてくる光景と、木材が校舎にぶつかる音、傷口を開けたような決壊した土手など、恐ろしい思い出の狩野川台風の話でした。

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コメント
おはようございます。

台風で随分怖い経験をなされたのですね。。。
それでも最悪は免れたことに感謝ですね。
そしてお父様の家族愛 素晴らしいです。

私は貧しい家の娘でしたので 家がボロボロ。
風が吹くたびに 飛ばされるのではないかと いつも心配ばかりしていました。

そのトラウマでしょうか、今も強風 暴風はとっても苦手です。
いつもドキドキドキドキ。
家族には「大丈夫だよ!」といつも笑われてしまいます。
dot 2018.06.13 06:56 | 編集
自然災害には 誰もが無力になり
その中で 子どもや老人 病める人はいかばかりかと
思います。
お父様の組合のこと 当時はとても大変だったのでは
有りませんか? そちらの方向からお父様を
見ることも大切だと思います。

遠音dot 2018.06.13 08:52 | 編集
 ☆圭さん、大地震の後、どこか歪んでいるんではないかと思って、私も強風が吹くと屋根が飛ばされるんじゃないかと心配します。

父は教員でしたが、戦後の引き上げで財産を失っていましたから、安普請の町営住宅に祖父母も入れて一家7人、どうにか暮らしていたみたいです。
大雨が降ると雨漏り、窓から水がしみ込んでくるような家だったので台風には怯えていました。
昔はそんな暮らしでも、不平なんかなかったのですよね。
わすれ草dot 2018.06.13 10:20 | 編集
 ☆遠音さん、異常に怖がりの姉に纏わりつかれたり、避難しないという頑固な義父に苛立ち、40代の母はパニックだったのではないかと思います。

父が専従だったときのことは、私が小さかったのでよくわかりません。大きくなってからは口数少ない父と話すこともなかったし。
もっといろんなことを聞いておくんだった。面白いエピソード満載だったはずの父の人生です。

そうそう、昭和24年、私が生まれたころは、家を見張っている警官がいたんだそうですよ。
ハンストで座り込んでいる父が大写しになっている新聞記事も見たことがあります。
わすれ草dot 2018.06.13 10:41 | 編集
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