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2019
08.13

大叔父

Category: そのほか
昨日少し書いた、曹源寺の和尚だった母の叔父のことです。

大叔父は、子だくさんの兄弟の中、7歳で寺に預けられ、厳しい師匠の下で育てられました。50歳で旧池田藩の菩提寺である岡山の曹源寺に入寺。財政の厳しい曹源寺を、自らは孤貧に甘んじて守りました。

この大叔父の姉である私の祖母宅で、私は何度か会ったことがありますが、飄々として偉ぶったところのない和尚さんでした。
祖母が亡くなった時は、姉のために戒名を授けてくれました。のちに墓石屋さんに言われて知りましたが、大名の奥方のような格式ある(?)戒名だとか。そんなことに拘りのなかった祖母には有難迷惑だっかも知れません(墓石屋さん、高い墓石を売りたかったでしょうにね)。

祖母が亡くなって以降は会う機会もなくなって、晩年のことはよく知りませんが。
97歳の春、自分で植えた枝垂桜を修行僧と楽しんだそののち、寝付いたようです。それからほどなくのある日の朝、床から起き上がった大叔父は、弟子や修行僧に囲まれ、自分で自分の枕経を唱え終わったあと昏睡状態に入り、未明に亡くなったそうです。
「佛弟子たる者、世例にならって葬儀をすること勿れ、事後の報告に止むべし」と遺言していたそうで、修行者のみで送ったと報告の手紙が姪である母宛てに届きました。

お寺の財政はお茶を教えたり、禅の講座を開いたりでまかなったと聞きました。池田家以外に檀家はありませんから、台所は火の車だったようです。それでも笑顔の大叔父を覚えています。
深い交わりはなかったので大叔父の表面しか知りませんが、宗教家として立派な人だったと思います。妻帯することなく、雲水さんたちををわが子のように育てたと聞きました。今、曹源寺の雲水さんはほぼ全員外国の人で、毎日岡山市内まで托鉢に出ているそうです。私達が行ったときも、庫裡は英語が飛び交っていました。

IMG_9459.jpg
大きなハスは今年もたくさん花を咲かせているでしょうか。

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コメント
昨夕、ウオーキング途中の農道で迎え火の提灯を持った親子連れとすれ違い、どちらからとなく軽い会釈。
昔、こどもの頃は時々(月1位??)托鉢僧が一人で各家々を回っていました。我が家でも来ると、母が小銭を私に持たせ渡していました。その雲水さんが何処から来られるのかは知りませんでしたが少なくとも我が家の真正面のお寺(かなり大きい浄土真宗)の大酒飲みのお坊さんではなかった。 私の若い時の話ですか?今でも気持ちは独身時の28歳のままですが肉体が年相応。若い頃はヒッチハイクもよくやりました、遠くは千葉から静岡あたりまで。寝袋一つ有れば何処でもいけましたが高校の時に鹿児島市内が見渡せる「城山展望台」に行き、夜は其処の石のベンチみたいな部分で寝袋にて就寝、翌日何やら騒がしく寝袋から顔を出すと、周りは観光客で一杯、恥ずかしかった。まだ野宿のアクシデント4件ありますが・・・。
ある時期の若い時の一番の関心はやはり宗教でした、色々な宗教に首を突っ込みああでもない、こうでもないと。歌手だった桜田淳子の例の宗教の日本の初代会長とも話(議論)をした事があります。マァ今も昔も代表的な日本人の宗教観(葬式仏教??)の人間です。
坂口あんちゃんdot 2019.08.14 19:03 | 編集
 ☆坂口あんちゃん

そういえば子どもの頃、小さな提灯を下げてお墓に行ったわね。割り箸みたいな棒に絵が書いてある提灯だったね。

大酒のみや色好みの坊さんはたくさん知ってるけどね。大叔父はね、明治の末に生まれ、大正時代に厳しい禅の修行をしたそうです。遠い親戚ですがそういう叔父がいながら私は宗教にほとんど関心がないんですよ。

寝袋、ヒッチハイク。若者だったね、いいねぇ。あ、いや、今も28歳の若者か!
わすれ草dot 2019.08.14 20:14 | 編集
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