2015
10.09

食べなくなったら

Category: 介護
看護師さんがきょうも来てくれました。
夫がトイレから戻って肩で息をしていた時だったので酸素を使いましたが、鼻腔からの吸入は無理だと判断されました。
「100m全力疾走後に鼻での呼吸は無理ですよね、そういう状態です」
口と鼻を覆うタイプに変更されました。

そうこうしているうちにベッドのリース屋さんが来て、作業開始。
ベッドを3モーターに、マットはエアマットに交換しました。
エアマットはヒーターもついているのでこれからの季節嬉しいです。
そして一番嬉しかったこと、背骨と腰骨のところが赤くなって褥瘡の心配をしていたのですが、エアマットにして数時間後、その赤みが取れていました。すごい、エアマット!!


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さて、昨日は単純に訪問診療を喜んでいたのですが、よく考えてみると、私たちが求めているのと少し違うのではないかと思えてきました。
それは食べることに関してなのですが、前の病院の主治医(A先生)は、無理に食べなくてもいい、食べたいものを食べたいときに食べたいだけと言います。
今度の往診の先生(B先生)は、食べましょう、食べないと点滴になりますよと言うのです。
この二人の反対意見を考えました。
A先生は緩和の立場、B先生は治療医の立場での考えだと気づきました。
さあ、どうすれば良いのか。
B先生と訪問看護師さんの痒いところに手が届く看護を受けながら、最後の判断はA先生の意見に近いほうがよいと思いました。

末期がん患者や老衰の患者などに施す、水分補給の点滴、中心静脈注などは苦しさを増幅させるだけだという意見があります。
必要のない水分や栄養は心臓に負担がかかって苦しさが増すというのです。
回復の見込みのない患者に中心静脈注は拷問だという意見も読みました。

夫はこの二人の先生の考えの違いをどう考えているのか。
病気になる前に二人で確認したこと、延命措置は断る、でしたが、中心静脈注は人工呼吸器と同様、延命措置なのですね。
夫はこのことは知らない、たぶん。
口からの食物摂取ができなくなったら、野生の動物は死を自覚して静かに死を待つ。私の場合はそれで良い。
夫はどうなのだろう。

元気なうちにここまで話し合っておけばよかった。
けれどたぶん、私が考えること私が良いと思ったことに、夫は異を唱えることはないと思う。
「あんたのいいように」
そう言っていた夫です。
けれど、と考えはさまざま揺れています。
もう少し考ええなければ。子どもたちとも相談したほうがよいのかもしれません。
(こうして書くことで自分の考えを少し整理できるし、介護生活の息抜きにもなっています。うだうだといつもすみません)


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