2017
06.20

曖昧な記憶

Category: 介護
更新を待っているブログがあります。きょうは、<夫の最後の言葉>でした。
「なにも心配せんでエエで」
突然独り言のように言ったのだとか。

私は夫との最後をはっきりと思い出せません。
いつごろから夫の言葉が消えたのかも覚えてませんが、<最後の言葉>というと辛い記憶が蘇ります。

トイレに立てなくなり、ポータブルトイレにも座れないくらい体力が衰えたとき、泣く泣く介護パンツを買いました。
使わないですむのなら、シーツなんか、毛布なんかいくら汚したっていい、洗えばいいのだからと思っていましたが。
でもシーツ交換するとき、横向きにされる夫はとてもとても辛そうでした。体力を極端に消耗するように思いました。
「ごめんね、ごめんね」と介護パンツをはかせました。
でも、どんなに謝っても夫はそれが嫌だったのです。
ペリペリ ペリペリと、力の入らない指でテープを剥がすのです。

同じ頃かあとだったか。
痰が気管に詰まって大事に至るところだったとき、緊急にミニトラックをつけました。
本人が同意するもしないもない、緊急でした。
ところが夫は不本意だったのでしょう。目を離した隙に引き抜いてしまったのです。
医師が来て再設置の処置が終わった時だったか。
夫が医師の目を見据えて絞り出すように言ったのです。
「この女が・・・・・・」

夫がこれだけは嫌だと言っていた、チューブと紙おむつ。それらを拒否することさえできない自分にどんなに絶望していたか。
「この女が、俺の言うことを聞かない」と必死に訴えたのではないか。
それが夫の最後の言葉だったという記憶が、私を苛みます。

s-IMGP4760.jpg


後日、お焼香に来られた先生や看護師さんにこのことを話しました。先生は言ってくださいました。
「それは違うでしょう。うちの看護師のことでしょう。奥さんのことを間違っても『この女』という人じゃないと思います」

思い出すと泣けますが、こうも考えます。
私に甘えきっていた人です。何を言っても許されると思ってた人です。
わがままな夫らしい、わがままな最後の言葉だったかもしれないと。

記憶は曖昧です。



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コメント
思い出すとそんな場面もありますよ・・
後悔のすることばかりが重くのしかかってきます。

残される者の役割だったと思いながら この頃妙に
そのことが重くのしかかってきます。
「過去のことだから・・」と処理できないことに
苦しさがありますね。
遠音dot 2017.06.21 08:17 | 編集
 ☆遠音さん、おはようございます。

一晩眠れば元気になるかと思いましたが、少し重い気持ちを引きずっています。
とはいえ、私はどんな時でも眠れる特技の持ち主、元気です。

こんな波を繰り返していくのでしょうね。
早い者勝ちだと憎まれ口を写真にぶつけました。
残された者は自分が生きている限り後悔して苦しむんですね。
わすれ草dot 2017.06.21 09:50 | 編集
忘れ草さん~こんにちわ♪

ブログを拝見しながら、いつも思う事・・・
ご主人さまを、とても愛されていたことが伝わってきます。

しっかりしていて、
ご主人にとり、頼れる道志みたいな奥様だったのですね。

紙おむつとチューブは拒否したい、すごくわかります。
男のプライドがあるんだと・・・
でも、仕方ないこともあるんです。

病気は、切ないです。
精一杯看護したわけですから、
忘れ草さんが、必要以上に後悔すること無いと思います。
元気で暮らす事が、供養になります。
まめママdot 2017.06.21 11:49 | 編集
 ☆まめママさん、こんにちは。

まめママさんといっしょですよ~ 金のわらじで繋がっています。お姉さんだから仕方ない我慢してやりましたよ。

どんなに頑張っても尽くしても後に残った者は後悔するものだと知っているけれど、やり切れなくなる時があります。先に行ったもの勝ちじゃないかってね。

はい、元気で暮らすこと。夫が一番心配していたことですから、笑って楽しく暮らしているのを見せてやらなければなりませんね。
わすれ草dot 2017.06.21 13:38 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.06.21 17:11 | 編集
 ☆鍵コメさん、こんばんは。

後悔しない介護は無いと聞かされていたけれど、本当ですね。
いつまでも引きずらないように、落ち込んでも這い出るように。
笑って暮らさなきゃ、先に行った人に申し訳ないわね。

話すことはできなくなっていたけれど、この思いが届けって、心の中で語りかけていたかもしれないですね。
よいことをおっしゃってくださって、ありがとうございます。
わすれ草dot 2017.06.21 19:53 | 編集
最近、、、(流行)みたいに、私の周りには肺癌患者が居られます。
手術できる人、、または出来ない人。。

出来る人はまだ幸せです。
仲良しの友人の旦那様は、治療不可能で・・今は未だ今迄通り仕事しておられます。

先生の言葉では、、手術しなければ1年しか持たないと。。

その1年も半分過ぎてしまいました。
本人はもちろん辛い。
一緒に暮らしている友人は、うつ状態です。

これからの半年をどう向き合っていけばいいのか。
私は、その友人をどう見守り励ましていけば良いのか、、。
切ないです。
アイハートdot 2017.06.21 20:29 | 編集
 ☆アイハートさん、せつないですね。

「病人にはお医者さんが付いているからお任せすればいいけど、私はあなたが心配」と言ってくれた友がいました。
この友は敬虔なクリスチャン。私たち夫婦と仲良く付き合ってくれる年上の友です。
友人夫婦がいつも私たちのことを祈ってくれていること、特別な宗教を持たない私でも素直にありがたく、友がそばにいてくれると思い感謝していました。

余命は平均値。平均値には0もあれば限りなく100に近い時間もあるのだと。
この平均値のことを教えてくれたのは夫の友人です。病気とは関係ない平均値のことが書かれた本のコピーを送ってくれました。
平均値のカーブの裾野の100に近い端を目標に頑張りました。

お友だちを見守るアイハートさんも辛いですね。


わすれ草dot 2017.06.21 21:02 | 編集
最後の言葉、我が家の夫がと同じです。
「心配するな」が最後の言葉でした。
だから10年もベルリンで一人で頑張りました。
忘れてるつもりでも何かのきっかけで
思い出して泣く事が有ります。

何をしても残るのは後悔ばかり・・・



太巻きおばばdot 2017.06.21 21:53 | 編集
愛する人を亡くすって、本当に大変なことですね。
私は連れ合いではなく、従妹を自死で亡くし、
ずっと後悔に苛まれて来ましたので、わかる気がいたします。
介護者の想いとはまた違うのでしょうが・・・。

私も今回の入院中に屈辱感に苛立ったことがありました。
ご主人も思うに任せない病に苛立つこともあったでしょう。
もしかりに、ご主人がその苛立ちでわすれ草さんに当たったのならば、
それは、ご主人がわすれ草さんに心から気を許していたという証拠。
それだけ愛されていたのだと思います。
風のフェリシアdot 2017.06.21 22:13 | 編集
 ☆太巻きおばばさん、どんなにしても後悔なのですね。

突然ご主人を亡くした友は、亡くなる直前に、おはぎを食べていたそうですが、そのおはぎのことでご主人が何か不満を言ったとか。
「優しい最後の言葉を聞きたかったよね」って泣き笑い。

何年経っても思い出して泣くことができるって、言葉が適切じゃないけど、ある意味素敵なんだなと思いました。
わすれ草dot 2017.06.21 22:50 | 編集
 ☆風のフェリシアさん、お従妹さんのことをずっと思い続けてらっしゃるのね。
残った者はそうして思い出と後悔の中で生きて、亡くなった人を偲ぶ義務があるのかもしれない。

気を許していた証拠・・・そうですね。他に当たる人もいないし。それにこれだけは嫌だと日頃から言っていたこと、してしまったんだもの。怒りをぶつけられてもしょうがない。
鍵コメさんも書いてくださったけど、心の中では分かってくれていたと思いましょう。いつまで後悔したってもとには戻らないのだから。

フェリシアさん、お疲れにならないよう、コメントを控えていますが、いつも頑張れの「気」を送っています。
わすれ草dot 2017.06.21 23:06 | 編集
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